表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第1話 目覚め

悪役令嬢は世界を処刑する


第1話 目覚め




死ぬ瞬間の音を、あなたは知っているだろうか。


刃が風を切る音。ヒュン、という軽い音。まるで鳥が羽ばたくような、優しい音。


それが聞こえたら、終わりだ。


次の瞬間には——首が落ちている。




「罪人フィオナ・ヴァンシュタインに、神の裁きを」


司祭の声が広場に響く。


低く、厳かで、感情のない声。まるで天気予報を読み上げるような声。


何度聞いただろう。


十回。五十回。百回。


もう数えるのをやめた。数えても意味がない。数えても、何も変わらない。


断頭台の上。


膝をつかされ、首を固定される。


石が冷たい。


いつも冷たい。真夏でも、真冬でも、この石だけは変わらず冷たい。まるで最初から私の死を待っていたかのように。


見上げる。


刃が見える。


銀色。朝日を反射して、きらきら光っている。


——綺麗だ。


何度見ても、そう思う。私を殺すものなのに。私の首を落とすものなのに。綺麗だと思ってしまう。


狂っているのだろうか。


たぶん、狂っている。


群衆の声が聞こえる。


「殺せ」


「死ね」


「悪女」


「地獄に落ちろ」


何千人もの声。一つの意志になって、私に向けられる。私の死を願う声。私の死を待ち望む声。


顔が見える。


一人一人の顔が見える。


男がいる。太った、赤ら顔の男。三十七回目の処刑で、私の顔に石を投げた男。頬骨が砕けた。血が目に入った。何も見えなくなった状態で、首を落とされた。


女がいる。痩せた、目つきの鋭い女。五十二回目で、私に唾を吐きかけた女。「地獄に落ちろ、悪女」と叫んでいた。声が枯れるまで叫んでいた。


子供がいる。七歳くらいの少年。六十八回目で、私の足に小石をぶつけた。母親に連れられて、処刑を見学しに来ていた。「お母さん、あの人死ぬの?」と聞いていた。母親は笑顔で答えた。「そうよ。悪い人は死ぬの」


全員覚えている。


全員の顔を、全員の声を、全員の悪意を。


でも、彼らは覚えていない。


彼らにとって、今日は「初めて」の処刑。祭りの日。悪役令嬢が処刑される、記念すべき日。


私だけが繰り返している。


私だけが覚えている。


私だけが——何百回も死んでいる。




聖女が見える。


最前列の特等席。白いドレス。金色の髪。青い瞳。白い肌。


完璧な美貌。


完璧な微笑み。


「フィオナさん」


声が聞こえる。群衆の怒号を貫いて、その声だけが鮮明に届く。


「あなたの罪は重い」


知っている。


「でも、神は全てをお許しになります」


知っている。


「来世では、善き人として生まれ変われますように」


知っている知っている知っている全部知っている——


「——黙れ」


声が出た。


聖女の目が見開かれる。群衆がざわめく。


「……え?」


「黙れと言ったのよ」


声が出る。今回は——声が出る。


何百回もの処刑で、私は一度も最期の言葉を言えなかった。喉が詰まって、身体が固まって、ただ刃が落ちるのを待つだけだった。


でも、今回は違う。


何かが、限界を超えた。


「偽善者」


私は聖女を見上げた。


「お前が私を陥れた。お前が王子を奪った。お前が証拠を捏造した。お前が——」


「フィオナさん、落ち着いて——」


「うるさい!!!」


私は叫んだ。喉が裂けそうなほど叫んだ。


「何度殺せば気が済む!? 何百回私を殺せば満足なんだ!?」


群衆が静まる。


聖女の微笑みが消える。


「何を……言っているの?」


「見えないのか!? お前には見えないのか!?」


私は空を指さした。


「あそこだ! 空の向こうで笑っている連中が! 私を見て、私が苦しむのを見て、私が死ぬのを見て、笑っている連中が!」


九十三回目の処刑から、見えるようになったもの。


空に浮かぶ——窓。


透明な、巨大な窓。


その向こうに、顔がある。


たくさんの顔。


笑っている顔。つまらなそうな顔。期待に満ちた顔。


私を見ている。


私の死を、待っている。


「お前たちが私を殺している!!!」


私は虚空に向かって叫んだ。


「お前たちが! 何度も何度も! 飽きもせずに! 私を殺し続けている!!!」


「……狂ったか」


冷たい声。


王子の声。


見上げる。聖女の隣に立っている男。金髪碧眼。端正な顔立ち。かつて私が愛した男。


今は——私を虫のように見下ろしている。


「哀れな女だ。死の恐怖で正気を失ったか」


「正気? 私が狂っている?」


私は笑った。


「狂っているのはこの世界だ! 私を何百回も殺して、それを娯楽にしている世界だ!」


「もういい。さっさと終わらせろ」


王子が手を振る。


処刑人が近づいてくる。黒い覆面。大きな斧。


違う。今日は斧ではない。ギロチンだ。


「離せ! 離せ!」


私は暴れた。でも、手枷がある。足枷がある。


断頭台に押さえつけられる。顔を下に向けさせられる。首を溝に固定される。


冷たい。石が冷たい。


「いやだ……」


刃が見える。


銀色の刃。朝日を反射して、きらきらと——


「いやだいやだいやだいやだ——」


ヒュン、という音。


風を切る音。


首に衝撃。


——痛い。


一瞬じゃない。「一瞬で終わる」なんて嘘だ。誰がそんな嘘をついた?


切断される感覚がある。骨が砕ける音が聞こえる。肉が裂ける熱さがある。血が噴き出す勢いを感じる。


視界が回転する。


空が見える。群衆が見える。自分の胴体が見える。


首だけになった私は——まだ生きている。


まだ見えている。


まだ考えられる。


何秒? 十秒? 三十秒?


長い。長すぎる。


群衆が歓声を上げている。


聖女が祈りを捧げている。


王子が背を向けて歩いていく。聖女と腕を組んで。幸せそうに。


——憎い。


聖女が憎い。王子が憎い。群衆が憎い。この世界が憎い。


そして——空の向こうで笑っている「何か」が、一番憎い。


「殺して……やる……」


声は出ない。喉がないのだから、当然だ。


でも、心の中で叫ぶ。


「いつか必ず……お前たちを……」


視界が暗くなる。


意識が薄れていく。


「殺して……やる……」


暗転。




目が覚める。


——いつもなら。


いつもなら、ここで処刑の朝が始まる。見覚えのある天蓋。見覚えのある部屋。見覚えのある侍女の声。


「お嬢様、おはようございます」


何百回も聞いた言葉。


何百回も繰り返した一日の始まり。


でも——


今回は違った。


目を開けても、何も見えない。


暗闇。完全な暗闘。


天蓋がない。部屋がない。何もない。


ただ、暗い。


「——どこ」


私は自分の身体を確認した。


首がある。胴体と繋がっている。手がある。足がある。


生きている?


死んでいない?


「どこなの、ここは——」


『聞こえるか』


声がした。


どこからともなく。四方八方から。頭の中に直接響くような声。


低い。機械的。人間の声ではない——ような気がする。


「誰!?」


『お前を見ていた者だ』


「見ていた……?」


私の脳裏に、空に浮かぶ「窓」が浮かんだ。あの向こうで笑っていた顔たち。


「お前か! お前たちが私を——」


『違う。俺は殺していない』


「嘘よ! お前たちが私を何百回も——」


『俺は殺していない。俺は——見ていただけだ』


「見ていただけ?」


『そう。お前が死ぬのを。何度も何度も。飽きもせずに』


「……」


『最初は面白かった』


声は淡々と続けた。感情がない。まるで報告書を読み上げるように。


『お前が苦しむのを見るのは、面白かった。お前が絶望するのを見るのは、楽しかった。お前が何をしても無駄だと気づいていくのを見るのは——最高のエンターテイメントだった』


「……お前……」


『でも、飽きた』


声は言った。


『同じ結末を何百回見ても、もう面白くない。お前は学習した。適応した。最初の頃のような新鮮な絶望は、もう見られない』


「私の苦しみが……飽きた……?」


『だから、次のステージに送ってやる』


「次の——ステージ?」


『お前を殺している連中がいる場所だ。向こう側。お前を「ゲーム」として消費している世界』


ゲーム。


その言葉が、頭の中で反響した。


「ゲーム……? 私の人生が……ゲーム……?」


『そうだ。お前の世界は、向こう側では「乙女ゲーム」と呼ばれている。恋愛シミュレーション。プレイヤーは聖女を操作し、王子と結ばれる。お前は——その過程で排除される「悪役」だ』


「……」


『お前が処刑されるのは、「バッドエンド」ではない。「グッドエンド」だ。プレイヤーにとっては。悪役が排除され、聖女と王子が結ばれる。ハッピーエンド。お前の死は——祝福されるべき結末として設計されている』


私は、何も言えなかった。


私の人生が。


私の苦しみが。


私の死が。


——娯楽。


誰かの、娯楽。


『行きたいか?』


声が聞いた。


『向こう側に。お前を殺した連中がいる場所に』


「……」


『行って、どうする?』


答えは——決まっていた。


「殺す」


『全員か?』


「全員」


『お前を殺したことを知らない者もいる。ゲームだと思っていた者もいる。お前が本物だと、知らなかった者もいる』


「関係ない」


『許せるか? 知らなかったという理由で』


「許さない」


『一人残らずか?』


「一人残らず」


沈黙があった。


長い沈黙。


暗闇の中で、私は自分の呼吸の音だけを聞いていた。


そして——


『いいだろう』


声が言った。


どこか——嬉しそうに。


『送ってやる。向こう側に。お前を殺した連中のいる世界に』


光が見えた。


暗闘の中に、一筋の光。


『精々楽しませてくれ——俺の、最高傑作』


「待て」


光が強くなる。


「お前は誰だ。なぜ私を助ける。何が目的だ」


『助ける?』


声が笑った——ように聞こえた。


『俺は助けていない。俺は——次のゲームを始めるだけだ』


「次の——ゲーム?」


『お前が向こう側で何をするか。誰を殺すか。どこまで行けるか。それを見るのが——新しいエンターテイメントだ』


「私を……また見世物にするつもりか……」


『嫌か?』


「……」


『嫌でも、行くしかない。お前にはもう、戻る場所がない。あの世界は——お前を何度でも殺し続ける。永遠に。終わりなく。それが、お前の「設定」だからだ』


光がさらに強くなる。


身体が引っ張られる感覚。


どこかへ。どこか遠くへ。


『せいぜい足掻け、フィオナ・ヴァンシュタイン』


声が遠ざかっていく。


『お前の復讐劇——楽しみにしている』


意識が、白い光に呑まれていく。




冷たい。


それが最初の感覚だった。


硬くて、冷たくて、ざらざらした地面。石畳ではない。もっと細かい。もっと無機質。


匂いがする。


知らない匂い。焦げた油。腐った何か。排気ガス——という言葉が、なぜか頭に浮かんだ。


目を開ける。


灰色。


空が灰色。建物が灰色。地面も灰色。


「……どこ」


身体を起こす。


全身が軋む。筋肉が言うことを聞かない。まるで何日も眠っていたかのように——いや、まるで別の身体に入れられたかのように。


周囲を見回す。


狭い路地。両側に高い壁。壁には落書き。読めない文字。奇妙な絵。


地面にはゴミが散乱している。見たことのない形の容器。透明な瓶。光沢のある袋。腐った食べ物。


「——ここが」


立ち上がる。足が震える。壁に手をついて、身体を支える。


「向こう側……」


路地を出る。


視界が開ける。


——息を呑んだ。


道がある。広い道。黒くて平らな道。


その上を——金属の箱が走っている。


轟音。四つの車輪。馬がいない。馬がいないのに、箱が動いている。


人がいる。


たくさんの人。何百人も。何千人も。


見たことのない服装。短い布。露出した肌。奇妙な靴。


誰も私を見ていない。


誰も私に気づかない。


まるで——私がここにいないかのように。


「……これが」


私は空を見上げた。


灰色の空。煙が漂っている。どこまでも続く、金属と硝子の塔。


城がない。


馬車がない。


貴族も、平民も、私の知っている世界の何もかもが——ない。


「これが、『向こう側』……」


私を殺した連中がいる場所。


私を「ゲーム」として消費している世界。


「——見つけてやる」


私は歩き出した。


どこへ行けばいいかわからない。何をすればいいかわからない。この世界のことを、何も知らない。


でも——一つだけ、確かなことがある。


ここに、私を殺した人間がいる。


「全員見つけて……」


私は呟いた。


「全員殺してやる」




「おい、大丈夫か?」


声をかけられた。


三時間ほど彷徨った後だった。疲労で足が動かなくなり、路地裏に座り込んでいた時。


振り返る。


男がいた。四十代くらい。汚れた服。無精髭。目の下に深い隈。手に茶色い瓶を持っている。酒の匂いがする。


「ここ、俺の寝床なんだけど」


男は怪訝そうに私を見ている。


「あんた、誰? その服……コスプレ?」


「コスプレ?」


「仮装ってこと。何かのイベント?」


言葉は——理解できる。なぜかはわからないが、この世界の言葉が理解できる。


「……ここは、どこ?」


「渋谷だけど。東京の」


シブヤ。トウキョウ。


知らない地名。


「今日は何日?」


「2026年1月15日。あんた、記憶喪失か何か?」


2026年。


知らない年号。


「——ねえ」


私は男に近づいた。


「『ゲーム』って何?」


「ゲーム? テレビゲームとか、スマホゲームとかのこと?」


「『薔薇の王国と聖女の祝福』って、知ってる?」


男の表情が変わった。


「……知ってる」


「プレイしたことは?」


「去年、ちょっとだけ。友達に勧められて——」


「処刑エンド、見た?」


「……見たけど。一周だけ。あんた、それが何——」


「一周」


私は笑った。


どんな顔をしていたのか、自分ではわからない。でも、男の顔が引きつったのは見えた。


「一周でも、殺したことには変わりないわね」


「殺……? 何言って——」


「私はフィオナ・ヴァンシュタイン」


言葉が、口を突いて出た。


「あなたたちが殺した、『悪役令嬢』よ」


男の顔が凍りついた。


「う、嘘だろ……」


「嘘じゃないわ」


「あり得ない。ゲームのキャラが現実に——」


「出てきたのよ」


私は男の襟を掴んだ。


「あなたたちが何度も何度も私を殺したから。その報いを受けさせるために」


「は、離せ! 頭おかしいのか!?」


男が暴れた。


私の手を振り払おうとした。


その手が——私の頬に当たった。


痛い。


痛い。


「……」


何かが切れた。


頭の中で、何かが。




気がついたら、男は動かなくなっていた。


路地裏の地面に倒れている。顔が——形をなしていない。


私の手には石が握られていた。血と肉片がこびりついた石。


「——あ」


私は自分の手を見た。


赤い。


真っ赤。


血。男の血。脳漿。骨の欠片。


「あ、あ……」


吐いた。


膝をついて、胃の中のものを全て吐き出した。といっても、何も食べていないから胃液しか出ない。


「う、うぇ……」


震えが止まらない。


殺した。


人を殺した。


私が。この手で。


「わ、私は……」


男の死体を見る。


潰れた顔。歪んだ口。見開いた目——いや、目も潰れている。原形をとどめていない。


私が、こうした。


「……」


しばらく、動けなかった。


死体の前で、膝をついたまま、震えていた。


——どれくらい経っただろう。


「……ふ」


笑いが漏れた。


「ふふ」


なぜ?


おかしくないのに。悲しいはずなのに。怖いはずなのに。


「ふふふふふ」


笑いが止まらない。


「あはははは、あはははははは」


殺した。


殺す側になった。


何百回も殺される側だった私が。


「——これが」


私は立ち上がった。


男の死体を見下ろした。


「これが……殺す側の気持ち……」


わかった。


わかってしまった。


あの群衆が、なぜ私の死を喜んでいたのか。聖女が、なぜ微笑んでいたのか。王子が、なぜ平然としていたのか。


殺す側は——こういう気持ちなのだ。


支配。


優越。


そして——空虚。


「……足りない」


私は呟いた。


「一人じゃ、足りない」


この男は、私を「一回」しか殺していない。


もっと殺した人間がいる。十回、五十回、百回——私を殺しまくった人間が。


そいつらを見つけて、殺す。


一人ずつ。一人残らず。


「見つけてやる」


私は歩き出した。


血まみれの手を、服で拭いながら。


「全員見つけて、全員殺してやる」




夜になった。


この世界の夜は、明るい。


どこを見ても光がある。建物から、道から、走り続ける金属の箱から。夜なのに、昼のように明るい。


異常な世界。


人も多い。真夜中なのに、通りを歩いている人間が絶えない。誰も私を見ない。誰も気にしない。血まみれの服を着た女が路地裏を歩いていても、誰も振り返らない。


——いや。


血まみれの服は脱いだ。ゴミ箱から拾った布を羽織っている。


惨めな姿。


公爵令嬢が、ゴミ漁り。


「……」


考える。


私を殺した人間を見つけなければならない。


でも、どうやって?


この世界には——何千万という人間がいるらしい。路地裏の男がそう言っていた。「東京だけで一千万人以上いる」と。


一千万。


想像もつかない数字。


その中から「プレイヤー」を見つけ出すのは——


「——あれ」


足が止まった。


店があった。ガラス張りの大きな窓。中に光る板が並んでいる。


板には映像が映っている。動く絵。人の顔。文字。


見覚えのあるものがあった。


城。


私の城。


「——!」


走った。窓に顔を押しつけた。


映像が動いている。


庭園。噴水。薔薇のアーチ。


聖女が映る。白いドレス。金色の髪。


王子が映る。金髪碧眼。端正な顔。


そして——


「……私」


私が映っていた。


銀色の髪。紫の瞳。傲慢な笑み。豪華なドレス。


画面の中の私が、聖女に向かって何かを言っている。字幕が出ている。


『下賤な女が。王子様に近づくな』


——言った覚えがある。


画面が変わる。


処刑台。


群衆。


刃。


私の首が——飛ぶ。


血が噴き出す。群衆が歓声を上げる。聖女が微笑む。王子が頷く。


画面に文字が出る。


『HAPPY END』


「——」


ハッピーエンド。


私の死が。


私の処刑が。


「ハッピー……エンド……?」


ガラスに拳を叩きつけていた。


「ふざけるな……!」


ガラスが割れた。警報が鳴った。


「おい、何してんだ!?」


中から店員が飛び出してくる。


「警察呼ぶぞ!」


私は逃げた。


走った。どこへ行くかわからないまま、ただ走った。




川。


黒い水が流れている。ゴミが浮いている。腐った匂いがする。


橋の下に座り込んだ。


膝を抱えて、震えていた。


「ゲーム」


声が言っていた。


「ゲームとして消費している」


本当だった。


あの画面に映っていたのは、私の人生だ。私の苦しみだ。私の死だ。


それが——娯楽として売られている。


「ハッピーエンド」として。


誰でも見られる。誰でも「プレイ」できる。誰でも——私を殺せる。


何万人? 何百万人?


私を殺すゲームを、何百万人もの人間が「プレイ」した?


「……あは」


笑いが漏れた。


「あはははは」


涙が出てきた。笑いながら、泣いていた。


何を泣いているのかわからない。何がおかしいのかわからない。


ただ——壊れていく感覚があった。


私の中の何かが、音を立てて崩れていく。


「全員殺す」


私は立ち上がった。


「全員見つけて、全員殺す」


何万人いようと。何百万人いようと。


私を「ハッピーエンド」にした報いを、受けさせてやる。


「待っていなさい」


私は歩き出した。


夜の街へ。


橋の上から、街を見下ろした。無数の光。無数の人間。


この中のどこかに——私を殺した人間がいる。


「必ず見つける」


私は呟いた。


「必ず見つけて、必ず殺してやる」


風が吹いた。


冷たい風。私の銀色の髪を揺らす。


「——これが、私の『ゲーム』」


夜空を見上げた。


星は見えない。この世界の空は、光が多すぎて星が見えない。


でも——「窓」は見えた。


かすかに。ぼんやりと。


空の向こうで、誰かが見ている。


私を見ている。


「見ていなさい」


私は「窓」に向かって言った。


「お前が望んだ『エンターテイメント』を、見せてやるわ」


復讐の幕が、上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ