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9話   正義が、死を許した日

「……受け止めた、だと……」


 魔人の声は、震えていた。


 恐怖ではない。

 理解不能に触れたときの、思考の揺らぎだ。


 拳は、止まっている。


 魔人の全力。

 殲滅を前提に組み上げた一撃。

 英雄を叩き潰し、教官を貫き、生徒を巻き添えにするはずだった力。


 それを――

 灰谷ユウが、片腕で受け止めている。


 否。


 正確には、受け止めているように“見える”だけだった。


 衝撃は、存在していない。


 砕けるはずだった地面は割れず、

 吹き飛ぶはずだった身体は、そこに立っている。


 世界が、殴られる未来を選ばなかった。


「……意味が、分からない……」


 魔人が、呻く。


 力を込める。

 魔力を流し込む。

 拳を押し出す。


「なぜだ……なぜ、抜けない……!!」


 だが、何も起きない。


 拳は前に進まず、

 防がれている感触すらない。


 未来が、存在しない。


 殴り潰す未来。

 骨を砕く未来。

 血が飛び散る未来。


 すべてが、そこにない。


 


 神代レイは、その光景を前に、踏み出そうとして止まっていた。


 英雄として、無数の修羅場を越えてきた。

 判断し、命令し、犠牲を選び続けてきた。


 今も、頭は動いている。


(前に出る)

(魔人を引き離す)

(灰谷を守る)


 完璧な判断。

 正義として、正しい。


 ――だが。


 足が、動かない。


 踏み出した瞬間の未来が、見えない。


 否。

 踏み出した未来そのものが、消えている。


「……っ」


 神代は、歯を食いしばる。


 正義が、戦場に入れない。


 


 教官たちも同じだった。


「前に出ろ!!」


 誰かが叫ぶ。


 別の教官が魔法を展開する。


 だが――

 発動しない。


 詠唱が、完了しない。

 魔力が、形を結ばない。


 行動した結果の未来が、存在しないからだ。


「……馬鹿な……」


 教官の声が、震える。


 魔力反応はある。

 威圧も、圧も、殺意もある。


 それでも――

 誰も、傷ついていない。


「……あり得ない」


 誰かが、そう呟いた。


 否定ではない。

 現実を処理できない脳の、正直な反応だった。


 


 魔人は、理解し始めていた。


 この場で起きていることを。


 力を抜けば負ける。

 だが、力を込めても意味がない。


「……貴様……」


 魔人の視線が、灰谷に固定される。


 神代でもない。

 教官でもない。

 この場の誰でもない。


「貴様は……何をした」


 灰谷ユウは、答えない。


 呼吸は荒い。

 腕は震えている。


 だが、折れてはいない。


 


 灰谷の中で、世界が静止していた。


 見えている。

 見えすぎている。


 魔人が次に踏み込む位置。

 拳が砕く空間。

 衝撃が及ぶ範囲。


 そして――

 そのすべてに続く“死の未来”。


 


 灰谷は、それを一つずつ消していた。


 殴られる未来を消す。

 吹き飛ばされる未来を消す。

 自分が壊れる未来を消す。


 代わりに残るのは、

 “何も起きない現在”だけ。


 


「……異常だ……」


 魔人の声に、焦りが混じる。


「オマエ……未来を……削っているのか……?」


 灰谷の唇が、わずかに動く。


「……違う」


 一拍。


「全部、消してる……」


 


 魔人の背筋に、冷たいものが走る。


 理解した。


 これは技でも、能力でもない。

 戦術ですらない。


 概念の否定。


 


 魔人は、吼える。


「ふざけるな!!」


 拳を引き抜き、跳ぶ。

 上から、横から、死角から。


 連撃。

 破壊。

 殲滅。


 暴力のすべてを、灰谷に叩き込む。


 


 だが――


 どの攻撃も、届かない。


 当たる未来が、存在しない。


 


「ならば……」


 魔人は、判断する。


 このままでは勝てない。

 未来を消す相手に、未来で殴っても意味がない。


 

「壊すしかない!!」



 技巧を捨てた。

 範囲を捨てた。

 犠牲の計算を捨てた。


 ただ一人を破壊するための暴力。


 今までにない魔力の収束。

 誰もが灰谷がやられる未来を見た。


 神代が叫ぶ。


「灰谷!!」


 教官が前に出ようとする。


 白崎が、伊吹が、息を呑む。


 だが――

 誰も、動けない。


「なっ、なんだと……」


 介入する未来が、すでに消えている。


 


 魔人の拳が、振り下ろされる。


 逃げ場のない軌道。

 受け止めれば、身体が壊れる。



 


 灰谷は、受け止めた。


 


 骨が折れる未来を消す。

 内臓が潰れる未来を消す。

 意識が途切れる未来を消す。


 


 残ったのは、

 立っている自分だけ。


 


「……受け……止めた……?」


 魔人の声が、掠れる。


「ばかな……」


 灰谷は、前を見る。


「次は――お前だ」


 


 魔人の未来が見えた。


 逃げる未来。

 抗う未来。

 暴れる未来。


 すべて、消す。


 


 灰谷は、拳を振るわない。

 力を込めない。

 技を使わない。


 ただ――

 魔人が“続く未来”を消した。


「これほどの…異物が存在するとは…」


 魔人の身体が、崩れる。


 存在が、ほどける。


「……バケモノ……め……」


 その言葉を最後に、

 魔人は、世界から消えた。


 


 静寂。


 


 誰も、動けない。


 神代レイは、理解していた。


 これは敗北ではない。

 勝利でもない。


「……これが……戦い、なのか……」


 正義が、入り込めなかった場所を見た。


 


 教官たちも、生徒たちも、同じだった。


 規律では守れない。

 命令では救えない。


 それでも――

 誰も、死ななかった。


 


 灰谷ユウは、ゆっくりと息を吐く。


 《終点未達ノー・エンド》は、まだ続いている。


 これは覚醒ではない。

 完成でもない。


 入口だ。


 


 正義が、死を許した日。


 だが――

 世界は、まだ壊れていない。


 それが、何よりの異常だった。


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