表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

8話 選ぶなと言われた日

「本日、Aクラスは“公開評価演習”を行う」


 担任の声は、いつも通り平坦だった。


 だが教室の空気だけが、わずかに硬い。

 理由は単純だ。


“公開”という言葉が、この学園では刃になる。


「演習内容は救助と制圧。班行動。命令系統の維持が最優先だ」


 視線が自然に灰谷へ寄る。

 寄るが、誰もそれを認めない。

 認めた瞬間、評価が動くからだ。


 担任は続ける。


「この演習は、外部観測が入る。卒業後の配属に関わる。余計なことはするな」


 余計なこと。

 灰谷は、その言葉の輪郭をもう知っている。


“選ぶな”。


 昨日、そう言われた。

 灰谷は返事をしない。


 返事をするほど、誰かの中で確定してしまうからだ。


「以上。移動」


 椅子が引かれる音が揃う。

 Aクラスの“正しさ”が、今日も綺麗に整列する。


 空席が一つ。

 鷹宮の席が、今日もそこに残っている。


 白崎がその席を一度だけ見て、すぐ前を向いた。


 伊吹は何も見なかったみたいに鞄を持つ。

 灰谷だけが席の影を踏まないように歩いた。


 踏んだら、何かが壊れる気がした。



---


 演習場は、いつもの模擬戦とは違った。

 外周に観測用の魔法装置。

 高所に外部審査官。

 教官が多い。多すぎる。


 空気が静かに張り詰める。


「班編成を読み上げる」


 副官が淡々と告げる。


「一班、神代レイ。護衛兼制圧担当。四名」


 名前が出た瞬間、周囲の気配が少しだけ明るくなる。


 光がいる。

 それだけで世界は安心する。


 神代は前に出ない。

 立っているだけで前線の中心になる。


「二班、伊吹ソーマ。索敵補助。四名」


 伊吹が頷く。

 必要な分だけ、動く。


「三班、白崎ユイ。救助担当。四名」


 白崎が短く返事をする。

 誰に媚びるでもなく、誰かを避けるでもなく。


「四班……灰谷ユウ」


 一瞬、間が空く。


 副官は読み間違えない。

 読み間違えないから、空気が先に間違える。


「灰谷ユウ。後方観測。随行教官付き」


 随行教官。

 監視だ。


 灰谷は返事をしない。

 返事をしたら“自分で”枠に入る気がした。


 担任が告げる。


「演習開始。命令は上から下へ。勝手に判断するな」


 その言葉が、今日は昨日より冷たく響く。



---


 開始。


 神代の班は、最初から派手だった。

 模擬魔物が六体、現れた瞬間に消えた。


 光が走る。

 結界が鳴る。


 拍手の代わりに、観測装置の記録が静かに点滅する。


「さすが神代だ」 「完璧だ」


 声は小さい。

 だが、評価は大きい。


 理解できる強さは、こうして積み上がる。


――まさに“英雄”を体現していた。


 誰もがそう思った。



 一方で、灰谷の班は動かない。

 動かせない。


 随行教官が言う。


「お前は後ろで記録だけ取れ。口も出すな」


 命令口調じゃない。

 命令そのものだ。


 白崎の班が、模擬住民を見つける。

 怪我人役の人形。

 泣き声の魔法。

 崩れた家。

 救助訓練らしい景色。


 伊吹の班が、索敵の魔法を走らせる。

 反応は薄い。


「異常なし」


 伊吹が短く言った。

 白崎が頷き、救助を進める。


 灰谷は、その背中を見る。

 見ているだけのはずだった。


 そのはずなのに――


 視界が、滲んだ。


「っっ……」


 裂ける。

 音が落ちる。

 空気が重くなる。


 灰谷は“死んだ”。


 白崎の足元が、沈む。

 地面が裂ける。

 救助対象の“住民”が巻き込まれる。

 白崎が落ちる。

 伊吹が飛び込む。

 届かない。

 命令が遅れる。

 教官が叫ぶ。

 遅い。


 全てが、正しい順番で壊れる未来。

 灰谷は息を呑んだ。


 地面が、鳴った。


 嫌な音だった。

 魔力反応ではない。

 模擬演習用の警告音でもない。


 黒い影…。


 模擬ではない。

 動きが違う。

 圧が違う。



 魔人。



 次の瞬間、班が壊れる。

 正しい配置が、正しい順番で壊れる。


 教官の顔色が一瞬だけ変わる。

 変わったが、声は変えない。


 変えたら統率が崩れる。

 崩れたら死ぬ。


「全班、隊形維持!!」


 正しい命令。

 正しい判断。

 だが未来では、その正しさが間に合わない。


 灰谷は前に出た。

 空気が、凍る。


“守られる存在”が前に出る。

それだけで、世界の計算式が壊れる。




 灰谷の意識が現実に戻る。


 喉が焼けるみたいに熱い。

 胸が痛い。

 身体は無傷なのに、死の記憶だけが残っている。


 灰谷は一歩前へ出た。


 随行教官が即座に低く言う。


「動くな」


 灰谷は止まらない。


「灰谷っ!!」


 教官の声が、強くなる。


「動くなと言っている。命令だ!」


「灰谷、動くな」


 命令。正しい命令だ。


 神代レイが、遠くの戦場で振り返った。


 視線が、こちらを捉える。


 異常を察知したわけじゃない。

 ただ、“中心”にいる者としての感覚だった。


 神代の判断は速い。


「制圧に入る!」


 即時に班に合図を出す。


 神代の班が動けば、制圧はできる。


 だが――

 間に合わない。


 灰谷は分かっていた。


 神代の強さは、正しい。

 だがそれは、“戦場が整っている”ことが前提だ。


 今は違う。


 救助対象がいる。

 白崎がいる。

 伊吹がいる。


「どけ、灰谷!」


 魔人とぶつかる神代。


 魔人の一撃ごとに、地面が歪む。

 建材が砕け、視界が遮られ、隊形は維持できない。


 演習場は、もはや演習の形をしていなかった。


「隊形を崩すな!!」


 教官の怒声が飛ぶ。


 だが、守るべきものが多すぎた。


 生徒。

 模擬住民。

 瓦礫に足を取られた者。


 理論上は正しい布陣が、現実では成立しない。


「くっ……!」


 神代レイが、正面で魔人を受け止める。


 刻印が限界まで光る。

 結界が悲鳴を上げる。


 ――重い。


 今まで戦ってきたどの敵とも違う。

 純粋な力。

 圧。

 理屈を押し潰す暴力。


「下がれ!!」


 神代が叫ぶ。


「救助班を下げろ! 教官、右の瓦礫を――」


 言い終わる前に、魔人の拳が落ちる。


 衝撃。

 結界がひび割れる。


「ぐっ……!」


 神代の足が、地面を抉る。


 踏みとどまる。

 だが、完璧じゃない。


 その“僅かな遅れ”を、魔人は逃さない。


 横薙ぎ。


「伏せろ!!」


 教官が生徒の前に飛び出す。

 身体で受ける。


 鈍い音。  骨が鳴る。


「教官!!」


 悲鳴が上がる。


 別の教官が魔法を展開する。

 間に合わない。


 瓦礫が崩れ、白崎の足元が沈む。


「っ……!」


 伊吹が走る。

 刃を突き立て、踏ん張る。


「白崎さん!!」


「大丈夫……!」


 大丈夫じゃない。

 誰もが分かっている。


 規律は崩れ始めていた。

 命令は届かない。

 声が重なる。

 判断が遅れる。


 それでも、誰も逃げない。


 神代が再び前に出る。


「俺が抑える!!」


 英雄的判断。

 正しい選択。


 だが――


 魔人は、神代の“正しさ”を読んでいる。


 真正面から受け止める。

 英雄はそう動く。

 だから、その裏を叩く。


 魔人の足が、地面を蹴る。


 消える。


「――後ろだ!!」


 神代が叫ぶ。


 だが遅い。


 魔人は救助班の方向へ跳んでいる。


「防御!!」


 教官が割り込む。

 魔法障壁を展開する。


 破られる。


 次の瞬間、 魔人の全体攻撃が来る。


 魔力が膨張する。  

 地面が沈む。

 空気が潰れる。


 教官が叫ぶ。


「全員、防御陣形!!」


 神代が即座に反応する。


「結界最大出力! 俺が前に出る!!」


 正しい。

 完璧だ。


 神代は魔人の正面に立つ。

 光が迸る 。英雄の結界が展開される。


 教官たちも動く。

 生徒の前に立ち盾になる。

 身体を張る。

 命を張る。


 誰も逃げない。

 誰も背を向けない。


 それでも――


 魔人の全体攻撃は、その全てを飲み込む。


「消えろ」


 爆発。


 衝撃。

 轟音。  

 光が潰れ、闇が弾ける。


 地面がえぐれ、建物が砕け、演習場全体が砂煙に包まれる。


 音が消えた。


 何も見えない。

 何も聞こえない。


 死んだ。


 魔人は、そう確信した。


 誰かが。


 いや――  何人も。





 砂煙が、ゆっくりと晴れていく。


 魔人は、目を細めた。


「……」


 最初に見えたのは、神代レイだった。


 膝をついている。

 結界は砕けている。

 息は荒い。


 だが――  生きている。


「……耐えた、だと?」


 次に、教官。


 倒れている者もいる。

 血も流れている。


 だが、致命傷はない。


 生徒たち。


 白崎が、地面に手をついて起き上がる。

 伊吹が、誰かを庇う姿勢のまま呼吸している。


 誰も。

 誰一人。


 死んでいない。


「……なんだと」


 魔人の声が、震えた。


「誰も……死んでないだと……」


 あり得ない。


 今のは殲滅だ。

 英雄だろうが、教官だろうが、必ず犠牲が出る攻撃だった。


 魔人の思考が、初めて乱れる。


(おかしい)


(そんなはずは、ない)


 魔人は神代を見る。


「お前じゃない」


 神代は歯を食いしばる。

 立ち上がろうとして、ふらつく。


 確かに耐えた。

 だが、全員を守れる力ではない。


 魔人は教官たちを見る。


「お前たちでもない」


 教官たちは、息を切らしながら立っている。

 必死だ。

 英雄的だ。


 だが――  計算が合わない。


 魔人の視線が、戦場を彷徨う。


 そして、止まる。


 後方。


 瓦礫の影。

 誰の前にも立っていない位置。


 そこにいる、灰谷ユウ。







「……貴様だ」






 魔人の声が、低く沈む。


「貴様が、何をした」


 灰谷は答えない。


 ただ、呼吸している。  

 生きている。


 それだけで、答えだった。


 魔人の表情が、初めて歪む。


「全体攻撃だぞ……」


 呟きに近い声。


「誰かが死ぬ前提で組んだ力だ……」


 それが、成立しなかった。


 魔人は、理解する。


 この戦場は、神代を中心に回っていない。


 教官でもない。

 規律でもない。

 正義でもない。


 死の未来を、先に潰している存在がいる。


「……異常だ」


 魔人の声に、初めて恐怖が混じる。


「こんな戦場は、知らない」


 神代が、灰谷を見る。


 教官も、白崎も、伊吹も、同じ方向を見る。


 誰も死んでいない。


 それが、一番あり得ない現実だった。




「はぁ…はぁ…はぁ、、、」


 灰谷ユウの視界に、最後の未来が映る。


 ここから先はもう埋められない。

 壊すしかない。


 灰谷は、一歩踏み出した。



 魔人が踏み込む。

 速い。

 重い。

 理屈がない。


「避けろ灰谷!!」


 神代が叫ぶ。

 灰谷は避けない。


 避けた未来は、白崎が死ぬ。

 伊吹が死ぬ。

 教官が死ぬ。


 灰谷は、受ける。


 腕が軋む。

 骨が折れる感覚が走る。

 実際に折れていなくても、脳が折れた記憶を再生する。


 灰谷は呼吸を忘れそうになる。


 それでも、前に立つ。


 魔人の二撃目。

 三撃目。

 灰谷の視界が白くなる。


 その瞬間、灰谷は分かる。



 これは“力”じゃない。

 これは“覚悟”だ。


 死を受け入れることでしか立てない場所がある。身体が壊れることを受け入れることでしか守れない距離がある。


「受けとめた…だと!?」


 魔人は驚く。

 逆に灰谷は笑った。


 優しい笑顔じゃない。

 諦めでもない。

 ただの確認だ。


(ここだ)


灰谷の中で、何かが静かに開く。




終点未達ノー・エンド




 まだ誰も知らない言葉。

 まだ誰も知らない現象。


 だが灰谷は知っている。

 これは“入口”だ。


 世界が何度も終わる瞬間にだけ、開く扉。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ