13話 クラス個人戦開幕
巨大な魔法スクリーンが起動し、
学院中央演習場の光景が、王国内各地へと映し出された。
空中に展開された中継魔法陣。
観客席のざわめき。
遠くからでも分かる、異様な熱量。
『さぁ始まりました!
王立英雄学院・クラス個人戦!』
張りのある実況が、場内に響く。
『今年のAクラスは、歴代最強とも評されています!
才能、実績、将来性――
どれを取っても粒ぞろい!』
映像が、Aクラスの整列した姿を映す。
自信に満ちた表情。
緊張を隠す者。
既に闘争心を滲ませる者。
『中でも――
やはり注目は、この男!』
画面が切り替わる。
銀髪。
整った顔立ち。
無駄のない立ち姿。
『神代レイ!
言わずと知れた、次代の英雄候補!』
『対魔人戦、対災害案件、学院内評価――
すべてにおいて最高水準!
“完成形に最も近い英雄”と称される逸材です!』
観客席から、どよめきが起こる。
『そして、神代だけではありません!』
画面が横へ流れる。
『注目すべきは――
一条リゼル!』
白い髪の少女が映る。
『神代レイの補佐役――
いえ、正確には“戦術随行官”』
『戦場での状況把握、補助魔法、情報伝達。
神代の実戦成績を陰で支えてきた存在です!』
『表に出ることは少ないですが、
その判断力と胆力は一級品!
今回は個人戦ということで、
どんな戦いを見せるのか、要注目です!』
さらに映像が切り替わる。
『こちらも見逃せません!
Aクラス特級候補――伊吹ソーマ!』
『高い身体能力と前線突破力が武器!
正面衝突なら右に出る者はいない!』
『そして、白崎ユイ!
精密魔法制御と判断速度に定評あり!
安定感という意味では、Aクラス随一でしょう!』
名前が挙がるたび、
観客席の熱が上がっていく。
『まさに――
“英雄の卵”たちの競演!』
『対するDクラスは――
実力差があると言われていますが、
個人戦に油断は禁物!』
『戦場では、
格下が格上を倒す瞬間が、必ず訪れる!』
その言葉と同時に、
カメラが一瞬だけ、Aクラス後方を捉える。
そこに――
どこか力の抜けた表情で立つ少年がいた。
灰谷ユウ。
実況は、わずかに言葉を選ぶ。
『……そして、こちらも話題の生徒です』
『こちらの資料によりますと
魔人討伐案件において、想定外の戦果を
挙げたと言われています――灰谷ユウ』
『詳細は未だ不明。
評価も割れていますが――
“未知数”という点では、
最も危険な存在かもしれません』
観客席が、ざわりと揺れた。
『さぁ――
英雄の資質が試される個人戦!』
『勝つのは誰か!
“正解”を掴むのは誰か!』
『まもなく、第一試合が始まります!』
ーーーー
神代は、演習場を見下ろす観戦席を一度だけ見た。
視線の先、貴賓席。
数名の要人に囲まれ、落ち着いた態度で腰掛ける男がいる。
表情は柔らかい。
興味深そうに、試合の準備を眺めている。
リゼルは、その視線の動きを見逃さなかった。
「レイ様」
声は低く、周囲に溶ける音量。
「本日の個人戦ですが……勝ち方に、少々お気遣いを」
神代は視線を戻さずに答える。
「勝てばいいんじゃないのか」
「“勝つ”だけでは、足りません」
「英雄学院の試合は、戦闘である前に――公開の場です」
神代は、わずかに眉を動かした。
「……見せる戦い、か」
「はい」
リゼルは頷く。
「特に本日は、学院関係者だけでなく、北部の有力者も多くお見えです」
あくまで事実として述べる口調。
評価も感情も混ぜない。
「力量を誇示しすぎれば、警戒されます。
かといって、もたつけば“完成度”を疑われる」
神代は小さく息を吐いた。
「面倒だな」
「英雄とは、そういうものです」
淡々と。
「理想は――
相手に考える時間を与えず、
周囲には“当然の結果”だと思わせること」
「圧倒するが、騒がせない」
神代が言葉を継ぐ。
リゼルはわずかに目を細めた。
「ご理解が早くて助かります」
「……あの席の誰かを、特別に意識しているわけじゃないだろうな」
冗談めいた声音。
リゼルは、首を横に振る。
「いいえ。
神代家が“英雄を輩出し続けている家”であることを、
再確認していただくだけで十分です」
それ以上の意味は、込めない。
神代は、ようやく彼女を見た。
「要するに――」
静かな声。
「“失点のない満点”を取れ、と」
「はい」
即答。
「派手さも、苦戦も、不要です」
神代は小さく笑った。
「……わかった」
そして、剣に手をかける。
「いつも通りやる」
それが、最も“政治的に正しい”と理解した上で。リゼルは一歩下がり、いつもの位置に戻った。
「ご武運を」
英雄は、戦場へ向かう。




