08:変人パパ、帰還。娘、脳内断罪祭り。
「ただいま戻ったぞ、セシリア」
ローブ姿に謎の焦げ跡、羽根ペンと見せかけて魔導式の計測具を左手に握りしめたまま、我が父・ハロルド・ロズベルクはやたらと上機嫌に帰ってきた。
今日は数ヶ月ぶりの帰還日だというのに、髪は寝癖のまま、靴の片方が泥だらけで、従者たちは無言でため息をついている。
……はい、変人ですね、知ってました。
(というか私、つい先日、図書室で血の気が引いたんですよ……!)
爵位の種類を調べていたら、“魔術伯”という称号は「魔術の才能によって与えられる、実力主義の高い名誉職」だと書いてあって。
そこで思い出されるテンプレ変人魔術師溺愛もの。「自分に無頓着(この有様だ)」「無表情でさらっと“可愛い”とか言う(もう何度も言ってくる)」「身の回りの整理は誰かに丸投げ(貴族だからってマジで全部丸投げする人を他に知らない)」「妙に肩書きがすごい(魔術伯!!!!)」「でも感情表現はとんでもなく不器用(もう!!!)
そして、とんでもなく美形。
……そう、困ったことに、うちの父、見た目だけなら“魔術師ルートのトップレア”だ。
年の頃は三十代前半らしい。落ち着いた大人の余裕を纏っているはずなのに、髪は白銀混じりの金色で、長く伸ばして無造作に束ねているせいで、逆に色気が出ている。ぼんやりとした薄青の瞳には観察者めいた静けさが宿っていて、眉も鼻筋も妙に整っているせいで、こっちが直視できない。
(えっ、ちょっと待って、年齢詐欺では?)
肌は白く、線の細い頬や顎に、日常生活の無頓着さをまったく感じさせない。マントの裾が焦げてようが、襟がねじれていようが、それすら“混沌を纏った学者の美”として成立してしまう。
手元には、羽根ペンと見せかけた魔導式計測具を持ったまま──これもなぜか様になっている。なんで?
(……やっぱり、全部、パパのことやんけ!!!!)
つまり、私の父・ハロルド・ロズベルクは──
まごうことなき、“テンプレ変人溺愛魔術師”だったのだ。
「今日は顔合わせだったのだろう?どうだった、我が娘よ」
穏やかな声で、まっすぐに私を見る父。その声には何の打算も、裏もない。
でも! でもでも!!
「お、おおおおお父様!!!」
私の中の前世OLが叫ぶ。警報鳴りまくり。
「……あなた、もしかしてこの物語の、テンプレ変人魔術師系溺愛枠だったりしますぅ!?!?」
「なんだその分類は」
「ちがっ、ちがうんです! でも、でもっ、だって!」
私は顔を覆った手の間から叫ぶ。
「顔合わせしたんです!アイザック殿下に!それよりお父様が……テンプレ変人魔術伯!? ってことは、もしかして……もしかして……」
ぞわぞわぞわ……と背筋を寒気が走る。
「父が攻略対象者ってこと!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
そうなると私はなに?
幼少期から嫉妬してヒロインに絡んでくる残念令嬢枠!?
お父様に溺愛されてると勘違いした挙げ句に「下賤な平民風情が父に近づくな!」とか言っちゃって断罪されるやつ!?
もしくは「ヒロインの出生が実は伯爵家の失われた娘でした」とかで、血縁バトルからのすり替えEND!?!?!?!?!?!?
思考が止まらない。脳内に「断罪BGM」が鳴り響く。
「……セシリア。ひとまず落ち着こう」
「お父様がテンプレ変人伯だという事実が、いま全力で私を断罪へと導いてるんですよォォォ!!」
「テンプレ変人伯とは何かと聞いている」
「ソースは私が読んだ小説です!!!!!」
私は泣きながら、椅子に座った。
「もういやだ……なんでパパが変人で溺愛型テンプレで……しかもヒロインが来たら絶対パパに懐くの目に見えてる……そしたら私は絶対“嫉妬してた側”になって……最終的に“魔術暴走事件の犯人”とかにされて……死刑か国外追放か……」
「うん?」
「うるさいですパパ!! というかパパ!!」
私はばっ!と立ち上がり、指を突きつける。
「娘の立場から言わせてもらうとですね、もうちょっとまともな外見で帰ってきてください! そしてまず従者に謝ってください! 焦げ臭いまま帰宅しないでください! そしてお願いだからヒロイン枠に懐かれないでください!!」
「……それは何か私に非があるのか?」
「テンプレ的には、全部非があります!!!」
うわああああん、と心の中で泣き叫びながら、私は父のコートから魔導具をむしり取って、使用記録の残量を確認するふりをしながら思った。
(お願いだから、せめて“父が攻略対象”とかいうルートじゃありませんように)
私の断罪回避ライフは、まだ始まったばかりだ。