07: 決戦、その名は顔合わせ
「伯爵令嬢と第二王子のご縁だなんて、まあまあまあ! やはり“魔術伯”の血筋は伊達ではありませんのねぇ」
「でもまあ、あのご子息ったらどなたとも婚約が決まらなかったらしいですわよ。ご学友の間では“氷の殿下”って……」
──この手のマウントお茶合戦、何度読んだと思ってんじゃあ!! ソースは私が読んだ小説共だ!!
なんなら脳内に“悪役令嬢たちの百人会議”を開けるレベルで読んでる!知ってる!タイトルは覚えてないけど!この流れは、主人公令嬢がどこかの貴族令嬢に見下されつつ、本人が気づかぬまま好感度だけ爆上がるパターンのやつだ!
けれど今回は他人事じゃない。なぜなら本日、私はこの国の第二王子アイザック殿下との“顔合わせ”に臨むのだから。
(え、何これマジのやつ!? 私があの、“政略結婚ヒロイン枠”になってしまってるのでは!?)
心臓の鼓動が速まる中、義母のリディア夫人に付き添われ、私は城の離れにある“桜雪の小道”を歩いていた。
「この先のガゼボで、殿下がお待ちですわ」
えっ両親同席じゃないの!? このまま2人きりになるの!? ガゼボってあの……バラとか絡まってる、洒落た東屋だよね!? 無理無理無理無理!
(やばい! 貴族社会、顔合わせ=フォーマルな面談だと思ってたのに、思ったより“青春イベント”っぽいやつ来てる!)
護衛が一定距離で控えているとはいえ、この緊張感。あまりにも“この後何か起きそうな空気”が満ちている。
そして、ガゼボに入った瞬間、そこにいたのは──
「初めまして、セシリア・マリーベル嬢。アイザック・フィア・カーヴェルです」
少年というには大人びた、だが青年というにはまだ輪郭に柔らかさの残る少年。
銀髪に近い淡金の髪を後ろで束ね、深い藍色の瞳が、まっすぐこちらを見ている。その声には抑揚がなく、表情も読み取りにくい。
「政略結婚であることは承知しています。私情を挟むつもりはありません」
(あ、出た出た〜〜!!! それ一番やばいやつ!)
(そういうやつこそ、真実の愛とか見つけてどっか行くんじゃろがい!!)
もちろん、口に出すわけにはいかない。6歳令嬢の可憐な仮面の下で、私は全力で叫んでいた。
「……こちらこそ、よろしくお願いいたします、殿下」
表向きは完璧な礼儀で応じる。
こうして始まった顔合わせ茶会。殿下は控えめながら礼儀を尽くしてくれたし、私も一通り淑女らしく微笑み、相槌を打ち、無難な会話で間をつないだ。
でも、頭の片隅ではずっと考えていた。
(伯爵令嬢が王子と婚約って、やっぱおかしくない?)
普通は王族の婚姻相手は公爵か侯爵の娘。伯爵家では格が足りないと言われることもある。だけど──
「魔術伯の称号は、我が王国でも特別な意味を持ちますから」
と、殿下は紅茶を一口含みながら、まるで私の心を読んだかのように静かに言った。
「かつての戦争を終結に導いた“蒼炎の魔術伯”……彼が築いた名誉には、王家としても敬意を払っています」
その口調に誇張はなかった。ただ、ひとつの史実を伝えるような、静かな敬意。
あ、ちょっとかっこよく見えたのずるい。
でもだからって信頼していいかどうかは別問題だ。私はこの結婚に、幸せとか恋とか、そんな夢見たことはない。
──だからこそ、今はまだ、“政略”の仮面を被っていようと思う。
この国の第二王子と、公爵でも侯爵でもない、“魔術伯”の血を引く伯爵令嬢との、静かな婚約。
それは、未来に何が待ち受けているかも分からぬ、物語の序章に過ぎなかった。だってここまできてもそれっぽい作品思い出せないんだもん。おしまいだよ。