06:千一度目のお茶会戦線(後半)
――出た! 令嬢もの定番その一、「お裁縫の話題」!!
この手の話題、油断すると大事故になる。「私は自分で刺繍する派」か「職人に任せる派」か、「自作のドレスですの」VS「うちは老舗の仕立て屋」の地獄のマウント地帯だ。
「おほほ、うちの子ったら、まだ針も持てませんのよ」
「まあ、それはお年頃ですものねぇ。でもマリーベル様なら、きっとすぐお上手になりますわ」
マリーベルの隣に座っていた令嬢(たぶん男爵家のお嬢さん)が、にこりと笑いながら言った。口調は丁寧、でも明らかに“育ちの違い”を探ってる。
(うわ〜〜! 来た来た! その笑顔、見覚えある〜! 絶対あとで「やっぱり平民の血が」とか言うやつ!!)
私は思わずマリーベルの手を握った。
「マリーベルはまだ四歳ですもの、無理もないですわ。でも――」
私は笑った。
「昨日の夜、お人形のお洋服を脱がせて、裏地の処理をじーっと見てましたの。お裁縫が好きになりそうな予感、しますわね」
「まあ!」
場に少し笑いが生まれる。さりげなく“観察眼がある子”アピール。しかも“興味を持ってる”という安全圏。こういうのは“地味だけど努力家”キャラで押すのが最強なの、ソースは私の読書経験だ!
――だが油断してはいけない。
「ところで、セシリア様は、どちらのお仕立て屋をご贔屓に?」
おっと。矛先がこっちに向いた!
(やめてよ!? 私はこっち来てまだ数日なんだけど!? このドレスがどこのブランドかも知らんのだけど!?)
しかしセシリア(6歳)は、にっこり笑って応じた。
「父が選んでくださったドレスなので、詳しくは……。でも、レースが柔らかくて、とても好きですわ。マリーベルにも似合いそうですね」
この返し、どうだ! かわしてるけど、ちゃんと肯定的。しかも妹age。悪意ないですアピールもバッチリ!
「まあ、妹思いですのね」
「素敵ですわ」
ふわりと場が和らぐ。勝った……か?
(いや、ここで安心するな私。まだ“紅茶の好み”とか“婚約者の話題”とか、いくらでもトラップがあるからな!!)
そのときだった。
「そういえば、アイザック殿下とは……」
来た。来たぞ。“婚約者様の話題”!!!
(無理だろ! 6歳児にその対応は無理だろ!!)
でも私、前世で散々読んできた。この地雷原も、攻略法は一応知っている!
私は口元にカップを当て、さりげなく答えた。
「お父様が仰ってましたの。“殿下はお優しい方だ”と。まだ私、お目にかかったことがありませんけれど……」
すると、マリーベルがぽつりと口を開いた。
「でも……この前、お兄さま、ちょっと笑ってくださった」
「えっ!? 会ったの!?」
「うん。マリーベルが転びそうになった時、そばにいたから、抱き上げてくれて……」
その瞬間、場の空気が、ほんの少しだけ――揺れた。
年若い令嬢たちの目が、ちらりとマリーベルを見た。冷たい視線ではない。でも、確実に“物語”の気配を察知していた。
(あ〜〜これは……“妹がヒロイン枠の可能性”出てきたな!?)
というか、なんで6歳児と4歳児の周辺でフラグが立ってるの!? ほんとこの世界、地雷が早熟すぎる!
お茶会は、結局波乱なく終わった。
マリーベルは緊張していたけれど、終始上手に受け答えしていたし、私が“姉として横にいた”ことも、いい印象を与えられた気がする。
だけど。
紅茶の香りと、優雅な笑い声の残る庭園をあとにしながら、私は心の中で叫んでいた。
(マリーベル、お願いだからこれ以上“ヒロインポイント”稼がないで!?)