04: 貴族制度ガバ読み勢の懺悔録
朝食のあと、私は書斎で“爵位”について調べていた。
――なんで令嬢もの読み倒しOL記憶持ちの私が今さらそんなことしてるかって?
いや、それはね。
前世の私はただただ脳に爽快感を求めて読んでただけだからだよ!
悪役令嬢だの逆ハーだのざまぁ婚約破棄だのを摂取して、「わかる~」「くるしい~」「ざまぁ最高!!」とノリと勢いでページをめくってたんだよ!
爵位の順番? そんなの「だいたいそれっぽい方が上」くらいの感覚でしか読んでなかった!殿下って言ったら王族なのはかろうじてわかるかも!陛下は王様!いやそれぐらい6歳貴族のセシリアが既に知っとったわ!
というわけで、昨日の会話が問題だった。
「…… ロズベルク伯爵は“魔術伯”ですものねぇ」
「ええ。でも、“辺境伯”には敵いませんわ。あちらは軍権もお持ちで……」
は???????
(いやちょっと待って。魔術伯? 辺境伯? なんかそれっぽいワードだけど、それってどっちが上なの!?)
と、前世の「アハ読みスタイル」のツケが回ってきた私は、いそいそとロズベルク家の図書室へ向かい、“貴族制度の基礎”という分厚い本を探し出し、今まさに読みふけっているところである。
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■貴族の位階:ざっくりこんな感じらしい
1. 公爵
→ 王家に次ぐ大貴族。領土もでかいし家柄も最上位クラス。
王族の親戚筋が多く、「令嬢もの」で主人公の家になるのは大体ここ。
2. 侯爵
→ 公爵に次ぐ高位。物語での出番はやや少なめ。古い家柄が多い。
3. 伯爵
→ 中堅の上、だいたい良家のお嬢様枠。私の家がここ!
4. 子爵
→ 貴族ではあるけど、上流というにはちょっと地味。モブ寄り。
5. 男爵
→ 最下位貴族。辺境の農村や、新興の魔道具商人にありがち。
平民との混血や没落の描写が多い。
(ふむふむ……やっぱりうちの“伯爵家”ってそこそこ立派なんだ……)
でも、問題はここから。ファンタジー令嬢ものには、公式じゃない“変則爵位”がゴロゴロある。
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■ナーロッパ風世界でありがちな“変則爵位”
●「辺境伯」
→ 領地が辺境にあり、軍事権を持つ。地位は伯爵以上公爵未満。
※実質、軍事力を握ってるから国王すら頭が上がらないこともある。
●「魔術伯」
→ 魔術の才能で爵位を与えられた特殊な家柄。
戦闘力は高いが、領地や人脈が薄く、政治力は低い場合もある。
※異能持ち・研究バカ・だいたい危ない人が多い。
●「○○公」
→ 「氷の公爵」や「漆黒の公爵」など二つ名がつくタイプ。
だいたい美形で裏がある。
※ヒロインの婚約者か、ラスボスになることが多い。
(……なるほど。ファンタジー補正でややこしくなってるだけで、基本の5位階+変則枠って考えれば整理できる)
そうして私はメモ帳に、整理した爵位ピラミッドを書き上げた:
──
【セシリア・まとめた爵位ピラミッド(個人用)】
1. 公爵(THE 最強・実家が王家の隣)
2. 侯爵(やや古い、堅実派)
3. 伯爵(私のとこ。無難枠)
4. 子爵(空気。サブヒロインの家)
5. 男爵(たまに当たり枠。もふもふ飼ってる)
↑
+ 変則組(ヤバい強キャラ枠)
・辺境伯=軍事バカ/土地あり
・魔術伯=魔術バカ/研究所持ち
・◯◯公=二つ名持ち/顔がいい/大抵問題児
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……と、ここまで書いてひとつ気になることが出てきた。
(――あれ? でもうちって“魔術伯”で、“伯爵”なんだよね? なんで?)
普通に考えれば、「魔術伯」は“伯”だから、“伯爵”でしょ?
でも私の父は「魔術伯ハロルド」って呼ばれてて、それは「称号」扱いみたいに聞こえる。
それに、家の名刺(?)にも、“伯爵家”って記載があるし……。
うーん、なんか矛盾してない?
そう思って、再び資料を漁ると――あった。
一冊の「称号と叙勲に関する記録書」に、こんな記述が見つかった。
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■称号としての“魔術伯”について(抜粋)
近代王政第二期、王家は魔術の発展と技術振興のため、優れた魔術研究者に名誉称号として“魔術伯”の称号を授けることを始めた。
この称号は一般的な“爵位”とは別枠であり、世襲されるものではない。
“魔術伯”の称号を持つ者の家が伯爵位を持つ場合、その子供は通常どおり“伯爵令嬢”“伯爵令息”となる。
よって“魔術伯”の子供が“伯爵”になることに、制度上の問題はない。
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(……あ、なるほどね!)
つまり、魔術伯は“名誉職”であって、“爵位そのもの”じゃない。
だから父が魔術伯で、私が伯爵令嬢でも全然おかしくない。というか、父は“魔術伯”のハロルドであり、“マリーベル伯爵家”の当主でもある。
称号と家格はべつものなのね!
「ふー……なるほどなるほど。じゃあ、あの義母の“魔術伯より辺境伯の方が上”みたいな話、あながち間違ってはないんだ……」
――でも。
(今のところは、ただの“比較”でしかない。でもこの手の話が将来の火種になる可能性、あるぞ……?)
だって私は“義理の娘”で、しかも“前妻の子”で。
義妹の方が“実の娘”で、しかも聡明で愛らしいとなれば……。
この世界を理解すること。
自分がどう見られて、どう動くべきかを知ること。
それはきっと、ざまぁを回避するための第一歩――断罪を避ける、ささやかな知恵の努力である。
そう自分に言い聞かせつつも、ふと浮かんできたのは、前世で読み漁っていた“テンプレ変人魔術貴族”たちの姿だった。
(……妙に長い白衣着て、書斎に籠もって、謎の結界張りっぱなしで、娘の誕生日すら忘れるタイプ……)
(……そのくせ本人は善人だったり、急に強キャラムーブしてくるやつ……)
――そして、気づく。
私の父・ハロルドは、それらの人物像に、ものすごく近い。
(いや待って、ちょっと待って!? それってつまり、私、“テンプレ変人魔術貴族の娘”じゃん!?)
(え、やばくない!? こっちにもその属性ついてくるやつ!? 巻き添え変人!?)
しばし頭を抱える私。
ただでさえピンクブロンドで目立つっていうのに、血筋からしてテンプレ変人系令嬢だったら……
それこそ、断罪ルート待ったなしでは!?
──お父様、お願いです。
せめて娘の前では、もう少し「常識人」に見えるよう努力してください……!