03:断罪エンディングTOP10は
私は紅茶を飲みながら、読書のふりをしていた。
本の内容なんて一文字も頭に入っていない。紙面の活字はただの飾り。実際には、私の脳内で「断罪エンディング・トップ10」が順番に上映されていた。
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【第1位】義妹による涙の断罪 → 婚約破棄 → 国外追放
「お姉さまには……昔からずっと冷たくされてましたの……!」
震える声で訴えるマリーベル。後ろには私の婚約者――アイザック殿下。
「セシリア、お前というやつは……!」
平手打ち、ざわめく群衆、城の石段。私はボロ馬車に押し込まれ、荷物も持たせてもらえず、
「ざまぁwww」とか言われながら国境へと追い出される。
……テンプレ中のテンプレ。最もあり得る未来。脳内再生率も断トツ。
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【第2位】婚約者が庶民ヒロインに惚れ、私をポイ
「俺は、あんな冷たい貴族令嬢より、素朴で優しい君の方がいい!」
よくある。ものすごくよくある。
突然現れる庶民のパン屋の娘とか、図書室で偶然出会った平民とか、民草代表ヒロインに寝返るやつ。
結果、私は「金と家柄に胡坐をかいた高慢令嬢」扱いされ、あっという間に婚約破棄。
やってない。何もしてない。でも破棄される。
そんな展開、前世で何十回見たと思ってるのよ私。
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【第3位】義母に巧妙な罠を仕掛けられ、濡れ衣で牢獄送り
「セシリア様が、不正会計を……」
「毒入りの薬草を、保管しておられました」
メイドたちの証言、なぜかある帳簿、完璧な証拠。すべて義母リディアが裏で回していたという展開。
私は何も知らないまま、処分される。
しかもそのときのリディアは、「まあ……可哀想に」とか言って涙ぐむんだ。こわっ!
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【第4位】舞踏会で小さな失言 → スキャンダルに発展 → 社交界追放
「セシリア様が、◯◯侯爵令嬢のドレスを貶していたそうですの!」
「いえ、お茶会でお菓子をひとりじめしたとか!」
しょうもない陰口が爆発的に広まり、
気づけば「性格に難のある令嬢」として社交界を追い出される。孤立→断罪。
これ、冗談じゃなくて本当にあるやつ。人脈こそ命の世界では、空気一つで処刑される。
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【第5位】聖女ヒロインが神託で「悪を暴く」
「この人が悪です」って神託一発で終了。何もできない。
人の顔色見てる人生だったから、光属性に弱い気がしてならない。
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【第6位】使用人たちの密かな不満が一気に噴出
「紅茶の温度に文句を言われました」
「お名前の呼び方が冷たいと……」
「“メイドは影であれ”と仰いました」
いや、それ教育の一環で言っただけなんだってば!?
でもこういうのって積もり積もって、最後に「人望がなかった」と言われて断罪されるんだ。
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【第7位】転生者ヒロインに“未来の悪行”を先回りされる
「この子は、将来、義妹を虐めるんですの!」
「わたくしには、分かりますの。前世で読んだから!」
証拠なし、実害なし。でも“未来予知”で断罪。どうしろと。
それって、これから悪いことをすると宣言されて有罪にされるってことでしょ!? 怖すぎるわ!
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【第8位】ぬいぐるみ事件で濡れ衣
「うわああん!! モモちゃんがあああ!!!」
なぜか私のそばでぬいぐるみが壊れていて、泣きじゃくるマリーベル。
使用人たちが「これは……」と見る。義母は「まあ……落ち着いて」と言う。
でも誰も「違う」とは言ってくれない。
それで終わり。セシリア、終わり。
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【第9位】魔術の暴発で温室を吹き飛ばす
「ひっ……温室が……っ!」
「セシリア様の魔力が暴走を……!」
誰かを傷つけたわけでもない。ただちょっと未熟だっただけ。
でもそれで「危険人物」に分類され、制限具をつけられ、自由を失って……そのまま断罪。
前世で勉強してなかった自分を、本気で恨む瞬間。
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【第10位】とにかく“なんかムカつく”で断罪される
「……あの子、顔が良くて、性格まで良いって、なんかムカつく」
「わかる」
理由なし。証拠なし。けれど広がる“空気”。
私を囲む目線が冷たくなっていって、ある日ふと「そろそろ断罪の時では?」って言われるやつ。
リアルすぎて笑えない。いちばんこわい。
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──こうして私は、ひとり静かに地獄の予行演習を終えた。
「……はあああああああ!!!」
紅茶を一気に飲み干した。熱すぎて、むせた。涙出た。
(これが6歳児の悩み方か……!?)
「おねえさまー!」
「え、マ、マリーベル、どうしたの?」
私が悩んでいるいつの間にか、義妹はやってきたようだ。いつの間にっ……!やられるッ!?
「おねえさま……これ、つくったの。リリィが」
差し出されたのは、白い紙を折って貼った、小さな「王冠」だった。紙製、でも飾りが丁寧で、よく見ると糊の跡が均等で、美的センスが高い。
「あら……これ、私に?」
「うん!」
マリーベルはきっぱりと頷いた。笑顔がまぶしい。
私は、その時、ちょっとだけ思ってしまったのだ。
(……かわいいな)
そう思った瞬間、自分の中の警報が鳴った。
まずい。これは危ない。ほだされるな。これは罠かもしれない。
私はこの可愛さに弱いんだ、前世でも推しのロリキャラを守るために課金したじゃないか!
でも、この子は推しじゃない。断罪者候補だ!!
「ありがとう。でも……いいの? リリィの作品、私なんかにくれて」
「うん。おねえさま、リリィに絵本読んでくれたし。やさしかったし。おねえさまのこと、すき」
目が、キラキラしていた。
……あっ、だめ。これ、だめなやつだ。
フラグだ、これ。絶対このあと私、処刑か追放される。
なんでこんなイベントにほっこりしかけてんだ私!? あれほど警戒すると決めたのに!?いや仲良くするんだっけ!
いや、今は仲良くしてても、あとで突然「昔から陰で意地悪されてました」って泣かれる展開、前世で50作は読んだ!
「おねえさま、かぶって?」
「……え、今?」
「うん!」
いやだってこれ……すごい小さい。サイズ合ってない。髪型も崩れる。
いやそこじゃない。
私の防御壁が崩れる!!!
「……わかったわ」
私は覚悟を決めて、紙の王冠を頭に載せた。
「わあっ……おねえさま、おひめさまみたいですの!」
……無理だった。何もかも、無理だった。
可愛いのに慣れてなさすぎて、私が一番動揺してる。
その後も彼女は紅茶の香りに「いいにおいですの」と反応し、焼き菓子を「リリィはこのまるいのがすき」と言ってくれて、
私は「そ、そう……それはよかったわね」などと頑張って返事をしていたが――
内心は完全にパニックだった。
(……これ、フラグだよな。布石だよな。こんなに仲良くしておいて、あとで「すきでしたのに」とか言われて婚約破棄される流れなんだろ……?)
なのに――楽しかった。
妹というのがどういう存在なのか、前世では知らなかったけれど、こういうものなのかと、少し思ってしまった。
その日の夜、私は紙の王冠を引き出しにしまいながら、静かに言った。
「……やりにくっ!」
結局仲良くすればいいんだっけなんだっけ。既に過去の意思が忘れ去られかけている。完璧令嬢への道は、多分遠い。