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11/13

11:だから言ったじゃん王妃って怖いって

 この国の王位継承権は、基本的に長子優先。

 現在の第一王子――エドワード殿下がそのまま次代を継ぐのが既定路線である。名前を習ったばかりだったけれど、あまりにもありがちすぎて何度も「……えっと、アーサー? アルベルト? ちがう、エドワード!」と脳内で小テストしている。ごめん、エドワード殿下。私は悪くない、名前がありがちなんだ。


 彼が現在の王太子、つまり次代の王として指名されている。

 第二王子であるアイザック殿下は、王政を支える立場にあり、私の婚約者でもある。


 つまり、私は将来的に王族と“義縁”になる。

 そのため、義理の兄である王太子殿下の奥方――すなわち王妃とも、否応なく関わっていくことになる。


 ……王妃。


 この王国で最も近づきがたく、かつ最も噂の多い女性。


 曰く、「鉄の王妃」と呼ばれた冷徹なる裁定者であり、

 曰く、病弱で人前に姿を見せぬまま、政に目を光らせる氷の眼を持ち、

 曰く、かつて彼女に逆らった貴族家は存在を“なかったこと”にされた……などと、尾鰭のついた話が枚挙にいとまがない。


 なかには、


(「実は王より上の影の支配者」とか、「実は未来を知っていて、“相手の末路が見える”」とか、「いやもはや人外で、1000年生きている」とか……)


 完全にフィクションめいた噂まで存在する。


「……絶対、嘘混じってるじゃん!!」


 と叫びたいけれど、


「こっっっわ!!!」


 と叫ぶだけで精一杯だった。


(小説で読んだ完璧令嬢は、このくらいのピンチにだって凛と微笑んでいたのに……!)


 断罪回避のためには、完璧令嬢のふるまいを身につけなければならない。

 そう、小説のヒロインたちのように――




「セシリア・ロズベルク嬢、ですね」

 最初にかけられた言葉は、礼儀正しく、抑制された声だった。


 王妃は椅子に深く腰掛けていた。

 透き通るような肌と黒曜石のような瞳。

 長く束ねた黒髪が静かに流れ、全身からただよう威厳は、“冷たさ”よりも“遠さ”を思わせる。


 年齢は若く見える。けれど、どこか底知れない。


(やっぱり……ただ者じゃない……)


「は、はい。セシリア・ロズベルクでございます」


「顔を上げて。……恐れることはありませんよ。今日はあなたと、静かに話すための時間です」


 その言葉に、ぴくりと反応してしまった。

 見透かされているようで、思わず背筋が伸びる。


 けれど、その瞳には、怒りも侮蔑もない。ただ、静かな関心だけがあった。


 

「婚約の話が進むにつれ、あなたの名前をよく耳にするようになりました」

 王妃は紅茶に手を添え、優雅に香りを楽しんでいる。


「魔術伯の娘……というより、あなた自身がどのような子なのか、私は知っておきたいのです」


「わ、わたくし……」


(ど、どうしよう!? ここで間違ったこと言ったら、速攻で断罪イベント入る!?)


 それでも何も言えずに口ごもっていたら、王妃はふと、柔らかく微笑んだ。


 それは“慈しみ”でも“威圧”でもなく――“何かを見届ける者”の目だった。


 


「あなたは、どうしても“断罪”という言葉に過敏になるようですね」


「っ!?」


「怯え方、口調、言葉の選び方……おそらく、あなたは誰よりも『裁かれること』を恐れている」


 図星すぎて膝から崩れそうだった。


「けれど、セシリア嬢。人が罪を犯すときは、その多くが、自分の恐れに負けたときです」


 淡々とした声だったが、なぜか心の奥に響いた。


「……堂々としなさい。それが、王家に嫁ぐ者の第一歩です」


 そう告げられたとき――


 私は、「完璧令嬢」への道が、まだ果てしなく遠いと痛感した。


 けれど。


 王妃は、敵ではなかった。


 その存在は、むしろ“なにかを守ろうとしている人”のようにさえ見えた。多分。


 ただし、


(この人、やっぱりラスボスかもしれない……!)


 という思いは、まだ捨てきれなかった。


 


 セシリア・ロズベルク、6歳。


 断罪回避・完璧令嬢への道――まだまだ先は長い。

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