11:だから言ったじゃん王妃って怖いって
この国の王位継承権は、基本的に長子優先。
現在の第一王子――エドワード殿下がそのまま次代を継ぐのが既定路線である。名前を習ったばかりだったけれど、あまりにもありがちすぎて何度も「……えっと、アーサー? アルベルト? ちがう、エドワード!」と脳内で小テストしている。ごめん、エドワード殿下。私は悪くない、名前がありがちなんだ。
彼が現在の王太子、つまり次代の王として指名されている。
第二王子であるアイザック殿下は、王政を支える立場にあり、私の婚約者でもある。
つまり、私は将来的に王族と“義縁”になる。
そのため、義理の兄である王太子殿下の奥方――すなわち王妃とも、否応なく関わっていくことになる。
……王妃。
この王国で最も近づきがたく、かつ最も噂の多い女性。
曰く、「鉄の王妃」と呼ばれた冷徹なる裁定者であり、
曰く、病弱で人前に姿を見せぬまま、政に目を光らせる氷の眼を持ち、
曰く、かつて彼女に逆らった貴族家は存在を“なかったこと”にされた……などと、尾鰭のついた話が枚挙にいとまがない。
なかには、
(「実は王より上の影の支配者」とか、「実は未来を知っていて、“相手の末路が見える”」とか、「いやもはや人外で、1000年生きている」とか……)
完全にフィクションめいた噂まで存在する。
「……絶対、嘘混じってるじゃん!!」
と叫びたいけれど、
「こっっっわ!!!」
と叫ぶだけで精一杯だった。
(小説で読んだ完璧令嬢は、このくらいのピンチにだって凛と微笑んでいたのに……!)
断罪回避のためには、完璧令嬢のふるまいを身につけなければならない。
そう、小説のヒロインたちのように――
「セシリア・ロズベルク嬢、ですね」
最初にかけられた言葉は、礼儀正しく、抑制された声だった。
王妃は椅子に深く腰掛けていた。
透き通るような肌と黒曜石のような瞳。
長く束ねた黒髪が静かに流れ、全身からただよう威厳は、“冷たさ”よりも“遠さ”を思わせる。
年齢は若く見える。けれど、どこか底知れない。
(やっぱり……ただ者じゃない……)
「は、はい。セシリア・ロズベルクでございます」
「顔を上げて。……恐れることはありませんよ。今日はあなたと、静かに話すための時間です」
その言葉に、ぴくりと反応してしまった。
見透かされているようで、思わず背筋が伸びる。
けれど、その瞳には、怒りも侮蔑もない。ただ、静かな関心だけがあった。
「婚約の話が進むにつれ、あなたの名前をよく耳にするようになりました」
王妃は紅茶に手を添え、優雅に香りを楽しんでいる。
「魔術伯の娘……というより、あなた自身がどのような子なのか、私は知っておきたいのです」
「わ、わたくし……」
(ど、どうしよう!? ここで間違ったこと言ったら、速攻で断罪イベント入る!?)
それでも何も言えずに口ごもっていたら、王妃はふと、柔らかく微笑んだ。
それは“慈しみ”でも“威圧”でもなく――“何かを見届ける者”の目だった。
「あなたは、どうしても“断罪”という言葉に過敏になるようですね」
「っ!?」
「怯え方、口調、言葉の選び方……おそらく、あなたは誰よりも『裁かれること』を恐れている」
図星すぎて膝から崩れそうだった。
「けれど、セシリア嬢。人が罪を犯すときは、その多くが、自分の恐れに負けたときです」
淡々とした声だったが、なぜか心の奥に響いた。
「……堂々としなさい。それが、王家に嫁ぐ者の第一歩です」
そう告げられたとき――
私は、「完璧令嬢」への道が、まだ果てしなく遠いと痛感した。
けれど。
王妃は、敵ではなかった。
その存在は、むしろ“なにかを守ろうとしている人”のようにさえ見えた。多分。
ただし、
(この人、やっぱりラスボスかもしれない……!)
という思いは、まだ捨てきれなかった。
セシリア・ロズベルク、6歳。
断罪回避・完璧令嬢への道――まだまだ先は長い。