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01:転生者たちは偉いよ。

令嬢もの読み専がずっと思ってたことを書くだけのお話


 ――ごっつん!


 乾いた音がした。絨毯敷きの階段に顔から突っ込んで落ちた結果、私の視界はぐるぐると回転し、やがて暗闇へと落ちた。


「……せしりあ!? だ、大丈夫!? おねえさま、起きて! おねえさまー!!」


 声がする。女の子の声。いや、これは……私の、妹?


 でも私は一人っ子のはずで。家も、マンションで……。何これ、違う? おかしい。これは夢か――


 そんなことを思った瞬間だった。まるで本を一気にめくるように、ぱらぱらと映像と記憶が押し寄せてきた。


 私の名前はセシリア・ロズベルク。

ハロルド・ロズベルク伯爵と、今は亡き母エレノアの一人娘――のはずだった。

 いや、今もそうなのだ。恐らく。


 今日は、私の6歳の誕生日。

 朝から親戚や知人が訪れていて、広間は賑やかだった。私はというと、久しぶりの人混みにすっかり浮かれていて……

 注意されないくらいにスカートをひるがえして走り回り、最後には見事につまずき、最初に戻る。


 それが、すべての始まりだった。


 思い出されるのは前世の自分。名前は……もう忘れかけていたけれど、二十代の独身女性。会社員。趣味は小説読み。

 とにかく令嬢ものに目がなかった。


 スマホに保存したお気に入りは数知れず。読んだものは軽く千を超えていた。

 暇さえあればスコップして、「ざまぁ」を摂取していた。美男美女がくるくると入れ替わる世界。婚約破棄。冤罪。断罪イベント。そしてそこからの逆転劇。好きだった。


 ……まさか、そんな私が、その世界に来ているとは。


「…………え、マジで?」


 気づいたらベッドで目を覚ました私は、まず鏡を手に取った。銀細工の取っ手に、繊細な唐草模様。いかにも貴族趣味。


 そして、そこに映った自分は――


「ピンク……ブロンド……?」


 桃色と金色が絶妙に混ざった髪。ふわふわの縦ロールに束ねられた髪が、肩を超えて流れている。

 肌はやたらと艶があり、目はカシス色の大きな瞳。頬はつやつや。六歳の少女にしては完成度が高すぎる。正直、めちゃくちゃ顔が良い。


 けれど、それよりも先に思うのは――


「これ、どの作品だっけ?」


 見覚えがあるような、ないような。


 けれど、はっきり言える。これ以上考えても、絶対思い出せない。


 当然だ。だって、2度目になるが、私は前世で軽く千以上の悪役令嬢転生・婚約破棄・聖女ざまぁ系小説を読破していたのだ。

 日に短編を100本はスコップし、長編も数えきれないほど読み漁り、美男美女を左から右に流し読みして、ざまぁを三食摂取していたような人間である。

 コミカライズも端から端まで読んでいた。ざまぁで脳が飽和している。


 ……あれ、日に100本なら100日で万に届いてる。この趣味は年単位でやってたから、千は謙虚だったわ。


 しかも、タイトルも登場人物も展開も、似たり寄ったり。

 偉大なる作者たちには似てるなんか言って本っ当に申し訳ないが、そういうのが好きなのだから仕方ない。

 転生者たちはよくタイトルしっかり覚えてるよなとは思ってたけどさあ!


「ピンクブロンド? はいはいはい、そりゃ文字では見たことありますとも。百作はあるわ。現実ではない色味で想像できなかったけど、こんな感じなのね。

 セシリア? セリシアじゃないの? どっちも見たわ。アイザック殿下? またそれかよ!」


 つい声に出してしまう。けれど、見渡す限り、私は貴族の邸宅らしき豪華な寝室の中。

 付き人のメイドが控えているし、気絶していたとあって不安げに眺めている……表情は抑えてるけど。本当に凄い。


「……私、本当に、転生してるの?」


 しかも、この世界が物語の中なのか、ただのナーロッパ風世界なのかさえ不明だ。


 少なくとも「ギフトの発現」もなければ、「聖女の資格判定」も今のところ存在しない。チート能力にも覚えはない。

 魔術はあるらしいけれど、私はまだ授業を受けていないし、6歳児に聞ける情報には限界がある。


 ただ、情報があったとて特定は不可能だろう。3度目になるが、万を超える作品すべての「ざまぁ」を覚えられるような超記憶チート能力は、前世にも今世にもないからだ。

 覚えてないものを特定なんて、できるわけがない。


 というか、今の私の頭脳は6歳児と二十代の会社員の混合物で、実に混沌としている。


「……よし。冷静になろう。世界がなんであれ、まずは生き延びること。それが一番大事」


 私はベッドから起き上がり、窓から庭園を見下ろす。


 広大な敷地。調度品は銀と大理石。記憶の限り、もう既に分かっていたけど。もう間違いなく大金持ち。


 はい、死亡フラグです。物語において、令嬢の中でも高位貴族に生まれた者ほど断罪されがちです。


 しかも、アイザック殿下という明らかに婚約者っぽい人物がいる時点で、これはもう……。


「悪役令嬢ものじゃん!!」


 自ら叫んでまた落ち込みそうになる。まだ断定できないけど。


 けれど、ここで立ち止まってはいけない。もし、これが悪役令嬢転生ものならば、私に残された道はひとつ。


「完璧令嬢になるしかない」


 わがままは言わず、悪事は一切行わず、庶民にも優しく、成績も優秀。

 魔術も習得。剣術も嗜み、社交もこなす。

 婚約者にも必要以上に突っかからず、距離を保ち、もし破棄されたら潔く身を引いて別の道を歩む。

 冤罪が来たら冷静に証拠を集め、無実を証明し、できれば転生者がヒロインである可能性も考慮し、虐めとかもやらずに真正面から人脈と信用で勝ち切る。

 当然、禁術とかはやらない。そういう隙を作った奴は断罪される。

 完璧令嬢は断罪されないがちだ。残念ながら、完璧にも関わらず断罪された例も記憶にあるが。理不尽系という奴だ。


 まあつまり――物語という攻略本なしで、ノーセーブでハードモードを突破しろということだ。


「無理!!!!!!」


 思わず天井を見上げて叫んだ。


 私は前世でも、そんなに努力できる人間じゃなかった。

 試験勉強もギリギリだったし、日々の生活はスマホで小説読んで寝るのが基本。推しの新刊が出るたびに徹夜して、仕事は適度にこなして……。


 そんな私が、「勉強」「魔術」「剣術」「社交」「人脈」!? どんな才能だよ!!!!


 でも。だからといって、何もしないままで、「断罪されて国外追放」とか「処刑」とか「牢獄」とか「家族ごと没落」とかになったら?


 前世で読んだ「処刑されるか追放されるか、泣き叫ぶ令嬢のラストシーン」がフラッシュバックする。


「やだやだやだ!! 絶対に嫌だ!!」


 私は、机に向かって勉強を始めた。


 たどたどしい筆記。まだ6歳の手では読み書きも完璧ではない。

 けれど、幸いにも私はこの世界の言語を前世の記憶でカバーできる。多分……あんまり農業知識とか経営知識とかないけど……

 前世、勉強をあまりしなかったことが今、悔やまれる!


 これから始まるハードモード令嬢ライフ。

 それは、何より――断罪されないための、全力の努力の記録だった。

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