ホソミチ・オブ・オク
むかし山の上に男あり。
名をば山彦という。
*
東北の村落に、ある家があった。
家には金だけがあった。
集落のみならず、村じゅうにも、いや隣村にも名を知られた豪農であった。実際、祖父の名を知るものは多かった。
ほんの小さな栄華を極め、羨望と嫉妬を浴びながら、己を見失い、最後は家を廃墟にした男だった。
物心ついたころ、家はすでに傾きかけていた。
だが、まだどうにかなりそうにも見えた。誰も慌てていなかった。
平成の終わりころ、祖父が他界した。
それは修復不可能なダメージとなった。すでに金はなく、祖父の名前だけでギリギリ成立していたあらゆるなにかが、一瞬で失われたのだ。致命傷だった。
令和になると、もはや見ないフリもできなくなった。
最後の住人――アルコール愛好家の叔父が家を去った。
*
親類の一人から声がかかったのは、半年くらい前のことであった。
もう家が、建物として限界なのだという。
蔵には私の荷物も置かれていた。いまのうち回収しておけという。
春うらら千客万来家じまい
もはや無人となった家に、人が集まるのはいつ以来であろうか。
百年も前に建てられた家屋である。
それが震災には耐えた。
耐えてしまった。
つぶれていれば、誰も悩まされることはなかったものを。
車で高速道路に入った。
いろいろ準備してくれた弟や、老いて痩せた母も一緒だった。
こうして家族で田舎へ向かうのも、これが最後という感じがした。
風情など微塵もあらぬ山桜
道の脇には、私の気分とは無関係に、山桜だけが咲いていた。
それは、まあ、いい。
大部分は自然のものだ。
忌まわしいのは、無計画に植えられた染井吉野であろう。この木を植えた人間は、幸福な未来しか想定しなかったに違いない。その結果、人の事情などお構いなしに、時期さえくれば好き勝手に咲き誇るようになってしまった。
派手に咲いて散ればなんでもいいのだ。
してみれば、花見などは、人のするおこないの中でも特に愚劣な部類に入ると言わざるをえない。
高速道路を降りた。
しかし本家へ向かう前に、学生時代の住居を見て回ることになった。
とうに売り払われて他人の家だが。
その一帯は、山を切り開いて作られた住宅街であった。住宅街とはいうが、実態としてほとんど売れていなかった。私が住んでいたときでさえゴーストタウンに近かった。ひとけのない、まっくらな山だった。私は学校へ行くたび下山し、帰宅のたびに登山を強いられた。それが苦痛で、親にはさんざん苦情を言ったものである。雪の日などは、車でさえあがれぬほどの傾斜であった。
ところが、久々に来てみれば、どの区画もぎっしりと住宅で埋まっていた。
事情はいろいろあるようだが……とにかく変われば変わるものである。
春景色いまや見知らぬ故郷かな
本家へ向かう前に、いちど親類の家に集まった。
久しぶりに会う伯父たちは、想像の何倍も老いていた。
それでも彼らは、自分の家を持っているからいい。血脈をたもっている。
すべてを失ったのは、後継者のなかった本家だけ。
なにもかも錆びたと笑う油風
本家に入った。
そこは、すべてが終わったあと、という印象であった。
最盛期には使用人さえおり、訪れる客はひっきりなしで、そのための酒や肴まで置かれていたという。だが、いまやがらんとしたゴミ屋敷である。人の姿はない。
かつて城いまは廃墟の春の庭
しかも隣家の住民が、まるで自宅駐車場のように軽トラックを停めていた。
完全にナメられている。人がいないと思って好き放題だ。
かつての威光は見る影もない。いや、その意趣返しとばかりに使われている。隙を見せれば食われる。田舎はちっともあたたかくない。
さて、菫の花といえば、人は美しい花園でも想像するかもしれない。
しかしこのあたりでは雑草の一種に過ぎなかった。
私は菫やクローバーを踏みながら、本宅と別宅を行き来した。もちろんどちらも無人である。
私は、荷物に用はなかった。
本当に必要なものは、すべて手元に置いていたからだ。量も多くない。
だからいまさら荷物を回収したがっていたのは、母と弟だけ。私は草むしりと荷物運びのために来た。
敷地内には、納屋や土蔵がある。
小さな工場さえある。
いまやどれもボロボロだが……。
弟が憤った様子で「ない」と言ってきた。
保管しておいたはずのものが、なくなっているのだという。
この辺は、鍵などあるようでないものだ。誰かが土足で出入りしてもおかしくはない。物色された形跡は、確かにあった。だが、それすらも埃にうずもれており、ずいぶん昔の出来事のようだった。
それだけ私たちは、あまりに長いことこの家を放っておいたのだ。
思い出も鼠の餌か春埃
過去を清算する旅だったはずなのに、新たに不快な記憶を植えつけられてしまった。
この家には金がある。そういうことになっていた。最盛期には、時価総額数億とかいう話だった。あくまで身内が豪語していただけだが。しかしいまや価値を失った。ただの負債である。引き取りたいと思う人間はいない。だからこそ滅ぶのだ。なにもかもをむしりとられた残骸だ。
うなずかぬ仏頂面の蛙かな
当然だが、草むしりは楽しくなかった。
こっちだってさほど若くはない。
運動もしていない。
少し作業しただけでへばる。
井戸から水を汲み上げているから、水はタダ、というのがこの家のウリだった。
だというのに、いまやその水さえ出やしない。
喉が渇いて仕方がなかった。
汗だけが流れた。
春の日やいるなら手を貸せ神仏
出発したときは肌寒く、これは「花冷え」だな、などと得意顔でいたのに、すっかり晴れてしまった。晴れているのに、雨だけがまばらに降った。なにをするにも最悪だった。
弟は家族のアルバムを、母は着物を回収した。
ほかに回収するものもなかった。
それを車に押し込んで、私たちは撤収することにした。
最後に墓へ寄ったときには、土砂降りになっていた。
慈悲もなく墓襲うなり春驟雨
私は車から降りなかった。
いまさら雨をおして墓前に手を合わせるような人間でもない。
母と弟は、なかなか帰ってこないと思ったら、ふきのとうを拾っていた。
これを一句に仕立てる気力も湧かなかった。私は完全に萎えていた。
おそらくもう、二度と来ることもなかろう。
思ったほどの感慨もなかった。
とにかく疲れていた。
その後、別の親類に挨拶をしてから高速道路に入った。
雨はずっと降ったりやんだり。
車は猛スピードで走っているのに、雨雲と追いかけっこでもしているのだろうか。
そうこうしているうちに、ふと雨がやんだ。
俗世など知ったことかと春の虹
巨大な虹がかかった。
桜だけでなく、虹までもが自分の都合で誇らしげにその姿を見せつけてくる。
こちらの心情など忖度しない。
帰宅するころには、日も没していた。
草むしりと荷物運びでくたくただった。なぜ古い建物は、あんな急な階段ばかりなのか。足腰が強くないと生き残れない。
あまりにも空疎な部屋だ春の宵
マンションの自室に戻った私は、肉体的な疲労と、精神的な疲労にやられていた。
ひとつの家が滅んだ。
それはまぎれもない事実だった。
私にもなにかできたのではないか……。そう思わずにはいられなかった。
だが、なにもしなかったのだ。
ただ成り行きを見守っていた。私には権限もなかった。誰かがなにか手を打つと思っていた。その結果がこれだ。滅んだ。
口閉じて我を責めるな朧月
こうしてみると、月を見上げることさえ苦痛であった。
私はあの家の最盛期を知らない。
身内のいざこざで分裂してから、露骨に衰退していったらしい。
それでも幼少期、あの家は、大きく見えた。人はたくさんいた。祖父はどこへ行っても歓迎された。ずっと賑わい続けるのだろうと思った。
だが、そうはならなかった。
積み重ねたものが崩れ落ちるのは一瞬である。
いや、ウソだ。
実際は一瞬ではない。
私たちは皆、そうなると知っていながら、傍観を続けていたのだ。
線を超えていいのなら、私にも家を救うチャンスはあったかもしれない。その代わり、家以外のすべてを失ったであろう。まるで張り詰めた糸のようだった。誰かが勝手に動いた瞬間、切れてしまう。だから、誰も動かなかった。
あの家は、大きすぎて、誰のものだか分からなくなっていたのである。
結果として、誰のものでもなくなってしまった。
私は、この巨大な生き物の死を、記録しておくべきだと感じた。
私――。
かつて山の上に暮らし、自らを山彦と称す、ひとりの男。
いにしえの歌人をまねて、うまくもない歌を歌う田舎者。
家は死んだ。
しかし人は生きている。
生きているものは、それぞれ生き続けるしかない。
死は誰にでも訪れるが、それがみじめになるか否かは……少しは選択できるはずだ。せめてその程度の教訓にでもしなければ、あまりにも哀しすぎる。
(終)