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ラーニング

 昼間とはいえ、ここは建物の陰になるため薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。壁には落書きの跡がうっすらと残り、地面には砂ぼこりが積もっている。

 冷たいコンクリートの壁にもたれかかる世羅悠希。その正面には、多胡弘樹がポケットに手を突っ込み、肩をいからせたまま仁王立ちしている。


「世羅ぁ……なんで、呼び出されたかわかってるよなぁ? お?」


 多胡は口の端を歪め、ニヤリと笑った。

 世羅は気だるそうに目を細め、壁にもたれかかったまま答える。


「しらん。戻ってもいいか? 授業が始まる」


 ドンッ!


 多胡の足が勢いよく動いた。世羅のすぐ横の壁を蹴りつける。変異体の力を込めた一撃に、コンクリートが小さくひび割れ、破片がパラパラと地面に落ちた。

 壁にぶつかった衝撃が砂ぼこりを巻き上げ、空気にざらつきをもたらす。

 多胡は足を下ろし、世羅をにらみつける。


「てめぇ、寝てばっかで授業なんて聞いてねーだろ? でも、俺の話は最後まで聞けよ?」


 多胡はゆっくりと息をつき、肩をすくめるような仕草をした。


「困るんだよなぁ、おまえみたいな“痛いファン”……いや、ファンじゃねぇな……クズだよ」


 世羅は眉をひそめ、少し考えるように目を細めた。


「ファン……? なんの事だ?」


 ドンッ!


 再び、コンクリートのきしむ音が響く。多胡は苛立ちを隠そうともせず、壁を蹴る。


「俺のヤミ子になに勝手に話しかけてるわけ?」


 その言葉に、世羅はあきれたように目を細める。実際に声をかけてきたのはヤミ子の方だった。なのに、こうも自信満々に言われると、むしろ感心すら覚える。


「話しかける……? 寝てたんだが……」


 ドンッ!


「ヤミ子に近づくんじゃねーよっ!」


 三度目の蹴りが壁を揺らした。小さなひびが少しずつ広がり、粉じんが舞う。崩れたコンクリート片が地面を叩き、硬質な音を響かせた。

 多胡が激こうしながらヤミ子の名前を口にするたび、世羅は一瞬目を細めた。その表情には、何かを悟ったような色が浮かんだ。

 世羅は肩をすくめ、軽くため息をついた。


「それで……? どうするんだ?」


 多胡は肩をすくめ、おどけたように言う。


「は? わかるっしょ? ……学生が体育館裏だぞ? やることは決まってるよな?」


 世羅は薄く笑い、言葉を返した。


「次は体育だったか?」


 その言葉に、多胡の眉がピクリと跳ねた。


「おめーを今から殴る! てめーみてーな痛いドルオタは“教育”しねーとなぁ?」


 ビキビキと青筋を立てながら、多胡が拳を振り上げる。


 ブンッ!


 力任せの一撃が世羅を狙う。しかし、その拳は虚しく空を切った。


「てめっ! なんだこらっ!」


 多胡が叫び、再び拳を繰り出す。しかし、世羅は淡々と、それでいて無駄のない動きでひらりと身をかわしていく。

 その動きはまるで風のように、力を込めた攻撃をあざ笑うかのようだった。

 避けながら、世羅の頭によぎるのは、屋上での出来事だった。月乃から「問題を起こすな」と釘を刺されたことを思い出す。


 世羅は視線を巡らせ、一瞬だけ思案した。

 反撃するのは簡単だ。しかし、それは今後の立ち回りにも影響を及ぼす。

 世羅は反撃の選択肢を巡らせた。だが、ここで月乃を"召喚()"べは面倒になるし、ヤミ子に至っては逆効果だ。ならば――担任か。

 世羅は軽く息を吐きながら、思案を巡らせた。

 多湖は息を切らせながら言った。


「はぁはぁ、くそっ! こうなったらっ!」


 その瞬間、世羅の視線が鋭くなる。


(……来るな)


 多胡の背中あたりから、黒い影がうごめき始めた。


異能(ドライブ)双影触(ツインテンタクル)!」


 空気が震え、黒い触手が素早く世羅をとらえる。その瞬間――。


(……異能ドライブ召喚(サモン)ッ!)


 世羅の視線がわずかに動き、指先が微かにうごめいた。だが、その動きに気づいた者はいない。

 ふたりが左腕にはめるR.I.N.G(リング)が、異能(ドライブ)を検知。瞬時に学園内の防犯システムに共有されると、生徒会規則違反により警報が鳴り響く。


(コイツの異能(ドライブ)学習(ラーニング)。召喚を仕掛ける……"同時"にやる)


 世羅はわずかに息を吐いた。

 同時に、警報の音が一段と大きくなる。


 シュンっ! ガシュ!


 触手が世羅の首と肩にまきつき捕らえる。


「くそがっ! 捕まえたぜっ! 俺の勝確だろ、これ!」


 多胡は勝ち誇ったように笑い、拳を握りしめる。いまにも殴りかからんとする。

 しかし、世羅は一切慌てず、くすっと笑った。


「……異能ドライブ学習(ラーニング)

「はっ? なに? ラーメン? なにいってんの?」


 多胡は眉をひそめ、まるで意味がわからないという顔をする。

 その直後、ふと嫌な予感がよぎるが、彼は自分が優位に立っていると思い込み、その予感を捨てた。

 多胡は世羅を見下す。世羅は軽く肩をすくめ、意識を研ぎ澄ませながら多胡を見た。

 そして、問いかける。


「……お前、ヤミ子の何なんだ?」


 多胡の眉がピクリと跳ねる。


「俺? 俺か? 決まってんだろ、俺はヤミ子の――、一番のファン(理解者)だ!」

「……へぇ。百合営業のアイツが、お前なんかと関わるのか?」

「はぁ? 知った口きくんじゃねーぞ!」


 多胡は拳を握りしめながらも、その場に留まる。殴る前に言う事がある様子だ。

 世羅は続ける。


「だってそうだろ? お前の知るヤミ子は、男と話すのを嫌がるはずだろ?」


 世羅の言葉に、多胡の表情がわずかに引きつる。


「俺は違うんだよ! 他の奴には冷たいけど、俺には、違うんだよ! だって俺、ヤミ子に気に入られてるんだ……お前に何がわかるってんだ!」


 多胡は自信満々に言い放つが、その言葉には一切の根拠がない。ただ、あくまで自分の"特別さ"を信じ込んでいるだけだ。

 世羅はその言葉に反応せず、ただ冷徹な表情を保っていた。わずかな口角の上がり方が、多胡の無根拠な自信をますます滑稽に見せた。


「どうしてそう思う?」


 世羅は意図的に多胡の言葉を促し、焦らすように口を閉じた。


「"特別"なんだよっ! 俺だけはなっ!」


 多胡が勢いよく言い返すが、すでに世羅の学習(ラーニング)は完了しつつあった。

 世羅がフッとわらった。


「"特別"……か……」


 その笑みには、その席が多胡のものでないという確信がにじみ出ていた。


「よし、時間稼ぎ終了……もういいぞ?」

「はぁ? なんだそれっ! 絞め殺してやるっ!」


 ギリリリッ!


 黒い影が世羅を締め上げる。


「……ふぅん、これが限界か……これじゃあ"役立たず"だな」


 世羅は静かに息を整え、双影触に指をかける。わずかにきしむ音がした。

 多胡が勝ち誇ったように笑う。


「ハハッ、あがいても無駄なんだよ! 観念しろって!」


 世羅の表情に、ゆるりとした笑みが浮かぶ。


「この程度なら手本を見せる必要もないな……フンッ!」


 ブチっ!


 双影触が弾け飛ぶように千切れ、空気の裂ける音が響く。多胡の体が一瞬揺らぐ。

 その隙を見逃さず、世羅の拳が鋭く突き出された。


 ズドンッ!


 顎を捉えた衝撃が全身を駆け抜け、多胡の意識が一瞬飛ぶ。身体が弾かれ、壁に叩きつけられる。まるで紙くずのように、力なく吹き飛ばされる。


 ドンッ!


 体育館裏の壁に叩きつけられ、地面に崩れ落ちる多胡。


「おまっ……えっ……? おま……」


 唇が震え、何か言おうとするが、言葉にならない。

 多胡を涙をにじませながら言った。


「俺……ギャングだぞ?」


 喪失した表情を見せ、滑稽なまでに強がる。


「く、くそっ……こんな……! ヤミ子が見てたら、俺は負けないのに……! そうだ、今日はコンディションが悪かっただけなんだ……!」


 世羅は小さく笑った。


「じゃあ、次はヤミ子も呼んで、準備運動も済ませとけよ?」

「チッ……くそがっ……!」


 カツッ! カツゥ!


 硬質なヒールの音が静寂を切り裂いた。その直後、冷静でありながらも有無を言わせぬ声が響く。


「そこのふたりっ! 何をやっているのっ!」


 多胡は一瞬、驚きの表情を浮かべた。


「えっ……? 氷室?」


 警報は今も鳴り響いている。

 異能(ドライブ)されてから1分もたっていない。異様なまでの迅速な担任の到着――だが、果たしてそれは偶然なのか?

 まるで、すでに準備されていたかのような早さだった。


「何をやっていたの?」


 彼女の声には、冷静でありながらも強い怒気が込められていた。曇り眼鏡に阻まれ表情は見えない。

 多胡は戸惑い、思わず顔をそらす。


「氷室、俺は――」

「だまりなさい!」


 氷室は即座に口を挟み、多胡を見据えた。


喧嘩(けんか)をするなとは言いません。しかし、学園内ではやめてください」


 多胡は思わず顔をしかめる。


「……おいおい、なんで俺だけこんな言われ方しなきゃなんねーんだよ」


 ぶつぶつと文句を漏らしながら世羅の方を指さす。


「殴ったのはこいつ、殴られたのは俺、状況わかってんのか?」


 しかし、氷室の視線は冷たかった。


「多胡くん、黙りなさい」


 氷室の声は冷たく、命令のようだった。

 次の瞬間、世羅に向き直ると、その口調はわずかに和らぐ。


「世羅くん……アナタもよ?」


 その一言を口にする前、氷室は一瞬だけ視線を落とした。

 まるで、何かを言おうとして、それを飲み込んだかのように。


「はっ? なにそれ! なんで世羅にはそんな優しい言い方なんだよ……!」


 多胡は不満げに氷室をにらみつけたが、彼女はそれには答えなかった。

 世羅は涼しげに答えた。


「はい、すみません。氷室先生」


最後までお付き合いいただき、感謝です!


「いいね!」と思っていただけたら、高評価をいただけると嬉しいです!


今後の励みになりますので、もしよろしければ……!

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