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四影触

■ 本作について

本作は 世界観設定・アイディア構築・プロット立案をすべて著者自身が行っており、執筆の補助ツールとしてAIを活用しています。


■ 活用の具体的な範囲

自己規範にのっとり制作という一面はありつつも執筆であることは放棄しない方針です。

興味があればこちらをご覧ください→ChatGPT活用の具体的なイメージ[https://note.com/makenaiwanwan/n/nc92cf6121eb3]

■公開済エピソートのプロットを公開中

「主体性・創造性・発展性・連続性」を確保している事の査証が目的です。

https://editor.note.com/notes/n52fb6ef97d70/edit/


■ AI活用の目的とスタンス

本作は 「AIをどこまで活用できるか?」を模索する試み でもあります。

ただし、創作の主体はあくまで自分 であり、物語の本質やキャラクターの感情表現にはこだわりを持っています。

また、すべてを自身の手で執筆される方々を心から尊敬しており、競合するつもりはありません。

「おらっ! おらっ! おらっ!」


 多湖の威勢が夜空に響く。

 彼の掛け声に合わせて、双子の影が世羅に迫る。。


 ガンッ!


 ガシャン!


 一撃一撃にはそれほどの威力はない。

 だが(むち)……もしくはリーチの長いボクサーによるジャブ。

 細かく、素早く、世羅のいる空間を打ち払ってくる。


「なんか、うねうねきもいんですけどぉ〜〜!」


 ヤミ子が悲鳴をあげる。

 一見の印象はうねうねといやらしい“黒い触手”としか形容しようがなく、嫌悪感を抱かせた。


 くわえて――


「うーりゃあっ!」


 ブン! ブォン!


 体格の良いギャングが、金属バットを振り回し、世羅の背を執拗(しつよう)に追い立てた。


 ドグォン!


 鉄筋コンクリート製のマンションの壁が、簡単に砕け散った。

 異能(ドライブ)により“強化”されたバット、その一振りはコンクリートを容易に粉砕した。


 世羅はこの攻撃に一度として被弾していない。

 だが、このフルスイングに巻き込まれたギャングの一人は、体が“く”の字に折れ曲がり、闇夜に消えていった――まるで“人間ホームランだ”。


 ヤミ子を抱えたまま、怒涛(どとう)の攻撃をひたすらかわし続ける世羅。

 しかし、多胡の操る触手に捕まり、金属バットを頭に貰う――この最悪のケースは避けたい。


異能(ドライブ)衝撃破(ブラスター)っ!」


 掲げた右腕から多胡に向かって衝撃破が放たれる。

 衝撃破はアパートの屋根を(えぐ)り、破片をぶちまけた。だが、それだけだった。


「おっとぉ! ()らうか、バカヤロウっ!」


 多胡が同世代と比較して反射神経がよいという理由もあるが、変異体は“知能”以外のあらゆる能力が一般人を凌駕(りょうが)している。

 彼は音速を超える“衝撃破”の“撃ち始め”を察知し、回避行動に移っていた。


「……闇雲では当たらんか」

「多胡ぉ! 避けんなぁっ!」


 世羅が毒づき、ヤミ子は怒鳴った。


「ヤミ子! 下に降りるぞっ!」

「おけっ!」


 世羅は取り囲まれぬよう、絶えず移動し続けた。

 いまもそうだ、多胡のいるアパートを中心に円運動。


 その勢いそのまま、高い位置でのバク宙を行う。


「なにぃ!?」


 バットを持ったギャングが驚く。


 宙返りの最中、世羅はすぐ隣に迫った大きなビルの壁へと片方の足を伸ばす。

 軽く踏みつけるようにして、そのまま反動を使って進行方向を真逆に反転――


 ゴッ!


 世羅とヤミ子の体重を乗せた飛び蹴りが、カウンター気味にバット男に炸裂(さくれつ)する。


「がああぁ!」


 地上からみて高さ七メートルでの衝突。

 世羅は男を足蹴にしたまま地上に降りるつもりでいた。


 “世羅とヤミ子、それにバット男――三人分の体重×位置エネルギー×アスファルト”。

 これだけの衝撃には、いかに変異体とはいえ耐えられるはずがない。


 しかし、世羅にとって想定外のできごとが起きた。

 ちょうど着地しようとした真下、アパートと道路の境あたりに――大型のゴミ箱があった。

 金属製とはいえ、中は大きな空洞になっており、衝撃を吸収する余地がある。


 ズガァンッ!!


 着地と同時、大型のゴミ箱が潰れたような音を立ててへこむ。

 反響とともに腐った生ゴミやビニール片が爆ぜるように弾け飛んだ。


 舞い上がるゴミの嵐の中、ヤミ子の絶叫が響いた。


「ぎゃあああ、きったねーしぃ!」


 ただ、思ったよりゴミの量は少なかった。

 建物は密集しているのに、暮らしている人間が極端に少ない。

 300年前の“東京”を模したこの島には、必要な機能はそろっているのに、それを使う“人”だけがいなかった。


 ゴミまみれのまま、バット男も身を起こした。

 先ほどの一撃でも倒れず、その瞳には未だ殺意が宿っていた。


「くおぉらあっ!」


 怒号と共に立ち上がり、怒り任せにバットを振るうと、体にまとわりついていたゴミが四散する。


「……」


 世羅はバットのスイングを交わし、無言で距離を取った。

 地面への落下のついでに、この男を始末しておきたかったが、しくじった。


 名も知らぬ男だが、多胡よりも厄介なのは明らかだった。

 離れた位置で、小賢しく立ち回る多胡とは違って、危険な攻撃力とタフネスを兼ね備えているから。


「おぃ! お前らっ! パイプでも角材でも、なんでもいいっ! 武器だっ! 武器を探せっ!」


 多胡は相変わらず屋根の上。

 声を張り上げて命令していた。


 バット男を除いて、意識のあるギャングは8人程度。

 それらは無言で辺りの家を物色し、手頃な武器を探し始めた。


 周辺の建物に入居している人間はほとんどいないが、人が住んでいるような痕跡は残っている。

 例えるなら穏やかな日常が流れていた街に、突如、天災が降りかかり、住人が避難した――そんな状況である。


 この奇妙な日常感もMONOLITHによる演出だが、その理由はわからない。


 鉄パイプ、バット、ゴルフクラブ、包丁、その程度の日用品なら易々と見つけられる。

 ギャングたちはそれら“武器”を手にして、世羅の元に集結しつつあった。


 世羅が一歩足を踏み出す。

 易々と取り囲まれるつもりはなかった。少しでも有利な位置に移動しようとする矢先。


 ドガンッ!


 世羅の目の間で、鉄製の塊が地面にぶつかり弾けた。


「!?」

「あぶねぇ! なにこれ? 電子レンジぃ?」


 ヤミ子が飛び跳ね、悲鳴を上げた。


「おいぃ? どこ行くつもりだぁ? うごくんじゃーねーぞ、色男?」


 声の主は多胡だった。

 アパートの屋根上から見下ろすように、手にはフライパンや電子機器らしきものを構えている。


 二つの触手も同様に“投擲(とうてき)”に使えそうなものを握っている。

 高い位置からの“投石攻撃”は地味だが、非常に効果的な手段だ。


 炊飯器に電子ポット、何でもいい──150キロ超の速度で投げつけられる凶器だ。

 その威力が想像できれば、いかに危険な行為かわかるだろう。


「おい多胡。ヤミ子に当たったらどうするつもりなんだ?」


 世羅が多胡を見据えて言った。


「あっ? なにしゃべりかけてるわけ?」


 この戦いが始まって初めての、世羅と多胡との会話らしい会話。


「お前は何のためにこんな“喧嘩(けんか)”をしかけて来たんだ?」

「決まってるだろーがっ! テメーからヤミ子を取り戻すんだよっ!」

「だから聞いてる、ヤミ子にあたったらどうするんだ?」

「うるせぇ! さっさと死にやがれ! やっちまえテメーらっ!」

(――やはりこいつに、“ヤミ子”を任せるわけにはいかない)


 別に“正義”のつもりはない。

 ヤミ子を“渡す”気も、はじめからなかった。

 けれど、万が一のことが起きれば――最悪の結末になるのは、目に見えていた。


 世羅の周囲を取り囲むギャングたちが、一斉に身構える。

 その中には、明らかに多胡の指揮に辟易(へきえき)したような表情を浮かべる者もいた。

 だが、今は誰もそれを口にしない。

 目の前の敵――世羅を倒すという一点だけで、統率はかろうじて保たれている。


「こらぁ! あんたらさぁ! 二人に対して、その人数の上に武器まで持つって恥ずかしくないわけ!? 卑怯だろーが!」


 ヤミ子がギャングたちに向かって啖呵(たんか)をきる。


「だまってろ女ぁ……オマエは後でゆっくり、“可愛いがって”やるからよぉ?」


 ギャングの一人がニヤつきながら言い放つ。


「うむむむ~~……」


 そのあまりにテンプレな下衆っぷりに、ヤミ子も思わず悲鳴を上げた。


「勝てばいいんだよ、勝てばよぉ~」


 鈍く青白く光るバットを肩に担ぎながら、バット男が言った。

 先ほどの一撃を受けてもなお、ギラついた笑みは健在で、既に“強化”の異能が発動しているようだ。


 その言葉を合図にするかのように、周囲のギャングたちも次々と武器を構え始める。

 釘の打ち込まれた木片、()びた鉄パイプ、包丁、金属バール――どこから持ってきたのかは不明だが、素手を構える者は一人もいない。


 誰ひとりとして、正面からの勝負など望んではいない。

 “勝てばいい”、その一言が、今の彼らの共通言語だった。


 喧嘩(けんか)に勝つために必要なことはなんだろうか?

 格闘技術? 場慣れ? あるいは体格だろうか?


 世羅の格闘術は、空手やマーシャルアーツ、その他の格闘技をミックスした独自のものだが、ベースには理論と理屈がある。


 しかし、単純に喧嘩(けんか)に勝つだけが目的ならば、話はもっとシンプルだ。


 相手よりも強い力でブン殴る。


 相手よりも多い人数でブン殴る。


 相手よりもデカい武器でブン殴る――これだけでいい。


「ヤミ子、心配するな。“俺”も“武器”を持つから」


 世羅はそう言うと、すぐ傍らに“建って”いる道路標識に手を伸ばした。


 ギィ……ギチギチギチ……!


 金属が悲鳴のような音を立てる。


 世羅は片手で支柱をわしづかみにし、そのまま腰を沈める。

 足元のアスファルトがメリッと歪み、支柱の根元に亀裂が走った。


 メキィ! ベキン! ボゴンッ!


 路面を割り、コンクリごと標識を引き抜いた。


「うぉ! まじかよコイツ!」


 ギャングの誰かが悲鳴を上げた。

 世羅は金属製のパイプを握りつぶしながら、三メートルもある白い鉄柱をまるで木の棒のように軽々と構えた。

 それは武器というより、暴力そのものだ。


 欲望強化(リビドーブースト)は、スピードや異能の威力など多岐に影響を与えるが、単純な腕力に関する効果は著しい。

 “欲望を実現する力”、その為の圧倒的な“暴力装置”――それが欲望強化(リビドーブースト)の本質である。


 ジャリ――


 世羅の足が砂利を踏みしめ、音がなる。

 その足に軽い痛みを覚える。


 彼は靴を履かず、靴下だけだった。もう裏側はボロボロだろう。

 ヤミ子に至っては素足で、しかも裸だ。


 帰宅して寛いでいたところを襲撃されたのだから、無理もない。


(今後は室内でも靴を履いてすごすか……)


 世羅は戦いの最中そんなことを思う。

 そもそもの話、もう少し防犯意識を持つべきだったと、今後の課題を反芻(はんすう)する。


 頭上から世羅を照らす街灯の光はますます強くなる。

 彼とヤミ子、ギャング連中の影がくっきりと落ちる。


 MONOLITHの監視が続いているのだろう、彼らのような戦いは、変異島において至極ありふれたものだ。

 その全てをMONOLITHは興味深く観察し、記録している。


 ザッ……。


 次はバット男の足が、砂利を蹴る音がする。

 彼は慎重にジリジリと世羅との間合いを詰めつつあった。


 一メートル少々の金属バットと、三メートルの道路標識ではリーチが違いすぎる。

 間合いを慎重に図り、懐に飛び込み、必殺のスイングを見舞うつもりなのだろう。


 その程度の考えは世羅にはお見通しである。

 バット男の思惑に乗らないために口を開いた。


「どうした? こないのか?」


 世羅は淡々と挑発するつもりだったが、ヤミ子が言葉を続けた。


「あれれ~? 来ないのぉ? ご自慢の“バット”は小さすぎて見せる勇気ないとかァ~? ウケるんだけど!」


 ゴゥッッッ!


 瞬間、バット男の足元が爆ぜた。


「ブッ殺す!」


 顔を真っ赤にして絶叫するなり、バット男が猛スピードで突進してくる。

 理性も戦術もない、ヤミ子の挑発に120%ライドしていた。


 ガッ!


 ゴッ!


 ガギィンッ!


 二人の剣客が切り結ぶように、金属バットと道路標識が交錯する。

 ぶつかる度に爆ぜるような火花が散り、鉄と鉄のぶつかる甲高い音が耳を刺した。


 ドゴォ!


 ガギョン!


 バット男の異能(ドライブ)によって“強化”された金属バットは、

 三メートルの道路標識と互角以上の破壊力を誇っていた。


 ブンッ! ブォンッ!


 空気が裂けるような風圧を(まと)いながら、両者の武器がうなり声を上げて振るわれる。


 小回りの利くバットの連打を、世羅の標識が“同じ速度”で受け止めるたび、空間そのものが揺れるようだった。

 ひと振りごとに、地面の砂利が巻き上がり、衣服がバサッと(あお)られる。


 世羅は身長170センチ、線も細い。

 利き腕にはヤミ子を抱えており、左手一本でこの猛攻を受け止めている。


 「……どこにそんな力がっ!?」


 ギャングたちは驚愕(きょうがく)の表情でその攻防を見つめていた。


 “(あお)いオーラ”を纏い、まるで狂戦士のように暴れまわる世羅の姿に、彼らは自らの“ボス”の面影を重ねていた。

 “太くてデカい”三メートルの巨漢――それと互角、いやそれ以上に見えた。


「おらおらぁ! ボケっとすんなぁ! 援護するからテメーらも、行けコラァ!」


 多胡はあいも変わらず屋上から叫んでいる。

 変わったことと言えば、近場の部屋に双子の触手を伸ばして、“手頃な物”を見つけては、投げつけている所だろうか。

 世羅はそれらも避けて、時には道路標識で払い落としていたが、確実に“利いて”いた。


 気が削がれるし、ヤミ子に当たらないように注意が必要だった。

 もちろん自身が被弾した時のダメージだってバカにはできないからだ。


 ゴギィッッ!


 金属と骨がぶつかるような、鈍く重い音が辺りに響いた。


 直後、ギャングのひとりが「ぐぎゃっ!」と悲鳴を上げ、後方へと吹き飛ぶ。

 背中から着地した彼は、そのまま地面を滑り、動かなくなった。


 彼は勇敢にも、世羅の死角を突いて接近しようとしていた。

 多胡の投擲(とうてき)によって注意が逸れた隙を突き、バット男の猛攻に紛れながら距離を詰めたのだ。


 そして――角材を振り抜き、確かに一撃は届いた。

 だが、それだけだった。


 その一瞬で世羅の標識が振るわれ、真正面から腹部に命中していた。

 まともに受けた打撃の衝撃は、全身の骨を(きし)ませ、肺から呼吸を奪った。

 彼の一歩は、無謀ではなかったが、圧倒的な“暴力”の前では無力だった。


「おいおい! まて! 近づくとやべーぞ!」


 その光景を目の辺りにして流石に(ひる)んだのだろう、ギャングの一人が言った。


「多胡ぉ! 俺にもなんか寄越せっ!」


 バット男以外のギャングたちは、立ち回りを変えることにしたようだ、近接戦闘はバット男に任せて自分たちは安全圏からの投石。

 “腰抜け”な考えではあるが、理には適っている。


 ガッ!


 ギンッ!


 ガンッ!


 金属のぶつかる音が続く。

 世羅とバット男が、真っ向から武器を交えていた。

 火花と風圧が吹き荒れ、互いの間合いが徐々に詰まっていく。


 だが、次の瞬間。


 ゴツッ!


「くっ!」


 鋭い音と共に、世羅の額に何かが直撃した。

 反射的に身を引きつつも、衝撃は確かに頭を捉えていた。

 石か何か、詳細はわからない――投げた相手が多胡かギャングか、それも解らない。


「ますたーっ!」


 ヤミ子がすぐに声を上げる。

 世羅は息を吐きながらも、ヤミ子をかばう腕の力を緩めない。


 彼は視線をブラさない――いまは目の間のバット男に集中する必要がある。


「うらうらうらぁ! どうしたー!」


 バット男がラッシュを強める。

 仲間の援護射撃に勝機を見出したのだろう。


 その仲間たちは“大体”の位置に物を投げつけているから、フレンドリーファイアの危険性は十分にある。

 だが、バット男にはそこまでの考慮はなかった。


 ただひたすらに金属バットを振っている、世羅からしてみれば、多少は“慎重”に動いてくれた方がありがたかったに違いない。


「こらぁー! あんたらー! 外から物投げてないで! こっちこーい! ずるいぞっ!」


 ヤミ子は世羅の動きに振り回されているが、それでも腕をぶんぶん振り回して抗議をしていた。

 世羅は「静かにしていろ」という言葉をグッと飲み込んでいた。


 我慢していたというよりは、それ所ではないというのが本音だった。


「うひゃああっ!」


 ヤミ子の悲鳴が響く。

 ヤミ子が喋れば喋るほど、投石の間隔が短くなっていく。


「ヤミ子っ!」

「あいよぉ!」


 世羅が名を呼ぶと、ヤミ子が気前よく返事をする。


「上の連中を足止めできないか? バット野郎を倒す時間が欲しい」

「あーしが!? どうやって??」

「お前は淫魔だろ!」


 ヤミ子は世羅の動きに合わせて首をガクガク動かしながらも、両手をポンとうつ。


「あっ! そーいうこと!? んでもいーの!? マスターの前で魅了(チャーム)は使うなって言ってたっしょ!」

「“俺”に向かって使うなって意味だ、こういう時に使わなくてどうする!」

「まぢかっ! 勘違いしてたしっ!」


 世羅とヤミ子はこのやりとりを短い時間で終わらせた。

 その最中にも金属バットとのチャンバラを繰り広げ、投石もかわしつつだった。


 次のアクションの為に余裕を作る――世羅は道路標識を、思い切り振りかぶり、思い切り振り下ろした。


「うぉっと!」


 ブォンッ――ドグォ!!


「そんな大振りくらうかよっ!」


 大振りの一撃は、バット男に難なく避けられた。

 だが、それは構わない、ヤミ子の為に、少しの時間稼ぎと場のリセットが目的だった。


「ますたー、ちょっとだけ、我慢しなね?」


 ヤミ子は世羅の耳元でそう(ささや)くと、この戦いが始まってから初めて、世羅から体を離した。


「おい、ヤミ子」

「だいじょーぶ♪ すぐ戻るから、ねっ♪」


 引き止める世羅に、ヤミ子はウィンクを一つ残して前へ進んだ。

 街灯に照らされたヤミ子の笑顔は、まるで蝶のように艶やかだった。

 その場にいた誰もが、視線を奪われるのも無理はない。


 アスファルトで固められた無機質な道路も、ヤミ子が歩けば一転、光と視線を集める“ステージ”へと変わる。

 彼女の足取りに、男たちの視線が吸い寄せられていく。


「どうしたヤミ子~! ついに俺の元に戻る気になったのか! 解ってくれたかヤミ子ぉ!!」


 多胡が叫んだ。

 ヤミ子が言葉で応えることはなかったが、アイドル然とした営業スマイルを返す。

 そうと解っていても誰もが虜になる、そんな笑顔だった。


「はーい男ども~♪ ちゅうも~~~くっ♪」


 ヤミ子は、普段よりワントーン高い声を出した。

 世羅には聞きなれないが、多胡にとっては“いつものヤミ子”だった。


「ヤミ子ぉ! こっちだこっちにこ~~い!」


 多胡はぶんぶんと手を振った。

 その言葉にもヤミ子は応えない。


 彼女の"視線”は多胡を含めて、この場にいるギャングたち全員を捉えていた。

 多胡はあくまでも、多数居るギャングの一人に過ぎない。


「ヤミ子~!」


 多胡はヤミ子の意図に、まったく気づいていない。


「おい姉ちゃん、“彼氏”のことはどうでもいいのか? それとも、自分を差しだす代わりに"彼氏”を助けろってか?」


 バット男が、ニヤつきながら言った――しかし、目は笑っていない。

 軽口の裏に、本心を探る“探り”の色がにじむ。


 腐っても、ギャングクランの一角を担う連中だ。


 こういう“できる”奴が混じっていても不思議はない。

 今夜のギャング側のMVPを選ぶなら、間違いなくこの男だ。


「ヤミ子~~~! こっちだぁああっ!」


 決して多胡ではない。


 ギャングたちの注目を一身に集めたヤミ子は、ふわりと腰をひねり、右脚をひときわ目立たせるように突き出した。

 バスタオルの裾がわずかに揺れ、彼女はその太ももにそっと指を()わせた。

 まるで自分の肌にすら恋しているかのような、ゆっくりとした動作だった。


「ねぇ? “淫魔”の裸、みたい?」


 その(ささや)きは、あまりにも妖艶だった。


「おい、ヤミ子!」


 世羅の声をヤミ子は無視して、続ける。


「脚じゃなくて、もしかしてこっち?」


 右脚に這わせていた指先は、ゆっくりと腰のラインをなぞりながら、腹部、胸元、そして鎖骨へと滑るように上がっていく。

 指がバスタオルの端をかすめるたび、男たちの視線は彼女の肌へと引き寄せられた。

 そして――そのまま、ヤミ子は正面を向き、静かに視線を上げた。


 目が合った。

 その瞬間、誰もが彼女の“目”から視線を外せなくなっていた。


「素直でいい子たちだね~……そんでもって……ほ~んと馬鹿! 異能(ドライブ)魅了チャーム!!」


 ヤミ子の両目が鈍く輝いた、怪しく光る紫色だ。


 “魅了(チャーム)”――“変異型:淫魔”が得意とする、文字通りの魅了の力だ。

 淫魔であれば、ほぼすべての個体がこの異能(ドライブ)を所持している。


 概念系の異能(ドライブ)に分類されており、条件さえ整えば抵抗(レジスト)ができない必中の技。


 ヤミ子の魅了(チャーム)の仕様はこうだ。

 ヤミ子が魅了(チャーム)を発動した瞬間に、ヤミ子を見ていること。

 ヤミ子を人として認識できる範囲なら距離は関係なく、リアルタイムであればカメラ越しでも問題ない。

 効果時間は5分、再使用まで24時間のクールタイムが必要。

 対象は“男性”に限られるが、同時に魅了できる人数に制限はない。


 魅了した相手はヤミ子の命令に従うが、どんな命令にでも盲目的に従うわけではない。

 魅了された相手が“ヤミ子に本気で夢中になった時にできる最大限の行動”までに限られる。


 早い話が“自害しろ”といった命令にはほとんどのものが従わない。

 ただし――条件さえ満たせば必中である。


 どんなにレベル差があっても抗えない、それが“概念系”に分類される異能ドライブの特徴である。

 唯一、抵抗する方法があるとすれば同じ“概念系”の能力で打ち消すといった形だろうか。


「なんだ女っ! 何をしたっ!」


 バット男が慌てて、腕を振りかぶった。

 本気ではないが、牽制(けんせい)がてらの一振りを放つ――そのつもりだった。


「うっ! 体が動かねぇ!」


 バット男は振りかぶったまま戸惑いの声を上げる。

 ヤミ子はそのような状態にある男に迫ると、耳元で囁いた。


「いいこだね~♪ あーしを傷つけることはできない? 結構、良い所あんのね? あんた♪」

「くそっ! 異能(ドライブ)か! “淫魔(ビッチ)”がっ!」

「自覚はあるけど、面と向かって言われるのはムカつくしっ! 黙ってな租チン野郎っ!」

「~~~ッッ!!」


 バット男はヤミ子の"命令”通り口を閉ざした。


「ヤミ子、こいつの"口”だけじゃなく、“動き”も止めたままにできるか?」


 世羅が一歩前に出て、問いかけた。


「う~ん、わかんねぇ。どんなに好きでも、女の為に“頭割られる”覚悟のある奴って……そんなにいないよ?」


 世羅の問いに、ヤミ子はこう返したが――その口調には、ほんのわずかに含みがあった。

 限りなくゼロに近い。でも、皆無じゃない。

 そんなことができる“誰か”を、ヤミ子は確かに知っている。

 彼女の視線が一瞬だけ、すぐ傍の“マスター”に向けられたのは……偶然だろうか。


「そうか……まぁ十分だ……両手が使えるっていうなら、簡単な話だからな」

「……!!」


 世羅はバット男を見据えて言ったが、バット男はヤミ子の命令を守り、沈黙を貫く。


「うん! じゃあ、向こうの奴等はあーしに任せて! てきとーに同士討ちにでもさせるから――」


 ヤミ子がそこまで口にした時、二つの影が(はし)った。


「ヤミ子っ!」


 世羅が叫ぶ。


「うぐぅう~~っ!」


 影の触手に首元を掴まれ、空中で吊り下げられるヤミ子。

 強い力で締め上げられ、声にならない悲鳴を上げる。


「ヤミ子ぉ! なにしてんのぉ!? はやくこっちに来いって言っただろう!?」


 多胡が狂気じみた表情で叫ぶ。


 ギリギリギリ……


「うああ……くる……し……」

「多胡ぉ! やめろぉ! ヤミ子を離せっ!」


 世羅が今夜はじめて、焦りらしい焦りを露わにする。


「はぁ? 何いってんの? 世羅ぁ? なにか言ったかぁ?」

「ヤミ子に危害を加える必要なんてないだろう! 狙いは“俺”だろう!」


 多胡は嘲笑う。


「いやなんで? お前なんてどうでもいいけど? 俺はヤミ子を“取り戻し”たかっただけだからなぁ? まぁ、オマエのことも殺すけど?」


 ヤミ子の魅了(チャーム)は、彼女に夢中になった相手が“取れる範囲の行動”までを強制できる。

 加えてもうひとつ、ヤミ子に対して危害を加えることができない。

 この制約は、好きになった相手に暴力を振るわないという当たり前の倫理観で成立する。


「うあぁ…………」


 ヤミ子の顔が青ざめる。


「多胡ぉ!」

「おっと動くな! 世羅ぁ! ヤミ子がどうなってもいいのか!?」


 世羅は強く舌打ちし、足を止めた。


「くくくく……」


 魅了状態にある多胡が、ヤミ子に危害を加えられる理由は明白だった。

 彼は――本質的に、ヤミ子を見下している。


 “一番のファン”を自称しながら、心の奥ではこう信じている。

 “アイドルは自分に愛想を振りまく存在であり、決して逆らわず従うべきだ”と。

 好きでいながら、支配しようとする――それは愛ではなく別の感情だ。


「世羅ぁ♪ そのまま動くなよぉ? そのまま大人しくボコられちまえ? おいやっちまえ!」


 多胡は迷いなくバット男に命じた。

 バット男は「チッ」っと舌打ちをするが、彼もギャングの一員。


 正々堂々などとのたまう男ではない。

 多胡に命令されることが気にくわなかっただけで、世羅に対してバットを振ること自体にはなんの躊躇(ちゅうちょ)もない。


 ガギィーン!


 世羅の頭が弾け、鮮血が舞った。


 ゴギィーンッ!


 返す刀で、もう一発。


 金属バットは異能(ドライブ)武器強化(ブーストギア)で強化されているのだ。

 必殺の威力を持ち、いかに変異体といえども、耐えられるものではない。


 だが、その攻撃に世羅は耐えている。

 肩まで伸びた黒髪を血で濡らしてはいるが、意識を飛ばしてはいない。


「まぢかよ! なんだこいつっ! 俺は手加減なんてしてねーぞ!」


 バット男は驚愕した。世羅は多胡の命令を守って動いていない。

 金属バットの“芯”で頭を打ち抜かれているのだ、本来なら頭だけ吹き飛んでいてもなんら不思議はない。


『カタリシス反応……170%……180%』


 R.I.N.Gがさらなる欲望(リビドー)”の上昇を検知する。


 世羅は倒れるわけにはいかなかった。

 ここで負けた瞬間、すべてが終わる――ヤミ子も、自分自身も。


 “独占”した女を、誰かに奪われるなんて――あり得ない。

 その執着にも似た狂気こそが、欲望強化(リビドーブースト)の燃料となり、彼を無敵にする。


「おらおらおらおらぁ!」


 ドガッ! ドガッ! ドォギャッ!


 バット男は、まるで“餅”でも突くかのように、世羅めがけて金属バットを振り下ろす。


「~~~~~ッ!」


 世羅はその攻撃を微動だにせず、ただ耐えた。

 その目は光を失わず、ただただヤミ子を見守っていた。


「んん~~~~!!」


 ヤミ子は涙を(にじ)ませながら、必死に両脚をバタつかせた。

 声が出せないもどかしさに胸を詰まらせながら、それでも“何か”しようと足掻(あが)いていた。

 どうにかして世羅を助けたい――その一心だけが、彼女を動かしていた。


 暴れるうちに、体を包んでいたバスタオルがずり落ちそうになる。

 それでもヤミ子は止まらなかった。

 恥ずかしさも、恐怖も、“マスターを守りたい”という想いの前には(かす)んでいた。


「おっ♪ そーいや、俺、ヤミ子の裸みたことね~なぁ? 写真集は持ってるけどな? 見てもいいだろ? だって俺の元に帰ってきたんだから」


 多胡は身勝手な台詞を口にし、ヤミ子を縛っている触手とは別の一本を使い、ヤミ子の肌をなぞった。

 うねうねと(うごめ)く、影の触手が、褐色の肌を伝い、バスタオルの奥へと消える。


「うーーーーーーーっっっ!」


 ヤミ子には、何ひとつできなかった。

 その無力感に、悔しさと哀しみがないまぜになり――彼女の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


『カタリシス反応……200%……第1制限突破』


 R.I.N.Gが発する合成音声、無機質なその声が、すべての引き金となった。



 ――ドォン!!



 屋根の上で、多胡の足元が唐突に爆ぜた。

 屋根材が吹き飛び、破片が宙を舞う。


 道路標識を使った大振りの横払い――“吹き飛ばす”ためだけに振るわれた、圧倒的な一撃。


「世羅ぁあああ! てめぇ! ヤミ子がどうなっても……なにぃ!?」


 多胡が()えた直後、その表情が凍りつく。

 彼の背中から伸びる双影触(ツインテンタクル)、その動きが――止まっていた。


 いや、止められていた。

 どこから伸びてきているのか解らない二本の影が、多胡の触手を“封じて”いたのだ。

 まるで鏡合わせのように形は同じだが――力が違う。


 ググ……ギチ……ッ!


 ヤミ子を握りつぶそうと影に力を込めるが、ピクリとも動かない。

 ねじ伏せられるその感覚に、多胡の喉が鳴った。


異能(ドライブ)四影蝕(フォーステンタクル)……」


 重く、低く、そして容赦なく。

 世羅の声が響いた。


 彼の背中から四つの黒い触手が伸びていた。

 多胡と同じものだが、多胡は二つ、彼は四つだ。


「なんだ!? どういうことだっ!! その異能(ドライブ)は俺のもんだろーがっ!! なんでお前が~~~!?」


 多胡は目を見開き混乱している。


 武器強化(ブーストギア)といったポピュラーな異能(ドライブ)であれば、偶々被った。

 そういうケースは良くあることだが、多胡の双影触(ツインテンタクル)は比較的レアな代物だった。

 自分以外にこの異能(ドライブ)を持つ変異体を見たことも、噂に聞いたこともなかった。

 完全オリジナルの唯一無二だと自負していた。


 なのに目の間にそっくりそのまま扱う男がいる。

 しかも、それが世羅――しかも、数は倍の四つ。


「なんで……?」


 世羅は多胡の質問に静かに答えた。


「お前の異能(ドライブ)学習(ラーニング)済みだ……今の今まで忘れていたがな……」


 その言葉に、多胡の表情が歪む。


「はぁ? 何? おまえ何言ってんの!?」


 眉をひそめ、口元を引きつらせ、目を見開く。

 怒りでも、恐怖でもない――“理解できない”ことへの純粋な動揺。

 自分が圧倒していたはずの場が、急に"なくなった”。

 多胡の思考が追いつかないまま、現実だけが先に進んでいく。


 世羅は多胡の動揺を知ってか知らずか、動いた。

 いま、彼の両腕には何も握られていない。


 四つの影の内、二つは多胡の双影蝕(ツインテンタクル)を抑えている。

 残りの内の一つは道路標識を握りしめ、ギャングたちを雑に()ぎ払っている。

 最後の一つはバット男と殴りあっていた。


「案外に便利な異能(ドライブ)だな」


 世羅は頭から血を流しながらも、冷静に(つぶや)く。

 そして、跳躍する。


 本来、彼の両腕の中にあるべき“者”を迎えにいく。


 ブワチィ――!


 世羅の影――四影蝕(フォーステンタクル)が、多胡の操る双影蝕(ツインテンタクル)を乱暴に引きちぎった。

 裂けるような音と共に、影の拘束が破壊され、ヤミ子の体が解き放たれた。

 バランスを失い、ふわりと宙を舞った彼女を――世羅は迷いなく、両腕で優しく受け止める。


「易々と捕まるやつがあるか」


 世羅は優しく言いながら、ヤミ子の身体をしっかりと抱き寄せる。

 まるで「もう大丈夫」と語りかけるように。


「すまんっ! ……げほ、ごほっ!」


 ヤミ子は世羅の胸元にしがみついたまま、()き込みながらも応じる。

 首を絞められていた余韻がまだ喉に残っているのか、声は(かす)れていた。


「決めるぞ。捕まってろ」


 言葉と同時に、世羅の両目が(あお)く輝く。

 欲望強化(リビドーブースト)の出力が、再び上昇を始めた証だ。


 ここで、一気に勝負を決めるつもりだ。


「うん!」


 ヤミ子は力強く返し、今度は自分から腕を回して、彼にしがみつく。


 ――ドギャァッ!


 金属の音が響き渡る。

 世羅の操る影が振るう道路標識。

 その一振りがギャングの腹を捉え、空中に跳ね飛ばす。


 ――ドグァアア!


 返す刀のような軌道でもう一人を弾き飛ばす。

 ギャングたちは防戦一方となり、騒然となる。


「うわーやべぇ!」

「なんだこりゃ!」

「手がつけられねぇ!」


 恐怖と混乱が走る中、世羅は暴れ回る。

 世羅は両手でヤミ子を守りながら、四つの触手で嵐のように周囲をなぎ倒していく。


 多胡のソレよりも、精密で力強く、武器も振るう。

 触手の先から“異能ドライブ衝撃破ブラスター”を放つというシナジー付き。


 それはもはや戦いとは呼べなかった、蹂躙(じゅうりん)だ。


「おいっ! お前らどこにいくつもりだぁ! まだだ! まだ終わってねーぞ!」


 散り散りに逃げ出すギャングたちに向かって、多胡が怒鳴り声を上げた。

 しかし、その声を聞くものは一人として居なかった。


 ブォン――!


 突如、黒い触手が多胡の背後からうねり出た――しかし、


「やべぇ!」


 バカーンッ!


 多胡は背後から迫った攻撃をギリギリで察知し、バックステップで回避する。

 アパートの屋根の縁から飛び降りるようにして、階段方向へと姿を消した。


「消えた! 消えたよアイツ! こらぁ! 多胡どこいったぁ!」


 ヤミ子がボロアパートの階段の前で叫んだ。

 世羅はその隣に立ち、すぐに辺りを見渡す。


「他の連中はこの際どうでもいい、多胡は逃がさん」


 そう口にする世羅の横顔を、ヤミ子が見上げる。

 表情は静かだったが、その目の奥には怒りの炎が潜んでいた。

 腹の底から煮えたぎる――殺意にも似たその感情。


「アイツはやりすぎた」


 トントントン――


 鉄階段の音がなる。

 乾いた音ではなく、肉が鉄を叩く音だ。

 靴を履いてはいないからそういう音がなる。


「…………ッ!」


 多胡は身を潜めていた。

 鉄階段側から数えて二つ目の部屋――202号室。その押し入れの中に身を潜めていた。


 “ギィ……”と扉を開ける音が聞こえる。

 音が遠い。202号室ではない、隣の201号室だろう。


 端から一部屋ずつ調べる気なのは明白だった。

 誰でもそうするだろう、多胡はそう考えている。


(タイミングを見計らって襲うか……いや、ここはベランダを伝って201号室に行く。あいつらが201号室を出たタイミングでな、裏をかいてやる……)


 多胡は耳を澄まし、隣の部屋の様子を探った。

 額に汗が滲み、顎を伝ってぽとりと落ちた。

 自分の心臓の鼓動が聞こえる――妙に速い、緊張している。


(俺が世羅にビビってる? そんな訳あるかよ!)


 そう毒づいてみせたが、手の震えは止まらなかった。


 ギシ……ミシ……。


 隣の部屋で足音が鳴る。


 ミシ……ミシ……ミシ……。


(隣にいる?)


 薄い壁を一枚挟んだすぐ向こう側に、世羅の気配を感じていた。


(声はださねぇぞ……静まれっ! 俺の心臓っ!)


 彼は口を両手で覆い体を丸めた。

 呼吸音一つ、心臓の鼓動一つすらも漏らさぬよう、身を固くした。


 ……。


 …………。


 ………………。


 静寂が辺りを包んだ。

 何も聞こえない、何の気配も感じない。


「行った……か?」


 多胡は静かに(つぶや)いた。

 押し入れの壁にそっと手を添え、耳を当てる。

 わずかな物音も逃さぬように、息を止めた。

 時間が止まったような静寂――かすかな衣擦れすら、爆音のように響いた。

 世羅の動向次第で次に取るべき行動が変わるのだ、聞き漏らすわけにはいかない。


「多胡、"ソコ”に居るな?」


 その声を聞いた瞬間、空気が震えた。


「!?」


 多胡は身を翻し逃げ出そうとした――刹那、壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


 バゴォンッッ!


 粉塵(ふんじん)()き散らしながら、押し入れの壁が爆ぜる。

 中から跳ねるように飛び出した人影――世羅だった。


「逃がすかよ!」

「多胡ぉ!」


 世羅とヤミ子の二人の怒声が、狭い室内に雷鳴のように(とどろ)いた。


「ひぃっ!」


 世羅の肩が多胡の胸を捉え、そのまま持ち上げるように突き上げる。

 多胡の両足が宙を浮き、体ごと押し上げられた。


「おおおおおおおっ!!」

「うぉおおおおおお!!」


 世羅は()えた。ヤミ子も()えた。


 その咆哮(ほうこう)を合図に、世羅は多胡を肩で抱えたまま一直線に突き進む。

 201号室から始まり、ボロアパートを突き抜けるように――壁という壁を、ためらいなくぶち破っていく。


 バゴォン!


 棚が砕け、床の(ほこり)が舞い上がる。カーテンが破け、釘の抜けた柱が軋んで倒れる。


 バゴォン!


 誰も住んでいないはずの部屋に干からびた観葉植物があり、それごと吹き飛んだ。


 バゴォン!


 畳の腐った和室を突っ切り、ガラス戸をバラバラに砕き散らした。


 バゴォン!


 バゴォン!


 バゴォン!


 バゴォン!


 バゴォン!


 バゴォン!


 バゴォン!


「~~~~~~~ッッ!」


 多胡は声にならない悲鳴を上げていた。

 衝撃のたびに体が叩きつけられ、壁の破片が肌を容赦なく切り裂いていく。


「いっけぇええええ!」


 ヤミ子はまるで絶叫マシンでも乗っているかのような声で叫ぶ。


 世羅はヤミ子を傷つけまいと、まるで壊れ物でも扱うように大事に抱きかかえていた。

 胸と腕の間にヤミ子をぴたりと抱き寄せ、衝撃をすべて自分で受け止めるように体を丸めた。

 その様は、命懸けでボールを守るアメフト選手――いや、それ以上に、たったひとつの宝物を抱えて突き進む男だった。


 そして、ついに最後の部屋――210号室に辿(たど)り着く。


 突進の勢いのまま、最後の壁に激突――かと思いきや、

 その直前、まるで力が尽きたかのように、世羅の足が止まる。


 壁にはひびが入りかけているが、決定打には足りない。


「マスターっ! もう一押しっ!」

「ふんっ!」


 世羅がひとつ息を吐くように、肩を入れて押し込む。

 その瞬間、壁の表面に“ビシィッ……バキバキッ”と亀裂が広がった。


 まるで限界を超えたガラスのように、壁が音を立てて悲鳴を上げる。


 そして――


 ドガァァン!!


 砕け散る壁とともに、多胡の身体だけが“スッ”と宙に抜け落ちた。

 ドラマもなく、叫びもなく、ただ重力に従って。


 ……ドサァ。


 しばらくの静寂の後、ヤミ子が崩れた壁の縁から顔を出した。


「おーい多胡ぉ! 生きてるかぁ?」


 その顔にはヘラヘラとした笑みを浮かべている。


「確かめに行くぞ」

「えっ? まぢぃ? 流石に意識はなくね?」

「だろうな、だが放置はできない」

「手当でもすんの? 意外~!」

「何を言ってる? 二度とこんな気を起こさないように“徹底的”にやる」


 ヤミ子は目をぱちくりした後に、ニヤっと笑って言った。


「意外じゃなーい! やっぱマスターだわ♪」

「いくぞ」

「オッケー!」


 ゴゴゴゴゴ……。


「ん? 地震? なんか揺れてね?」

「……?」


 グラグラグラグラッ……。


「やっぱ揺れてるよね! 地震だっ! 地震っ!」


 その瞬間、耳に届いた“嫌な音”。


 グワングワングワン……!


 金属が悲鳴を上げ、木材が悲しく軋み、トタン屋根が泣いている。


「アパートが……崩れる音だ」

「なんだってぇええええぇぇ⁉」

「どうやら“やりすぎた”ようだ」

「にげるよぉおおおお!!」


 ――グシャアアアアア!!


 ――ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!


 ヤミ子が悲鳴を上げると同時に、世羅の住処、月額55000スコアのボロアパートは倒壊した。


最後までお付き合いいただき、感謝です!


「いいね!」と思っていただけたら、高評価をいただけると嬉しいです!


今後の励みになりますので、もしよろしければ……!

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