件名:まだですわね?24時間以内に12人に転送してください
市場の明かりが砂漠の夜を照らし、煌びやかな色彩が宵闇の中で揺らめいておりました。屋台に並ぶ果実や香辛料が風に乗って入り混じり、異国情緒漂う甘やかな香りを運んできます。
行き交う人々の喧騒、金属貨のぶつかる音、そしてどこか遠くで響く楽器の調べ——それらが混ざり合い、活気あふれる夜の市場を形作っておりました。
「ふむ……夜の市場でしょうか?」
私はゆったりと歩みを進めながら、ガラケーを優雅に開き、ポチポチとボタンを押し続けます。市場の灯りが液晶画面に反射し、つぶらな瞳に小さく映り込むのを眺めながら、静かに微笑みました。
「ねえ御夫人、もしかして今もスパムメール送ってるの?」
隣を歩くリアンさんが、スマホを覗き込みながら問いかけます。私は彼女を一瞥し、フフッと微笑みました。
「ええ、もちろんですわ。ただし、今回は“期限付き”でございますのよ?」
【送信済みメール】
件名:「まだですわね?24時間以内に12人に転送してください」
送信先:転生者リスト
リアンさんはスマホをいじりながら、呆れたように鼻を鳴らしました。
「また妙なメールを……ていうか、まるでチェーンメールじゃん」
「ええ、転送されることが目的ですもの。こうした方がより効果的でございましょう?」
私はゆっくりとガラケーを閉じ、優雅に夜空を仰ぐ。
転生者というのは、驚くほど情報の流通に敏感な生き物ですわ。彼らは自らの噂話を囁き合い、恐怖に身を震わせながら、その恐れを拡散してくださる。
それならば、“転送しなければならない”という強迫観念を植え付ければ、勝手に彼ら自身で恐怖を増幅させるでしょう。
「ふふ……」
私はつぶやくように微笑みました。
転生者たちが噂を語れば語るほど、その言葉は力を持つ。やがて呪力を帯びた言霊となり、現実を歪める……。
この夜の静寂の中、彼らが自らの運命を紡ぐのを、私はただ優雅に観察するだけでございます。
「さて、そろそろ情報収集とまいりましょうか」
私は前足を地面に落としてゆったりと歩を進めました。
「……どこに?」
リアンさんが訝しげに尋ねると、私はつぶらな瞳で彼女を見上げました。
「転生者たちの集う場所ですわ」
「つまり……転生者専用の密売市場ってこと?」
私は小さく頷き、歩を進めました。
転生者というのは、往々にして「異世界チートアイテム」や「特殊スキル」を違法取引するものです。そのような物品が流通する市場には、転生者に関する有益な情報が自ずと必ず集まるはず。
砂漠の夜風が鼻先をかすめ、異国情緒漂う空気が私の周囲を包み込みます。
「この静けさ……まさに、優雅な夜の散歩にふさわしい雰囲気ですわね」
しかし――その瞬間。
バサッ!
「よっこいしょっと!」
背中に衝撃が走ったのです。
私がゆっくりと鼻を上げると、そこには当然のようにくつろぐリアンさんの姿がありました。
「リアンさん?」
「うん?」
「なぜ、私の背中にいらっしゃるのですか?」
まるで当然のように私の大きな背の上で寛いでいます。
「えー?だって、歩くのめんどくさいし」
「私は、貴族の馬ではございませんわよ?」
「分かってるけど、御夫人の背中って……なんか、ちょうどいい高さなんだよね……」
「……はぁ」
私は鼻を鳴らしました。
この方はまったく、一年経っても変わらず、私を乗り物のように扱うのですから。
「リアンさん……貴族のレディを御覧になったことがございますか?」
「ん? まあ、見たことはあるけど?」
「では、貴族のレディが四足の野獣に跨りながら密売市場に向かうのを見たことは?」
「えーっと……ないかも」
「では、お降りなさいな」
「えぇ~?」
私の背中の上で、妙にゴロゴロと居心地よさそうに身体を揺らすリアンさん。恐らくこの方、完全に私を乗り心地のいい椅子か何かと勘違いしておりません?
「ふぅ……まあ、仕方ございませんわね」
「え、いいの?」
私は静かに前足を持ち上げ、しなやかな動作で歩を進める。
「ただし、礼儀を持って乗馬を楽しむのでしたら、しっかりとお掴まりなさいな?」
「お、おう?」
ドスッ。ドスッ――!
次の瞬間、主人と平和な森を駆け抜けた全盛期のように、私は優雅に走り出しました。
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
リアンさんの絶叫が、夜の街に響き渡る――。
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