件名:転生者の皆様へ!あなたの魂が狙われています!
乾いた風が鼻先をかすめました。
この国に降り立ってから2週間。禁足地ダウンヴィレッジを出発し、幾百もの荒野を越え、ついに辿り着いたのは――灼熱の砂漠に佇む寂れた街でした。
建物はどれも錆びついた鉄と無惨に日焼けした木材で造られ、遥か彼方の地平線には砂煙が舞い上がっております。地面には無数のひび割れが走り、風が吹くたびに、土埃がさながら細かな砂糖菓子のように宙を舞うのです。
「なるほど。砂の世界というものは、こうも風情がないものなのですね」
これではアリの巣どころか、口にするアリ一匹すらおりませんわ。
しかしながら、この過酷な環境にあっても、この街には活気がございました。
行き交うのは漆黒の角を持つ魔族、獰猛そうな獣人、砂漠に適応した優美な細身のエルフ。人間の姿はごく僅かで、代わりに実に多種多様な異種族が入り乱れております。
「まるで、転生者たちが弄んだこの世界の名残を、そのまま縮小したかのような街」
私は背に乗せたリアンさんに問いかけました。
「ここが……アーヴェル・グレインの街、ですのね」
「そうだよ〜。転生者の情報を得るなら、こういう場所が一番早いと思ってね」
「ふむ……確かに見たところ旅人の出入りも多く、噂話が広がりやすそうな街ですわね」
リアンさんは背中で満足げに頷く。
――ええ、背中で、でございます。
「ですが、リアンさん……そろそろ降りていただけませんこと?」
ちらりと肩越しに視線を向けると、彼女はまるで陽だまりで寛ぐ猫のように身を丸め、背に頬を寄せておりました。
「えー……せっかく乗せてもらってるのに?」
まったく……。
この方は私をなんだと思っているのでしょう?
「あなたは千年以上も生きておられるというのに、いつまで子供のように甘えているのですか?」
呆れながら、ひとつ深く息を吐きます。
すると、リアンさんは僅かに身を揺らしながら、どこか心地よさそうに喉を鳴らしました。
「んー、それは……まあ、甘えられる時に甘えたいっていうか?」
――なるほど。
これは、降りる気がないという意思表示なのですね。
私は鼻を鳴らし、静かに歩を進めました。
――ええ、御夫人としての誇りを持って、です。
「まったく……世話の焼ける方ですわね」
背に不埒な荷物を乗せたまま、私は灼熱の砂漠の街を進む。
目指すは、この街の中心にある、最も情報が集まりやすい場所――酒場です。
そして、スイングドアを押し開くと、酒場のざわめきが迎えてくれました。
しかし、その喧騒は一瞬だけ静寂を孕むのです。
「……?」
カウンター席の男がジョッキを傾けたまま、凍りついたようにこちらを見つめています。ギルド関係者と思われる獣人の戦士が、酒を煽る手を止めました。
「おい……見ろよ、デカい犬が少女を乗せて入ってきたぞ」
「いや、アレ……まさか……?」
「……転生者狩りの“ボルゾイ御夫人”か⁉︎」
酒場の片隅で、転生者らしき連中が密やかに囁き合っております。彼らの視線を感じながら、私は静かに背を伸ばし、店内を見渡しました。
(さて、この場には何人の転生者が潜んでおりますの?)
この手の酒場には情報が集まりやすいもの。
そして、転生者という存在は、あまりにも己を特別視するがゆえに、往々にして無駄に目立ちたがる傾向がございます。
ええ、つまり……こういう場には必ずいるのです。
「よし、着きましたわよ、リアンさん」
背中の荷物に声をかけました。
「んー……ん?」
なんとも間の抜けた返事が返ってきたのです。
「リアンさん?」
念のため、もう一度。
「……あ、うん。着いたね」
彼女は至極当然のように、まだ降りる気がない。
ええ、理解しておりますとも。
この方、どうやら本気で私を"乗り物"として扱うつもりですね?
「……まったく」
私は深々と息を吐き、つぶらな瞳で酒場の天井を仰ぎました。
この御婦人、そろそろ優雅にブチギレてもよろしいかしら?
私はゆっくりと背を揺らし、優雅に促しました。
「さあ、リアンさん。そろそろ降りなさいな?」
しかし、私の背中の上で、「うーん……」という怠惰な声が返ってまいりました。
「しょうがないかぁ……」
その言葉の響きに、若干の未練が含まれているのは気のせいでしょうか?ストン、と彼女は名残惜しそうに降り立ちましたが……一体、何日私を愛馬のように扱うおつもりなのかしら?
ともあれ、私たちはカウンター席へと向かい、静かに並んで腰を下ろしました。
「い、いらっしゃい……」
カウンターの奥から、バーテンダーが私たちに目を向けます。見るからに熟練の職人といった風貌ですが、目つきは鋭く、こちらの様子を探るような眼差しですね。
そんな中、リアンさんが即座に勢いよく手を挙げました。
「とりあえず、何か強いのを!」
さも当然のように。
バーテンダーは一瞬動きを止めた後、冷ややかに視線を送る。
「お前、まだガキだろ」
彼のジロリとした睨みがリアンさんに突き刺さりますが、彼女は怯みませんでした。
堂々と平たい胸を張り、指をピンと立てたのです。
「見た目で判断しないでよ! 私、千年以上生きてんだから!」
バーテンダーは、ふんっと鼻を鳴らしつつも、表情1つ変えずに言い放つ。
「見た目はガキだ」
「ぐぬぬ……」
リアンさんが悔しそうに唇を噛む様子を私は横目で眺めつつ、静かにメニューを鉤爪で引き寄せます。そして、迷うことなく告げました。
「……では、私はロイヤルミルクティーを」
バーテンダーは一瞬、固まりました。
「お、おう……?」
この酒場で、その注文は予想外だったのでしょうか?しかし、すぐに手際よく作業に取り掛かり、ミルクを泡立てる音が静かに響く。その間、リアンさんが私をじっと見つめていました。
その視線には、明らかに納得のいかない気配が漂っておりますね。
「なんで御夫人は甘いの頼むの?」
私は一度カップを手に取り、優雅に香りを楽しみながら、微笑みました。
「健康を考えて、ですわ」
リアンさんは「納得いかない」と言わんばかりの表情を浮かべましたが、私は気にせず静かに紅茶を啜ります。この一年で培われた関係性ゆえに、こうした日常の些細なやりとりは、もはや儀式のようなものになっておりました。
「さて、それでは本題に入りましょうか」
私たちはそれぞれの鞄から、馴染みのデバイスを取り出しました。
リアンさんはスマホを手に取り、画面を器用に操作する。対して、私はガラケーの小さなボタンをカチカチと押し始めました。
「さて……今夜も異世界生配信、やるよー!」
リアンさんがスマホを構え、画面を見つめながら意気揚々と宣言する。
【配信タイトル:異世界オオアリクイ未亡人妻と酒場で呑む配信】
私はつぶらな瞳で一瞬だけ彼女を見つめた。
「何やら妙なタイトルがつけられているようですが……私の名誉は大丈夫でしょうか?」
リアンさんはそんな私の疑念には気づかぬまま、スマホを前にしてにっこりと微笑むのです。
「みんな見てるー? 転生者の情報求む!」
【視聴者数:4人】
コメント:「オオアリクイかわいい!」「モフモフ最高」「LOL」「異世界から配信って釣り?」
リアンさんが、スマホ画面を覗き込んだまま肩を落とす。
「えっ、みんなもっと役立つこと言って⁉︎ 転生者の情報求めてるんだけど⁉︎」
私はその横で、静かにガラケーを開いた。
ポチ、ポチ、ポチ……。
【未読メール:100件→既読100件】
リアンさんがスマホ越しに私の動作を盗み見し、ピクリと眉を動かす。
「えっ……なにそれ⁉︎ 私より反応良くない⁉︎」
私はゆっくりと顔を上げ、紅茶をひと口啜ると、冷静に告げました。
「私はただ、転生者の情報を求めて片っ端からメールを送信しているだけですわ」
リアンさんの目が驚愕の色に染まる中、私はガラケーを淡々と操作します。
【転生者たちのリアクション】
「またこのメールが来た……」
「返信したら呪われるって噂が……」
「やめろ! お前が返信したら狙われる‼︎」
ガラケーのボタンを軽く押しながら、私は静かに微笑みました。
スパムメールは、確実に転生者たちに恐怖を植え付けていたのですから。
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