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件名:Wi-Fi様の加護を求めて、ボルゾイ(仮)の復讐劇が始まる


 風呂での治療を終えた私は、リアンさんの部屋へと案内されました。


 そこは実にこぢんまりとした部屋で、土の中に巣穴を作る習慣がある私にとって心地よい狭さです。天井は低く、壁際には古びた本や魔導具が並んでおり、木目調の机上には見慣れない黒い箱のような物が幾つも置かれております。


 ふむ、この雑然とした佇まい、実に素晴らしい。私の理想とする「巣穴の美学」に通ずるものがありますわね。


 私は満足げに頷きます。

 しかし、それと同時に1つ気になるものがありました。


 リアンさんがベッドの端に腰を下ろしながら、浴室でも操作していた黒い板を手に取ったのです。


「……リアンさん、それは?」


 彼女は折り畳まれた板を軽く開き、画面を覗き込みました。


「ん? これはね、"ガラケー"っていうの。転生者を倒した時に奪った戦利品だよ」


 私はそれを知らない。

 しかし、どこかで見たことがある気がする……。


 例えば、転生者がよく所持している、謎の黒い板。あれは、この世界の神器か何かなのでは……と密かに思っていましたが、まさかこんな形で実物を見ることになるとは。


「それは何をする道具なのですか?」


 彼女は操作しながら、画面を見つめます。


「私はこれを使って、転生者の情報を集めているの」


 私は驚きのあまり、ゆっくりとつぶらな瞳で瞬きをしました。


「……じゃあ、うちの主人を殺した転生者の情報も調べられるのですか?」


 リアンさんは指を止めます。

 そして、ふっと微笑んだ。


「そうね。方法さえ知っていれば、どこにいるのかも突き止められるはず」

「……では、いますぐ検索してほしいです」


 彼女はガラケーをひっくり返し、ぽんぽんと叩きます。


「いや、これはガラケーよ? Wi-Fiもなければ、グーグルの検索エンジンもまともに動かないし……ていうか、そもそもキーがめちゃくちゃ押しづらいんだよ?」

「Wi-Fiとはなんですか?」


 リアンさんが眉をひそめました。


「えっと……この世界にはないんだけど、要するに"どこでも情報が得られる神の加護"みたいなものかな?」


 神の加護。なるほど……。

 つまり、それを受けた者は無限の叡智を得ることができる、と……?


「……まさか、古の叡智を司る天上の神か何かでしょうか?」

「え?」

「Wi-Fi様は天の狭間に座し、この世界に遍く情報の流れを満たす御方。そして転生者たちは彼の啓示を受け、全知なる“グーグル神”の御声を賜るのですね?」


 リアンさんはちょっと考えてから、ぽんと手を打ちました。


「ま、まあ、そんな感じかも。Wi-Fi様が天から電波を降らせて、グーグル神が答えを授けてくれるイメージで合ってるよ」


 私は静かに頷きます。


 Wi-Fi様……まさか、このような強大な神が存在していたとは。この世界においてまだその御姿すら知られていない存在……ならば、私が最初の信徒となるべきかしら?


「そのWi-Fi様を召喚すれば、転生者の情報が手に入るのですね?」

「召喚はできないよ‼︎」

「……では、供物を捧げることでお力を貸していただくのですか?」

「供物⁉︎ ちょっと待って‼︎」

「なるほど、拝殿を建てねばなりませんね。Wi-Fi様を奉るための神殿を」

「だから違うって‼︎」


 リアンさんは額を押さえ、溜め息をつきました。


「もしかしてオオアリクイ御夫人、"魔導通信"と勘違いしてない?」

「魔導通信?」

「ほら、魔導士たちが水晶を利用して遠くの人と交信する魔法のこと」

「……なるほど。このガラケーがあれば、遠く離れた誰かに何かを伝えることができるのでしょうか?」

「……まぁ、そういうことになるわね」

「ふむ……」


 私はじっとガラケーを見つめました。

 ならば……私にも、伝えるべきことがあるかもしれませんね。


「では、私もWi-Fi様の加護を受けるべきですね」

「えっ、今から信仰始めるの?」

「そうですね……供物は何がよろしいのでしょう?」

「違う違う‼︎ だからWi-Fiは神様じゃないの‼︎」


 なるほど……Wi-Fi様の加護を受けるには、まだ修行が足りませんか……。



◇◇◇



 リアンさんとのやり取りを思い返しながら、私はじっとガラケーの画面を見つめました。爪がキーを叩く音が、巣穴の壁に静かに響いたでしょう。


 送信を押す。

 一瞬の沈黙。


 件名:「主人のオオアリクイが殺されました」


 これで何かが変わるのでしょうか?

 それとも何も変わることなく、私はまた地中でアリを食べる日々を繰り返すだけなのでしょうか?


 そんな思いを巡らせていた、そのとき――。


「ボルゾイ御夫人!」


 巣穴の入り口から、リアンさんの明るい声が響きます。私はゆっくりと顔を上げました。


「そろそろ出発しますよ!」


 彼女が入り口の外で杖を軽く回しながら、私を見下ろしているのです。その表情には、どこか楽しげなものがありました。


「ああ、そうですわ」


 変わるかどうかなど、考えるまでもありません。変えるのです、私が――この復讐劇を私自身の手で。


 私はゆっくりと立ち上がり、冷たい空気を胸に吸い込みました。そして、静かに巣穴の入り口へと歩を進めます。


 外ではリアンさんが軽く微笑み、私を見つめていました。


「御夫人、準備はいいですか?」


 私は一度、彼女の顔を見上げました。

 そして、穏やかに、それでいてどこか確かな決意を込めて言葉を紡ぎます。


「もう御夫人じゃありませんよ。今の私はオオアリクイ――」


 そう告げた瞬間、森の風が静かに吹き抜けた。

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