プロローグ 15円
鬱陶しいな、心って。
分かってる。結局はどうにもならないって。だけどつい、君の声を聞くとその方向を見る。馬鹿だな、私。
何を期待しているんだろう。その声が、私に向けられているとでも思っているのだろうか。まったくもって馬鹿な思い違い、ぬか喜び。
期待した分だけ、落ち込んでしまうと私は学習したのに、ずーっと同じことを繰り返すつもりかな。
君が視線を向けている方へ視線を向け、君が友達と話している会話が特別耳に入り、君の癖を自分で実行してみたり、君が座っている席を確認したり、歩いて行く方向を目で追ってしまったり。
いわゆる、ストーカーみたいだ、とつくづく改めて思う。
君が好きになる物は、私も好きになりたくて、君が笑っているのがとても嬉しくて。
その笑顔が誰に向けていられたとしても。
「えっ…もぅこんな時間…」
近くの本屋で立ち読みに耽って、もう午後六時。好きな事をしていると時間がたつのが早いというのは、このことらしい。少し面白そうな本を見つけたので、ちょっと読んでみよう、と思ったらすっかり本に夢中になり、三分の一ほど読んでしまった。
しかし、いざ買うとなると少し躊躇う。この本の最後の種明かしが面白くないかもしれない。過去に、推理物の本を買って、最後の結果が分ってしまって面白くない、という本を買ってしまったことがあるからだ。
ここまで読み進めてしまったから、かなり先が気になってしょうがなかった。とぼとぼと歩き、レジの列の一番後ろに並ぶ。お金が足りるかどうかが心配なので、鞄から財布を取り出して中を見ようとしていたら、脇に挟んで持っていた本を落としてしまった。
「あっ…」
本が落ちた。わかっている、が、今は財布から出した小銭で手がいっぱいな為、すぐに拾えない。それでも拾おうと思ってしゃがみこみ、本をつかもうとしていたら、小銭までもが落ちて転がってしまった。
「あーもうっ」
どうしてこんな風に嫌なことが繰り返されるのだろう。これが、泣きっ面に蜂。
とりあえず、手に残ってる小銭を政府の中へ、落とさないように入れて、落ちた小銭を拾い集めていく。ふと、視線を感じたて、周りを見渡すと、列に私と同じくらいの男子がこっちを見て笑っている。 相手は立っていたのでよく顔は見えなかったが、たぶん、馬鹿にしているんだろう。ものすごく恥ずかしくなって、視線を小銭に戻す。なんでこんな時に限って小銭が多いのかな。イライラする。
落ち込みながら拾っていると、近くにしゃがみこみ、
「大丈夫?」
と誰かが声を掛けてくれた。やっぱり、親切な人もいるんだ。そう思って、嬉しくて顔をほころばせながら顔をあげたら、しゃがんでいるのはさっきの人……また馬鹿にしに来たのか。
さっきは顔がよく見えなかったが、今は見えた。やっぱり笑っている。だが、優しそうな笑いだった。好きな顔だな、と思った。
そう思っていると、彼は落ちた本を手に取った。ぼーっと顔を見ていてしまっていた。なんでだろう。急いでまだ落ちている小銭を拾った。拾い終えて立ち上がると、彼も立ち上がる。ふーっと息をつく。やっと片付いた。
「この本、俺が気になってたやつだ。俺も買おっかな」
「ふーん…じゃあ買えば?」
「んー…今はこれ買うし、また今度にする」
……何故、そんなことを私に言う? 買うなら勝手に買えばいいのに。でも、嬉しかった。この人の顔とか雰囲気が好き。そんなことを考えてしまっていた。
何考えてんだろう。この人とはこれっきりなのに。いや、でももしかしたら……。
「次のお客様どうぞ」
「あ、すいません」
レジの方を向き、急いで財布をまた開け、小銭を出す。レジに表示されている金額は、五二五円。手の上に全部のせてある所持金の金額、五一〇円。全身をさーっと汗がつたる。
ないかないかと財布を覗き込む。……無い。
「お客様?」
諦めるしかないようだ。ここまで来てお金が足りないとは。迂闊。恥ずかしいなぁもう。
「や、やっぱりやめときます」
落ち込み加減にそう言うと、すぐ後ろの彼が口をはさむ。
「え、お金足りないの?」
彼が少し笑いながら言う。なんでそういうこと言うのかな、余計恥ずかしくなるって。
少し彼の方を見て、何か言おうとしたが、何も言えなかった。何も言えずに突っ立っていると、彼が財布から十円玉と五円玉を取り出す。
「はい、これで足りた」
そう言って彼は足りなかった十五円を、五一〇円が置いてある私の掌に置いた。うまく彼の考えが読み取れなくて、ぼーっとしている私を彼は急かすように、
「早く代金払えって。遅い!」
と、文句を言う。その時は、列には他にも客さんがいて急がないといけないと思うのと、頭が困惑して冷静な判断ができなかったため、その本を買ってしまった。
代金は、五二五円だった。
買い終わってから、ようやく終えてほっとした安堵で、冷静さを取り戻した。勢いで買ってしまったが、この本の十五円を出してもらったのは彼だ。
彼は自分の本を買い終えて、何事もなかったのように立ち去ろうとした。その彼を、反射的に呼びとめた。
「あの…さっきはありがとう」
彼の目をしっかりと見た。彼もこっちを見ている。こっちが見ているのに、相手の目の奥に吸い込まれるような気がして、我慢できず少し目をそらした。妙に顔が熱い。
「いいって。十五円くらい」
「今度ちゃんと返すから」
「今度って?」
彼がまた優しそうに笑う。その顔を見ているだけで私は嬉しくなる。ずっとこのまま喋っていたい――。
だが、それは叶わぬ夢。この彼とはたぶん、もう会えないだろう。今度なんてなかった。
「じゃあ…いつか! いつか絶対返すから!」
「わかった、わかった。じゃあ、俺はその『いつか』を楽しみに待っとく」
「うん、じゃあね…」
彼は小さくこくりとうなずき、踵を返して出口ドアへ向かっていった。
彼がこの本屋を出て行ったあとも、私はまだそこに突っ立っていた。脈がどくどくと流れているのがわかるし、顔も熱い。
もう会えないはずなのに、そんな気がしない。
どうやら、私の初恋は名前も知らない彼に注がれてしまったようだ。
私は、『いつか』を楽しみにして、本屋を出た。
外はまだ肌寒い。もうとっくに春は来たというのに。
本日、四月一日、『エイプリルフール』。今日起った出来事は、小さな嘘にすぎないのだろうか。
初めての小説に緊張していますw
まだまだ文章構成などが、ぐちゃぐちゃな気がしますが、アドバイスなどがあればよろしくお願いします。
修正点・改善点があれば、コメントお願いします。
読んで頂き、ありがとうございました!