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雪女
山稜を登り切った先に 空を見上げる
太陽は鈍く輝き わずかに和らいだ
雪風に呑まれ 静寂に身をまかす
極めて真っ白な世界
白皚皚とは
このことを言うのであろう
さらに一歩一歩 奥へと進む
元より帰るつもりはない
もう一度 貴女に会うために
現実に合わせるならば
雪女など存在しない
それこそ昔話の中
だがあの時――
暗闇の中 ぼうっと照る姿
貴女の氷の衣に
黒髪の滑らかさに
流し眼に魅了されたのだ
あれは
死に際の冷たき幻か
それこそ雪の囁きか
何でもいいのだ
どんなに愚行であろうとも
私はもう一度貴女に会いたい
ようやく目的地の
荒れた山小屋に着く
最低限の装備に明り
その時を静かに待つ
吹雪く夜――
明かりが静かに掻き消え
小屋の中が一気に凍えた
私が待ち望んだ その姿が現れる
あの時の記憶のままの美しい姿
そして会えるかどうかも
確信はなかったが
言葉はなく貴女は私に近づき
無表情のまま 顔をそっと近づけ
重なる冷たき口づけ
最高なる苦痛と甘美で
残された生命が吸われていく
最高の一瞬――私の命は
望むどおりの結末を迎えた




