朧月夜に逢瀬を重ね
朧月夜に逢瀬を重ね
娘は男を待ちわびる
ささやかな月影 愛しき男来る
娘と男の声なき微笑み 沈黙の睦言
二人で手を重ね 密やかに花園を歩く
娘のために造られた美しき場所
始まりは遊び 今は誰より真剣で
焦がれる人よ 燃える愛は燻る
故に結ばれることはない
決して許されない この関係は身分違い
だからこそ強く惹かれあう
一時の幻に身を委すのだ
初めて唇を重ね
熱をおびる瞳は 月の泡沫
近くなるほど離れゆく二人
振り子のように激しく揺れる
月夜に逢瀬を重ね 関係も深まり
どれほど口づけ擁こうとも
激しい情欲があろうとも
男は決して娘に触れず
娘も決して肌を見せず
そこが二人の一線なのだ
言葉や表情に出さずとも
娘も男も感じていた
魂が揺さぶるほどに感じていた
終わりがくると
ついにその時がくる
屋敷の者たちに黙認されていた密会
知らせたのは新人の使用人
ぐるりと兵に囲まれた 侮蔑という牢の中
娘の父が 鬼より恐ろしい形相で男を睨む
男は娘を強くかばう
娘は男とともに逝くを覚悟を示す
護身刀を喉に押し当て 赤き雫が垂れ
娘の父は我が子を諭すが 決して男は許さないという鬼気
娘は男の前に出て 勢いよく喉を掻き切らんとした
されど男が許さず 刀を奪いながら娘を突き飛ばし
自らの喉を掻き切る 重なる二人の瞳
その瞬間 命運は別たれた
娘の絹のごとき悲鳴は 冷月の夜に響く
倒れた男はごぼりと鮮血を吐き こと切れる
娘は衝撃のあまり すべてを忘れた
一連は厳重に隠され抹消される
男の死体は灰も残さず消えた
男の存在すら忘れた娘は
父が選んだ婚約者と結婚し子を生む
娘は女となり夫と子を愛す
良き妻として良き母として
仲睦まじい夫婦は 長い人生をともに歩んだ
……
……
……
だから女の本音を誰も知らない
かつての娘は生涯──夫でも父でもない
誰かも分からない 心から愛する男の面影を探していた




