(お江様)5
本来であれば島津の三つ首は討伐がなった証であった。
大坂の街中に晒すつもでいた。
なのに討伐軍の大将、立花宗茂はその死に様に打たれてしまった。
日ノ本の西の武家を体現する彼だから、その主張は分かる。
敵味方ではなく、島津らしい終わらせ方に惚れこんだのであろう。
彼の者達は最後の最後に島津家本来の底力を満天下に示した。
奇策でもって討伐軍本陣に攻め入り、無言で次々と自害した。
そこには恨み言も抗議の言葉もなかった、と言う。
ただ笑顔のみであった、とも。
意外であったのは討伐軍に帯同していた石田三成が、
宗茂に賛同して添状を書き送って来たことだ。
彼は本来は文官肌と思っていたのだが、
武官としての血も併せ持っていたらしい。
今回はその血が騒いだのであろう。
宗茂と三成から書状は公儀の大人達を大いに困惑させた。
かと言って店晒しには出来ない。
悩んだ大人達はそれぞれの思惑はさておき、意見の集約を止め、
幾通りかの提言を文書化した。
つまり、逃げた。
日ノ本の武家社会の頂点に立つのは上様、与太郎であった。
豊臣家の下には直臣と陪臣がいた。
大名小名の当主は当然、上様の直臣扱い。
その直臣の家来は陪臣。
島津家当主がその陪臣であった伊集院家当主を誅した。
名目は、家中統制であった。
それが端緒であった。
普通なら伊集院家は、豊臣家にとっては陪臣。
ところが秀パパの意向で朱印を宛がわれていた。
それが事態を複雑にした。
つまりは伊集院家は豊臣家にとっては直臣扱いであった。
「豊臣家の直臣を無断で誅するとは何事か」
そういう空気感が大坂で醸成された。
与太郎はこれ幸いと、島津家討伐の工作を始めた。
そして機が熟したのを見て、島津家討伐を決した。
島津家が家中統制を名目にしていたのに倣い、
豊臣家としての家中統制を掲げた。
時期が良かった。
奥州で一揆が勃発していたのだ。
一揆討伐名目の伊達家潰しも合わせて決した。
日ノ本の東西に討伐軍が発せられた。
大広間の空気は読み聞かせが原因で熱くなっていた。
襖や板戸を払っても消えるとは思えない。
当の明石全登は端然と家老席に腰を下ろしていた。
与太郎はそれを横目に、皆を見回した。
ああ、皆も熱に浮かされていた。
熱っぽい視線で与太郎を見上げていた。
それには期待感が込められていた。
事の是非ではなく、武家方の血が騒ぐのであろう。
おっさんオジサンに期待されて怖いわ・・・。
しかし与太郎はこの手の事は嫌いではない。
理屈理屈の雁字搦めよりも、こちらの方が好みではあった。
ただ立場上、是非を論じなくては物事が押し進められない。
それが御政道というもの。
与太郎は口を開いた。
「立花宗茂殿と石田三成殿からの申し出は最もなこと。
三つの首は討伐軍将兵の確認もしたであろうから、
こちらに送るに及ばず。
扱いは討伐軍に任せる。
また付随して幾つかの要望もあった。
検討したところ、最もな事ばかりであった。
それらも全て指し許す。
ついでと申しては何だが、噴火による被害は豊臣家で補填する」
その言葉が終わるや大広間が揺れた。
皆が口々に賛同の声を上げたのだ。
「「「上様、御聖断です」」」
イヤー、照れるぜ。
本戦の前だから気は抜けない。
そう徳川家討伐・・・。
鞭ばかりでは人は付いてこない。
まあ、鞭が好きな奇特な方は別にして、
与太郎は飴を振舞う事にした。
「島津豊久殿、おるか」
佐土原島津家の当主だ。
今は伏見城に与力として詰めさせていた。
膝スリスリ。
「これに」
「伏見の与力を解き、新たに立花宗茂殿の討伐軍与力に就ける。
直ちに九州へ戻り、島津義弘公の戦跡碑を建てよ。
島津義弘公には太閤殿下が大いに世話になったそうだ。
かの朝鮮の大戦でもな。
この大広間の者ばかりでなく、隠居した者達もそれを口にしていた。
お主も渡海していたのだから、私よりも詳しいだろう」
島津豊久は唖然とした顔で与太郎を見上げた。
「ええ・・・、存じております。
それも痛いほどに」
島津義弘は島津の外交をかの伊集院家と分け合い、
各方面に顔繫ぎをしていた。
それだけに惜しむ声は多い。
与太郎は肝を伝えた。
「最後の本陣討ち入りは見事であった、
と立花殿も石田殿も書状で認めている。
あの二人が申すのだから、嘘偽りはないのだろう。
よって戦跡碑に本陣に討ち入った者達全員の名を刻むこと、
この秀頼、指し許す。
島津義弘公ただ一人では寂しかろう
そう思わぬか、豊久殿」
豊久の表情が歪んだ。
大広間に沈黙が落ちた。
その沈黙を破ったのは明石全登。
「お尋ねして宜しいですか」
「明石殿か、許す」
「そうなりますと、島津義久殿の名も入る事になりますが」
与太郎は上を見上げた。
それからポンと手を打った。
全登に視線を戻した。
「ああ、そうだったか。
忘れていた。
なにしろ私は子供だからな。
だからと言って、口にしたからには取り消しはできない」
全登は失笑を堪えて頭を下げた。
「そうでしたか、承りました」
遅れて豊久も頭を下げた。
「感謝いたします」
与太郎は改めて豊久を見た。
「戦跡碑の場所だが、桜島が望める地でも構わない。
死んだ者を罰しようとか、差別しようとかは思わない。
薩摩大隅の島津家の終焉の地だ。
特段の配慮はいたす。
憂いなく選ぶと良い」
与太郎は右筆席を見返した。
彼等の手は止まっていない。
遣り取りの全てを記しているのだろう。
文書化すれば誰も異存の声は上げ難くなる。
与太郎は微かに微笑んだ。
しかし、これで終わりではない。
もう一つ。
奥の女子会が残っていた。




