(お江様)1
早朝、大坂城から二十数騎が飛び出した。
異常が発生したという訳ではない。
ただの、というか、異例の朝の乗馬調練であった。
問題は誰が、にあった。
上様、豊臣朝臣与太郎秀頼様。
そう、与太郎がついに馬を手に入れた。
これまでは年齢の問題から馬に恵まれなかった。
それが解消した。
蔵入地から純粋な木曽馬が献上された。
それも性質が大人しく、かつ木曽馬の中でも一際小さいのが。
馬体は小さくても、馬力に問題はなかった。
瞬発力より持久性に優れていた。
名前は雌馬であったので、巴御前から拝借して、
与太郎はそれを巴と名付けた。
昨日のうちに関係各所には通知されていた。
上様が早朝、騎乗にて遠乗りされる、と。
門衛達は大過なく役目を果たした。
門の内外を哨戒し、上様御一行の遠出を見送った。
供回りの中核は甲斐姫とその配下の野百合組。
それは若手の女武者で構成されていた。
勿論、それだけではなかった。
上番の近習組が前後を囲めていた。
しかし、もう片翼の小姓組には出番がなかった。
年齢から、乗馬技術が未熟、と指摘されたからだ。
甲斐姫が馬を寄せて来た。
「上様、巴の調子はどうですか」
巴かい。
「まだ慣れていないようだけど、悪くはないよ」
「鞍の塩梅は」
鞍かい。
「尻に優しいな。
職人を褒めてくれ」
それで甲斐姫は頷き、側を離れた。
あっ、乗っている私への気遣いがない。
甲斐姫には約束させられた。
非常時には野百合組の誰かが与太郎を回収する、と。
つまり、巴から他の馬への乗り移り。
それは誰かとの二人乗りで真っ先に脱出する、を意味した。
致し方ないこと。
与太郎としては、自分は誰よりも命が貴い、とは思わないが、
足手纏いなのは確か。
迎撃の邪魔に為らぬようにするが最善手と理解し、
快く受け入れた。
与太郎は巴の手綱を掴みながら、周りを見回した。
自分は完全に馬群に隠れていた。
一際小さな巴と六才児の組み合わせなのだから、
外から見える訳がない。
これなら鉄砲の狙撃はない。
例え弓の曲射名人であろうとも不可能だろう。
密かに満足の笑みを浮かべた。
与太郎は馬群に隠れながらも、街の様子を確認した。
朝早くから人が行き交っていた。
荷車や荷担ぎも多い。
「「「どいたどいた」」」
「「「ぶつかんじゃねえぞ」」」
「「「なにしやがんだ、てめえ」」
所々で喧嘩沙汰。
おお、荷を放り出して組み合った。
やってやれ。
どちらが悪いかは知らんけど。
彼等は日の出ととも早飯、明るいうちに働き、
日暮れ前に夕餉を摂って、惰眠を貪る日常であるそうだ。
まあ、そんななか、娯楽の一つは喧嘩かも知らん、しらんけど。
それはそれはご苦労様。
怪我してもしっかり働いて、納税に貢献するのを忘れないでね。
馬群は与太郎に合わせているので、速さはない。
周りの大人達にとってはお遊び感覚なのかも知れない。
が、誰もそれを口にしない。
与太郎への忖度とか、優しさというより、
きちんと育て上げるのに力点を置いていた。
豊臣家は徳川家に比べると新興の為、
古参の家臣団がない、という向きが存在する。
それは大きな間違いだ。
淀ママの存在を軽視し過ぎだ。
淀ママの存在抜きにしては豊臣家臣団は語れない。
淀ママのお陰で、織田家臣団、滅びたとは言え浅井家臣団、
その二つが良い意味で混在していた。
実力主義であった織田家、畿内文化に染められた浅井家。
彼等は秀パパの血うんぬんではなく、
織田浅井二つにより造り上げられたハイブリッドな上様、
与太郎に大いなる期待を寄せていた。
街の様子が確認できた。
町割りもだが、それよりも大事なのは町人達の暮らし。
喧嘩するほどに活気に溢れていた。
うむうむ、余は満足じゃ。
秀パパの構想通りに街は栄えていた。
秀パパ、空の上から見ていますか。
あっ・・・。
あれだけ人を殺したんだ。
地獄の釜・・・から見上げているのかも知らん。
そこは熱いですか、秀パパ。
生憎、私はそこまでは付き合えません。
ごめんね。
与太郎は近習の上番頭を手招きした。
「町人達に娯楽は」
「娯楽でございますか」
「そうだ、例えば芝居とか相撲とか」
「ああ、それでしたらございます。
河原芝居や博打を楽しんでおります」
河原芝居は分かるが、よりにもよって博打もかい。
まあ良いか。
ある意味、銭金が回る。
時折、真新しい臨時の辻番所を見かけた。
あれは大坂を訪れる要人の為だ。
その人の名前は、お江様。
もしくはお江の方様。
淀ママの末の妹だ。
徳川秀忠殿の正室にして、与太郎の許嫁である千姫の母。
仇や疎かに出来ないお方が来る。
オマケとして辰千代殿が付いて来る。
徳川家康の六男、辰千代。
お江様と辰千代殿を護衛するのは酒井家次。
家康の家臣団筆頭であった亡き酒井忠次の嫡男。
彼が五十騎を率いているそうだが、それで済む訳がない。
徒士や足軽小者が当然いる。
お江様の女衆も。
それらを合わせると三百に近い数になるそうだ。
お江様と辰千代殿の本隊は数を絞ったそうだが、
沿道の公儀大名衆は万を超える警護の兵を馳走した。
怨敵徳川だが、お江様は別枠。
喜んで街道を整備し直して大歓待するそうだ。
そのお江様がもうじき大坂入りする。




