(島津家討伐)12
島津義弘は和尚をジッと見た。
和尚が薩摩に来たのは太閤殿下の九州征伐軍が引き上げたころ。
越前国から無住となった寺に派遣されて来た。
内城から離れた湊であった。
当初義弘は、和尚を太閤殿下の間者かと疑い、暇を見て訪問した。
勿論、疑心を隠して教義談義という形で教えを乞うた。
これがなかなかに喰えない人物だった。
元は織田家の武将であったという。
ある時、豪放磊落に義弘に言い放った。
「人を殺すのに飽きましてな、こうなり申した」
真相は不明だが、それ以来の付き合いだ。
和尚が姿勢を正して義弘を見返した。
「公儀の御大将の望みは島津義弘殿の降伏でござる」
途端、居合わせた者達が怒鳴った。
「「「ふざけんな」」」
「「「さっさと攻めて来んかい」」」
中には柄頭に手をかける者も。
義弘はそんな彼等を制し、和尚に尋ねた。
「あの御大将の気質であれば、我等への最後の温情であろう」
「かも知れぬが、よう考えてみなされ。
・・・、いかがかな。
義弘殿であれば、もうお分かりであろう」
義弘は色を隠した。
肥後口から真っ直ぐに向かっていた頃とは、事情が変わっていた。
あのまま真っ直ぐに討伐軍に突っ込めば、軍は一丸となっていた。
勝敗は別してだ。
ところが軍足を止めた瞬間から崩れ始めた。
将兵に緩みが生まれた。
無為な時間が疑心暗鬼というものを育てた。
いや、正気に戻ったと言うべきか。
義弘が率いているのは大隅国の国衆や地侍衆。
元々は島津家と争っていた氏族の家来筋の者達。
肝付氏、禰寝氏、北郷氏など。
義弘が大隅を治めてからの日は浅い。
島津家の武力と公儀の権威、
その両輪で治めているに過ぎなかった。
それが伊集院家を端緒として崩れた。
伊集院家討伐が停滞した。
そこへ公儀から軍が押し寄せて来た。
今や片輪となってしまった島津家。
島津四兄弟が存命であった頃とは違い、力も然程ではない。
陣幕内に居合わせている者達は義弘の側仕え達や、
近しい島津家由縁の者達。
異議を唱えても忠義の者達ばかり。
対して陣幕の外は一所懸命の者達ばかり。
彼等は、主君うんぬんよりも先祖伝来の地に拘る。
土地所有さえ認めてくれるのなら、主君は二の次。
誰でも構わないのだ。
そしてそれは薩摩国でも同じ。
薩摩の守護は島津家であったが、
まず島津氏自体が支族内で相争っていた。
その中で台頭したのが島津義久を長兄とする島津四兄弟。
島津家を統合する過程で、当然、国衆や地侍衆とも争った。
渋谷氏五家、蒲生氏、平佐氏など。
こちらも島津義久家としては日が浅い。
義弘はここまでの討伐軍の動き理解して、臍を嚙んだ。
大軍ゆえに遅い、ではなかった。
わざと遅滞させていたのだ。
島津軍を内憂外患に陥らせる為に。
そして勘所で内城へ強襲上陸して、その力の一旦を示した。
義弘は和尚に尋ねた。
「亀寿様は今なにをされておる」
「各所へお手紙を書かれておられる」
「添え書きはどなたが」
「近隣のご住職方だ。
あっ、それに隠れ念仏の方も」
隠れ念仏。
禁制となった一向宗の信徒集団だ。
伊集院家が檀徒でもあった。
義弘は天を仰ぎながら尋ねた。
「もしかすると、カヤカベの者達もか」
カヤカベ。
一向宗が禁制となり生まれたのが隠れ念仏。
その隠れ念仏から別れたのが、カヤカベと呼ばれる者達。
「ようご存知で」
義弘は視線を戻した。
「仕事柄な。
お近付きにはなりたくないがな」
「ほほう、お嫌いで」
「そなたも嫌いであろう。
織田家であったのならな」
織田家は一向一揆を根切にしたお家。
「まあ、越前では焼き討ちに遭いましたからな」
「ところで、それらのお手紙の届け先は国衆や地侍衆か」
和尚は頷いた。
「その通りでござるよ。
公儀に従っておる国衆や地侍衆が届けております。
今もなお島津家へ従っておる縁戚の者達を助けたい一心、でな。
けっして裏切り者とは言わんでくだされよ」
武士は勝ち馬に乗るのが処世術。
忠義というお題目は後付け。
島津家より討伐軍へ乗り換えても後ろ指さされる事はない。
義弘は間を置いて口を開いた。
「太閤殿下は許して下さったが、今の上様は無理であろう」
「いかにも。
例えは悪いが、大事の前の小事」
「確かに、その例えは拙い。
にしても、徳川家の前の小事であるか」
「ここで侮られては大事が為せませんからな」
「ですな・・・」
和尚が表情を改めた。
「早い話、島津家根切という事になっておる。
根切は建前であろうが、少なくとも三つの首は必要でござろう」
「死に場所は選べぬか。
せめて」
その言葉が終わるより先に陣幕内が再び騒然とした。
「「「殿、最後までお供いたします」」」
「「「この和尚の首を送り戻しましょう」」」
一人二人と立ち上がった。
抜刀する者も出た。
周囲の者達が押し留めるのに懸命になった。
和尚は平然としていた。
騒ぎを横目に義弘を見詰めた。
「覚悟はつきましたか」
「武家であるゆえ、とうの昔にな。
そういえば最近も死を覚悟した事があった」
「ほおうほう、興味深いですな。
聞かせて頂けますか」
「ああ、二回ほどな。
渡海した折にな。
行きと帰りだ。
あれは酷い有り様だった。
・・・。
兄に文を届けたい。
少し時間をくれんか」
「承知いたしました」




