表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/83

(島津家討伐)10

 島津義弘は一万余を率いて内城救出へ向かった。

兵力は討伐軍に比べて少ないが、旗下の大隅衆が中核なので、

恐れは全くなかった。

中核は所謂、朝鮮へ渡海した者達なので、

島津全家では随一の戦力、とそれなりに自負していた。

 彼は急がせながらも各方面へ物見を走らせるのを忘れなかった。

内城まで一日の距離まで来たところへ、物見の一つが戻って来た。

物見の頭が下馬し、報じた。

「島津忠恒様、戦死なされました」

 義弘は言葉を失った。

早過ぎた。

籠城した筈だろうに。

誰かが敵に内通して引き入れたのか。

その疑問が色に出ていたのだろう。

物見の頭が言う。

「城から打って出て、戦死なされたそうです。

詳しくはこの者が」


 忠恒様に従って内城に詰めていた、という者が進み出た。

顔も具足も戦塵に塗れていた。

「申し上げます。

当初は籠城して皆様の後詰を待つつもりでございました。

ところが南蛮船から大砲三門が降ろされたのです。

それを聞かれたお歴々は、それでもって表門を打ち破るもの、

そう判断なされました。

若輩の某も同様の判断でございました。

反対する者もおらず、忠恒様自ら打って出られました」

 判断に間違いはないだろう。

義弘はそう思った。

近習が続けた。

「先鋒は加世田兼盛殿でした。

それに忠恒様が続かれました。

目指すは討伐軍本陣の立花宗茂」

「なにっ、立花宗茂だと。

討伐軍の大将ではないか」

「はい、大将の立花宗茂の旗印がありました。

錦の御旗も掲げられていました」


 討伐軍本陣は肥後口に置かれるものだとばかり思っていた。

完全に裏をかかれた。

「他の旗印は」

 その者が討伐軍本陣に掲げられた旗印を一つ一つ告げた。

全ての九州の大名が揃っていた。

加えて四国の長宗我部家や石田三成。

義弘は臍を嚙んだ。

知らぬうちに唇も噛んだのだろう。

血の味がした。

義弘の脳裏に、策士策に溺れる、の文字が浮かんだ。

「石田三成殿までもか」


 島津忠恒様戦死とあれば、内城へ急ぐ必要がなくなった。

まず肥後口の兄、島津義久へ使番を走らせた。

それから義弘は直ちに旗下の部隊を後方へ、

半日ほどの距離にある神社に本陣を置いた。

そこを中心にして守備陣形を組ませ、討伐軍の襲来に備えた。

 物見が次々に戻って来た。

次報三報で島津忠恒様戦死が確認された。

加世田兼盛を始めとしたお歴々の戦死も報じられた。

四報を持ち帰った頭が意外な事を言う。

「内城が開城いたしました」

「開城した、と。

周辺には出城や砦もあったはず、それらは」

「何れも開城いたしておりました。

戦った気配自体がございません。

どれも無傷の様子。

それぞれに討伐軍の旗印が掲げられておりました」


 暗かった陣幕内の空気がより深く沈んで行く。

なかの一人が物見の頭に尋ねた。

「亀寿様は如何した」

「不明です。

周辺を探しましたが、知る者には会えませんでした」

 開城したとあれば亀寿様はご無事なはず。

身辺に侍る侍女達が自害を押し留めたはず。

義弘はそう思うしかなかった。

それよりも、と、肝心の事を聞き忘れていた。

気持ちを切り替えて尋ねた。

「討伐軍の様子は」

「今は周辺の城や砦の接収と、死傷者の回収で精一杯の様子。

こちらに向かう態勢にはありません」


 一人が進み出た。

「ならば攻めますか。

こんまま引き下がっちゃ島津の名折れじゃ」

 すると別の一人が嘲笑う。

「ふん、やめちょけ、やめちょけ。

おそらく公儀の軍ば味方だけじゃなくて、

我が方の死傷者も回収しちょるんじゃろうな。

それを攻めれっか」

 もう一人が加勢した。

「じゃっとなあ。

手一杯に見せて、あの立花殿だ。

上辺はそうでも、何を企んどるのか、ようば分らん」

 さらに三人目。

「志布志にさ上陸した公儀の軍ば忘れちょらんか。

このまんま前へ進めば、伊集院と合わさった軍に尻を突かれんぞ。

そいが好きなら、どうせいちゃ言わんが」

 もう誰も攻めるとは言わない。


 義弘も志布志に上陸した討伐軍の存在は忘れていない。

何しろ志布志は義弘が治める大隅の一角であった。

ところが島津諸家は薩摩第一主義なので、

どうしても大隅は後回しになってしまう。

今回もそう。

大隅には留守居の兵力しか残していない。

為に選択肢は籠城しかなかった。

 大隅に残した兵力だけでは迎撃できなので、

静観するように指示した。

ただ、情報だけは上げるように厳命していた。

それによると、志布志に上陸したのはおよそ二万余。

うちの一万が大隅の備えに残り、

別の一万余が内陸部へ発したそうだ。


 西走する討伐軍に伊集院家の兵力が合流した。

これまで姿を現さなかった日向の国衆や地侍衆も追い付いた。

瞬く間に三万近くに膨れ上がったそうだ。

それが島津義弘家軍と島津義久家軍の間に楔を打とうと・・・。

狡賢い事に、地理的な楔の位置には入らず、

何時でも入れる地点に陣を敷いた。

義弘家軍が内城へ向かえば、その背後を突く。

義久家軍が肥後口の討伐軍と争いになれば、

同じように背後を突く。

その姿勢が見え見え。

決して義久家軍と義弘家軍との間には入ろうとはしなかった。

これに義弘は困惑した。

討伐軍には選択肢が多くあった。

対して島津軍には二つしかなかった。

別個に戦うか、一つになるか。

どちらにしても降伏はない。

死して名を残すのみ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>伊集院と合わさった軍に尻を突かれんぞ。そいが好きなら、どうせいちゃ言わんが さすがの薩摩隼人もこっちの尻を突かれるのは嫌ですか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ