(島津家討伐)9
石田三成は陣幕の入り口を見た。
丁度、別の近習が白装束の女人達を案内して来るところであった。
五名。
何れも腰には小太刀のみ。
亀寿様を侍女四名が囲んで警護していた。
開き直ったような感じの亀寿様は、堂々と立花宗茂の前へ進み出、
丁寧に一礼した。
「ご当主様との対面を許して頂き、感謝いたします」
亀寿様の、ご当主様との言葉で、その関係性が理解できた。
宗茂が返した。
「いやいや、礼を申されるな。
礼を申されるような事ではない。
それより、そこな床几に腰を下ろされよ」
亀寿様が腰を下ろすと宗茂が言う。
「卒爾ながらお尋ねしたい」
「なんなりと」
「当主であった忠恒が亡くなられた。
さて、その跡を継がれるのはどなたであろう。
亀寿様はお分かりになられるか」
亀寿様は首を横にした。
「はて、どなたが継がれるのか、私では分かり兼ねます」
聞いていた三成は記憶を辿った。
彼は薩摩に小さいながら飛び地を貰っていたので、
代官からその辺りの事情は聞いていた。
たしか、亀寿様には姉二人がいた。
同族に嫁いだ二人は男子を幾人か為していたはず。
普通ならその一人を養子にすれば事足りる。
宗茂が言う。
「亀寿様は島津義久殿が決める、そう申されたいのであろう。
残念な事に島津義久殿は無論、義弘殿もだが、
お二人が口を挟む事は認められぬ。
お二人は忠恒殿同様に、公儀の討伐対象であるからな」
宗茂は口を閉じて亀寿様を試すような色で見詰めた。
対して亀寿様は目を逸らす事なく、ジッと受け止めた。
どちらもそれ以上口を開かない。
そこで三成が宗茂に尋ねた。
「御大将、それは島津義久家の最後のご当主、
そう受け取っても良いのか」
「如何にも如何にも、正にその通りでござる。
現在ここにて討伐軍にお味方する方々は、
島津家由縁であっても罪には問い申さぬ。
実に大事な討伐軍の一員でござるによってな。
さりとて、それ以外の者達は別でござる。
そこで島津義久家最後のご当主様にお頼みしたいのだ。
その者達を預かって頂きたい、と」
討伐軍に寝返った方々は罪には問わぬが、
今もって島津家に従っている者達はその限りではない。
何らかの処分をせねばならない。
その為に、全員を島津義久家に籍を置かせる、と。
宗茂としては分かり易い形にしたいらしい。
「つまり、島津義久家最後のご当主に手綱を預ける、と」
「そうですな、ある意味、そうなりますな。
でなければ、お味方した方々が納得されぬであろうから」
亀寿様が長く息を吐いた。
「あー、そういう事ですか」
宗茂が悪い笑顔を見せた。
「理解して頂き、誠に恐縮です。
なって頂けます、女大名に」
「私が女大名になって周りが納得しますか」
「島津家で大きいのは二つ。
島津義久家、島津義弘家。
その二つを繋いだのが貴女様でしょう。
誰が貴女様に逆らいますか、違いますか」
亀寿の最初の夫は義弘の子、久保。
彼は島津義久家を継ぐ為に婿養子となった。
久保が病死するや、その弟の忠恒が代わりとなった。
亀寿様は短い溜息。
「ふっ、所詮女は道具。
これまでは父の道具。
今度は公儀の道具、そうなのですか」
宗茂が平然と言う。
「いやいや、貴女様だけでなく某も道具ですよ」
宗茂の生家は吉弘家。
紆余曲折あり、立花道雪に見込まれて婿養子となった。
立場は違うが自分も同じ道具と言い切った。
三成は亀寿様の反応を見た。
彼女は同じ九州であるからか、宗茂の立場を知っているのだろう。
軽く頷いて返した。
「討伐軍は薩摩大隅から島津を一掃されるのでしょう。
私がその島津義久家を継いで宜しいのかしら」
宗茂は即答した。
「細かな事は大将の裁量に任されています。
ご心配なら至急、朱印状を取り寄せますが。
いや、早速取り寄せる手配を致しましょう。
それでなって頂けますね、女大名に」
「承知する前に申し上げます。
私はお家の表に関わった事も、習ったことも御座いません。
それで宜しいのですか」
「構いません。
表の事は慣れた者を差し向けます。
あっ、そうそう、石田殿」
流れ弾が飛んで来た予感。
三成は亀寿様に軽く会釈し、宗茂を見返した。
「無理難題はよしてくれよ」
「大した事ではありません。
この亀寿様の後見をお願いしたいのです」
「おいおい、嫌とは申さぬ。
しかしだな、私はお主も知るようにここへは長く居られぬぞ」
上様に豊臣家の海軍創設を指示された。
まずはそれを大坂の海に置かねばならない。
それがそれらしい形になるのに果たして何年かかるのか。
見通しすらつかない。
なので、ここで討伐の後始末に関わっている暇はない。
「お立場は充分に分かっております。
その上でお頼みしているのです」
宗茂は笑顔で返し、続けた。
「船だけでなく人も必要でしょう」
ああ、そういう訳か。
討伐を終えれば、島津義久家最後の女当主の下に、
身分や給地を剥奪された者達が大勢身を寄せるはず。
その者達を石田家や海軍で雇えばいい、という提案だ。
願ってもない。
三成は島左近を振り返った。
「頼めるか」
「桜島を眺めて釣りするのも悪くはありませんな」
三成は宗茂と亀寿様を交互に見てから答えた。
「後見人は某が喜んで引き受けましょう。
ここには某の代人としてこの島左近を置きます。
その左近の下には薩摩に詳しい者を付けます。
亀寿様もご存知でしょうが、某の飛び地が薩摩に有るのです。
そこの代官と手代どもです。
それで足りなければ、この地にも豊臣家の蔵入地が有ります。
そこの代官所の者達も差し向けます。
これで如何ですか」
宗茂は破顔一笑。
「助かります」
亀寿様が立ち上がり三成と左近に頭を下げた。
「宜しくお願いします」




