(島津家討伐)8
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石田三成は立花宗茂の問い掛けに困った。
次の戦とは、それはどう考えても徳川家でしかない。
さりとて彼も政に秀でた者、色には出さない。
徳川家は秀忠が継いでいたが、実質は家康が差配していた。
その家康、煮ても焼いても食えぬ御仁。
どこでどう豹変するか分かったものではない。
お家存続の為に公儀の沙汰を受け入れるのではないか、
との危惧もあった。
それだけは是非とも避けたいもの。
三成は曖昧な表情で視線を向こうの内城に転じた。
「火を付けますかな」
宗茂も答えに期待して訳ではない。
三成の言葉に乗った。
「それは我等を誘い込んでからでしょう」
「死出の旅路の道連れですか。
視野の狭い者には困りましたな」
城から打って出た島津勢は戻れぬように遮断された。
おそらく残されたのは女子と弱兵であろう。
勝敗が粗方ついたと見た宗茂は本陣を前へ進めた。
内城が完全に見渡せる場所にした。
そこから見ると、遠目にだが内城の表門はしっかり閉じられていた。
外に門衛の姿はない。
櫓にも人陰はない。
戦意すら無いように感じ取れない。
対して、討伐軍は接近の試しみ一つしない。
表と裏に小勢を配備したのみ。
宗茂がそのように指示したからだ。
新たな本陣に次々に報告が齎された。
多いのは敵重臣の誰それを討ち取った、との戦果。
次に内城周辺の出城砦の様子。
やがて首や捕囚が運ばれて来た。
なかに加世田兼盛の首があった。
落馬したのだろう。
酷く損傷していた。
宗茂は近習に指示した。
「綺麗にしておけ」
その宗茂が最も待ち兼ねていた人物がようやく運ばれて来た。
それは戸板に乗せられていた。
島津忠恒であった。
事前の厳なる指示により、首は繋がっていた。
ただ、息はしていない。
運んで来た武将が討ち取った様子をつぶさに報告した。
宗茂は彼を褒め称えた。
「良き手際でござった。
この事、上様の耳にも入れ申す」
「何卒良しなに」
宗茂は次いで近習に指示した。
「敵とは言えご当主様だ、丁寧に扱え」
三成は宗茂の差配に口出すつもりは毛頭なかった。
しかし、首や亡骸の扱いには違和感を抱いた。
ことに今届いた忠恒には。
島津家当主を討ち取ったにも関わらず、喜びの色が見られない。
島津家の実質的な差配は島津義久が執っているが、それはそれ、
これはこれ。
公儀が望む三つの首の一つ。
もっと喜びを表しても良いはず。
疑問に思っていたら、宗茂が別の近習の一人に目配せをした。
するとその近習、深く頷き、場から下がった。
陣幕から下がった近習が張り上げた声が聞こえた。
「内城へ向かう」
それに複数が応じる声が聞こえた。
問いを発する者がいないのは、
おそらく事前に打ち合わせていたからだろう。
ただ、雰囲気から内城攻撃でないのは分かった。
三成は宗茂には問わずに陣幕から出た。
探すと、その近習が馬廻り四名と共に騎乗するところであった。
彼等の従者達であろう。
軽装の徒士十名ほどが周りにいた。
後ろから島左近が三成に小声で言う。
「色々とあるようですな」
三成は左近と共にその者達を黙って見送った。
近習の一行が内城の表門の手前で足を止めた。
幸い、弓や鉄砲での歓待はなかった。
そうと見て取るや、一行は門前に足を進めた。
徒士の一人が門を叩いた。
暫くすると脇の潜り戸から、白装束の女人が出て来た。
ただ一名のみ。
その者は近習に一礼し、歩み寄った。
ここまでは聞こえないが、仕草からして、交渉が始まったらしい。
ほどなくして潜り戸から別の女人二名も出て来てそれに加わった。
その二名も白装束。
四名が頭を寄せ、何故か親し気に交渉が続けられた。
それ以前に、交渉の下地があったもの、そう三成は断じた。
三成は見ていても埒が明きそうもないので陣幕内に戻った。
すると、こちらはこちらで交渉が始まっていた。
旗下の大名達が戦果を報じんと、宗茂の前に列を為していた。
三成は流れ弾が来ぬように顔を背け、隅の床几に腰を下ろし、
腕を組んで下を向いた。
このような状況にも関わらず足下で蟻が忙しなく働いていた。
一匹、二匹、三匹・・・。
人の争いには興味がないようだ。
刈り取られた草株から別の草株へ走って行く。
何か餌でも見つけたのだろうか。
見つけたのなら良いが。
ないのなら・・・、懐の握り飯でも、と思った。
三成は喧騒の変化に気付いた。
さきほどまでは、本陣警護の馬廻り衆や大名達の家臣等の、
遠慮ない野太い声、笑い声が溢れていた。
それが何故だか、小さくなったのだ。
不審に思っていると、内城に出向いた近習が戻って来た。
陣幕入り口で一礼すると、小走りで宗茂の側に寄った。
「お招きしました」
「して、ご対面は」
「確認していただきました」
「それで」
「こちらへ参られます」
宗茂は近習達細やかな指示をし、陣幕内の大名衆を向いた。
「方々、方々には立会人になって頂きたい。
これから参られるのは島津忠恒殿のご正室の亀寿様だ。
親しい方もおられるであろう。
けれど本日は声掛けだけはご遠慮願いたい。
某、深くお願い申す。
それでは、それぞれ空いた床几にお座り下され。
床几が少ないので申し訳ないが、
ない方は立ったままでお願いしたい」
片隅から小さな声がした。
「立会人だけに立ったままでも構わぬな」
三成は亀寿様は見知っていた。
彼女は以前は、島津家大坂屋敷に居住していた。
勿論、口には上らぬが一種の人質であった。
が、北政所様や淀様には可愛がられていた。
月に一度はお茶席に呼ばれていた。
それも島津家の畿内の屋敷や飛び地が差し押さえられるまで。




