(島津家討伐)7
加世田兼盛の立ち直りは早かった。
討伐軍の様子に勝機を見出した。
布陣の最中であるからか、馬止の柵が見当たらない。
それは討伐軍本陣周りの軍も似たようなもの。
どうやら本日は攻めでなく、陣地構築らしい。
大軍に胡坐をかいてるとしか思えない。
加世田兼盛は急に黙ったと思ったのも束の間、ニヘラと笑った。
「よし、やるか」
己の手勢を集めた。
戦慣れした郎党を中核とした千余。
騎乗は百余。
忠恒を振り返って告げた。
「お先に参ります」
言うや否や進発した。
騎乗ではあるが、全力疾走ではない。
個で走れば早いだろうが、それではただの的。
一撃一射で射貫かれる。
それを回避する為に徒士の者達の速度に合わせて進む。
忠恒も覚悟を決めた。
「続くぞ」
加世田兼盛隊を孤立させぬ為に、後を追った。
事前に示し合わせた訳ではないが、自然、それなりに整って行く。
先鋒、本隊、殿軍の長い隊列。
加世田兼盛隊を先頭にして古参の三千余が先鋒。
本隊は忠恒とその近習によって編成された六千余。
殿軍五千余は賦役の兵等が中核となった。
討伐軍本陣がこれに気付かぬ訳がない。
物見よりそれを知らされた討伐軍大将の立花宗茂は、
陣頭に立って様子を窺った。
確かに内城を預かる島津忠恒の旗印が翻っていた。
宗茂は使番を集め、指示を持たせて各所へ走らせた。
隣に石田三成が並んだ。
「おん大将、敵が湧いたそうだな」
「これは石田殿、陣頭は危のうござるぞ」
三成は正規に討伐軍に名前を連ねている訳ではない。
ただ、南蛮船の雇用主であったので、無碍には出来ない。
「なあに、危ないと思ったら真っ先に逃げる。
心配めさるな」
石田三成の後ろに控える家老、島左近が軽く頭を下げた。
どちらとも知らぬ仲ではないので苦笑いしかない。
「そう願いますよ」
この勝ち戦で石田三成を失う訳には行かない。
島津軍の先鋒が間近に迫った。
途端、先頭を走る数騎がこけた。
昨夜の内に浅く掘らせていた穴に、次々に足を盗られたのだ。
それを見て立花宗茂が軍配を振り下ろした。
本陣前に急遽展開させた盾の隊列が解けた。
後ろには南蛮船から降ろされた大砲三門があった。
南蛮人の命令で三門が放たれた。
雷を思わせる轟音。
それは鉄砲の比ではなかった。
人の胸の高さで水平に放たれた砲弾が、
島津軍の人馬の列を突き崩して行く。
たったの三発だが、それには威力があった。
砲弾が通過した跡地に立っている者はいない。
砲弾そのものと風圧で人馬が薙ぎ倒された。
鉄砲の射撃音に慣れた馬でも、大砲は別物。
周辺に居合わせた馬も立ち騒ぎ、乗り手を振り落として逃げて行く。
討伐軍の後方では、騎乗の者達が下馬して馬を宥めながら、
今か今かと出番を待っていた。
そこへ合図が来た。
「直ちに出撃。
真正面から当たる」
一家を構える武士達が競うように騎乗した。
控えていた従者達がそれぞれの主人の元へ駆け寄った。
槍持ち、弓持ち、鉄砲持ち、盾持ち、大太刀持ち、そして徒士衆。
彼等の旗指物は様々。
多くは討伐軍に内応した薩摩大隅の国衆、土豪に地侍等。
そこには少なくない数の島津家支族も含まれていた。
内応した大きな理由は三つ。
今の島津家そのものへの恨み、伊集院家への同情、
そして勝ち馬に乗る。
手柄を求めて、彼等が真っ先に飛び出して行く。
左近が言う。
「趨勢が分からぬ者達には困ったものですな」
三成が同調した。
「そうよそうよ、どう考えても討伐軍に負けはない」
豊臣家は二方面に軍を同時派遣した。
それでもまだまだ兵力に余裕があった。
公儀の大老中老奉行衆の軍がまったく動いていないのだ。
聞いていた宗茂は困り顔。
「戦の最中です。
油断大敵、吹聴は困りますよ」
討伐軍先鋒が島津軍の空いた穴に突っ込んだ。
起き上がろうとする者達を蹴倒し、穴を押し広げて行く。
それに遅れじと長宗我部、鍋島、龍造寺等の旗印が続いた。
迂回する隊もあった。
有馬、大村、小早川の旗印が遠駆けし、島津軍と内城の間に、
楔を打った。
手入れされる大砲を見ながら左近が言う。
「戦の要諦は、戦わずして勝つこと、でしたな」
三成が応じた。
「ああ、そうなのだが、それが分からぬ奴等が多過ぎる。
首を落とされるまで分らんのだから実に困る」
宗茂は暇になった軍配片手に答えた。
「ですからこうして遥々来た訳ですよ。
答え合わせの為に」
左近が言う。
「その為に無駄に血が流されるのは好きませんな。
あっ、これは失礼。
けっして立花様を批判している訳ではありませんよ」
「分かっていますよ。
上様にも言われました。
頭で分かっていても止まれぬのが人というもの。
立花殿、嫌な役目だと思うが、広く知らしめてくれ。
戦は意地を張るものではない、とな」
聞いていた者達が顔を見合わせて頷き合った。
そもそもの数が違った。
その上での大軍による三方向からの掃討戦。
赤子の手を捻るような形になった。
精兵と謳われた島津軍の心折れた者達が、
わざと空けられた方へ逃げ始めた。
けれど討伐軍はそれを追わない。
事前に大将の立花から、「島津には釣り野伏りがある。
安易な誘いには乗るな」と注意喚起されていたからだ。
それは隅々にまで徹底されていた。
様子を眺めながら左近が言う。
「しかし立花様、この大軍を巧く掌握されておりますな。
猪が一頭もおりません、実に見事なものです」
「いやいや、皆々様方も分かっておいでなのですよ。
ここで手柄を立てるのも大事だが、
次の戦の時に兵数を欠くようでは困ると」
「次の戦ですか」
「ええ、呼ばれる事を期待しておりますよ。
違いますか、石田殿」
宗茂は視線を三成に向けた。




