(島津家討伐)6
固まっていた島津忠恒がようやく言葉を吐いた。
「それは」
彼女は忠恒の言葉を遮った。
「女は常なら男の道具扱いでしょうが、今は違います。
非常時です。
死に場所くらいは選ばせて下さいな」
「何を言う。
女子と一緒に死ねば我等が侮られる」
「よくお考え下さい。
私共に城を出てからどうしろと」
忠恒は答えに詰まった。
彼女は夫のみでなく、広間の男衆を見回した。
「皆様、島津家の先行きが明るいとお思いでしょうか。
如何ですか。
生憎、私共はそうは思いません。
道具の女でも先行きくらいは読めるのですよ。
伊集院家にすら手古摺る今の島津家が、
その伊集院家を大きく上回る討伐軍に勝てる、とでも」
男衆は何も返さない。
それを見て彼女は頷いて続けた。
「私共に生き残って、どうしろと。
塗炭の苦しみですよ、特に女には。
私共は道具ですが、それでも心くらいは持ち合わせています。
ですから、せめて最後は、死に方くらいは選ばせて下さいな。
深く深く、お願い申し上げます」
奥方様が大袈裟に頭を下げた。
それに合わせて侍女衆も頭を下げた。
だけではなかった。
いつの間に集まったのか、下女衆も廊下にて頭を下げていた。
廊下からドカドカと荒々しい足音がした。
戻りの遅かった物見が戻って来た。
「南蛮船から大砲が降ろされました。
荷車にてこちらへ運ばれて参ります」
真っ先に重臣の加世田兼盛が尋ねた。
「何門だ」
「三門です。
警戒が厳重な為に襲うこともままならず・・・、申し訳ございません」
加世田兼盛が忠恒を振り向いた。
「門は拵えがしっかりしておるので、一発や二発では壊れません。
しかし、それが十発二十発となると」
「壊れるか」
「おそらく」
「籠城もままならぬか」
「ええ、座して死ぬよりは」
最後まで言わせない。
「直ちに兵を整えよ。
島津の戦振りをとくと見せてやろうではないか」
男達が戦の仕度の為に次々と離席した。
一人残ったのは忠恒のみ。
彼も、皆が去ったのを見てゆるりと腰を上げた。
奥方を一瞥したのみで、声はかけずに去って行こうとした。
その背中に奥方様が声をかけた。
「首桶三つで済むとは思われませんでしたの」
忠恒は背中をビクッとさせたが、何も答えずに去った。
奥方様は溜息をついた。
討伐命令が下される前であれば、それなりの遣り様があった。
島津義久、島津義弘、島津忠恒、この三人の首を差し出す。
その添え物として薩摩大隅日向の島津家の領地を返上する。
それらは北政所様や淀様からの文による献策であった。
大袈裟であれば有るほど良い、と。
さすれば島津家は許される。
大隅日向は無理でも薩摩が残り、家督は女である貴女に渡される、ともあった。
忠恒の喪が明ければ、新たな婿を宛がっても良い、とも。
婿を受け入れるのには何の問題もなかった。
私は道具なのだ。
私一人の我慢で皆が穏やかに暮らせるなら、ずっと耐えられる。
心底は墓の中に持って行く。
そう思っていた。
・・・、が、何故か涙が零れた。
見兼ねた侍女の一人が言う。
「男と言う者は、前から思っていましたが、
自分勝手な生き物ですわね」
その言葉が切っ掛けになった。
各自が勝手な事を言い始めた。
「ほんにほんに、度し難い生き物ですわね」
「男だ男だと威張っても、所詮は女が捻り出した生き物なのにね」
「そうそう、本姓は女、名は女か出来損ないの男か、二つに一つ。
中には分からないのも居ますけどね」
「俺は男だと威張っている手合いは、あれでしょう。
うんこと一緒に出て来たんでしょう」
「あっ、それはうちのお婆ちゃんが言ってた。
うちの弟がそうなんだって」
「あら、だからか、何時も臭いのはそのせいか」
奥方様の表情が和らいだ。
途端、軽口が消えた。
皆して、お言葉を待つ姿勢。
静寂の中で奥方様が次々に指示を出した。
「貴女は別邸の床に薪と油を運ぶように手配なさい」
「貴女はその部屋に、北政所様やお淀様から送られて来たお酒、
それら全ては運ぶように手配なさい」
「貴女は全てを終えたら、生き延びたいと思う者達を、
からくり口から逃しなさい。
その際に路銀を渡すのですよ。
盗人と見咎められては困るので、
品物だけは渡してはいけませんよ。
私はこれから城の見納めをします」
忠恒は用意が整うと騎乗にて城を出た。
門の前に揃っていた軍勢が二つに割れた。
それを抜けて先頭に立った。
視界の内に討伐軍を認めた。
奴等は内城が眺められる丘に陣を敷くつもりなのか、
蟻のように忙しなく立ち働いていた。
そんな彼等の頭上で幾本もの旗が泳いでいた。
あまりに離れているので、紋様も文字も分からない。
物見が戻って来た。
「様子から、どうやら討伐軍の本陣のようです」
物見の者達が目にしたのは、有り得ざるもの。
上様が下賜された公儀の錦の御旗であった。
赤い旗に、天下安寧。
白い旗に、天下布武。
馬印は金瓢箪。
一段低く、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全の三つの旗。
騎乗の者や徒士衆の腰の旗指物には、官軍の文字。
忠恒は声を失った。
島津家居城の目の前に出現した討伐軍本陣。
あまりにも唐突過ぎた。
・・・だとすると・・・。
本陣は肥後口だとばかり思っていた。
しかし、今から思い返すと、錦の御旗の目撃談がなかった。
そうかそうか、肥後口は囮か。
我等は思い込みで動いていた訳か。
いや、思い込まされていた、のか。
忠恒の隣に並んでいた加世田兼盛が声を荒げた。
「それではあそこに討伐軍の大将が居る、そう申すのか」
物見の者が力なく頷いた。
「立花様の姿は見ておりませんが、
立花様の旗印と馬印がありました。
それに、石田三成様の旗印と馬印もありました」




