(島津家討伐)4
五千余を敷根忠元に任せた。
数に気をよくしたのか、敷根が無謀にも先頭の馬に乗り、
全身を晒して意気揚々と敵陣へ向かって行く。
それに合わせて島津義久も残った軍をじわりと動かした。
敵の右翼左翼を牽制しつつ、魚鱗の陣全体を前進させた。
されど、鶴翼の陣を相手に、全軍で飛び込むほど無謀ではない。
そもそもの目的は敷根部隊の援護。
適度な間合いで軍を止め、敷根部隊の背中を見守った。
敵陣に慌てる様子はない。
動き回っているのは使番のみ。
敷根の声が義久に届いた。
鉄砲隊を呼び寄せて命じていた。
「撃ち込ませろ」
敵本陣には届きそうにもないので、右翼を狙わせた。
初撃は様子見の一斉射。
敵も慣れたもの。
盾を並べる余裕を見せた。
誘いの一斉射であったが効果は見られない。
続けて第二撃、第三撃。
並べられた盾を幾つも粉砕した。
右翼は勿論、反撃した。
改めて盾を並べ直し、その陰から鉄砲隊が猛射。
ついで弓隊も加わった。
敷根部隊を目掛けて弾丸が真正面から飛び来る。
斜め上からは矢が群れる鳥のように降下して来る。
物量の違いを鮮明にした。
敷根部隊の隊列が乱れた。
離脱する者も現われた。
組頭らしき者達が怒鳴った。
「「「勝手するな、斬首ぞ」」」
それが悪手だったのか、離脱する者が逆に増えた。
敷根部隊が混乱から脱しようと悪足掻き。
「隊列を組み直せ」
「騎馬隊を遊撃に回せ」
「殿軍は任せろ」
その様子を眺めて義久は大きく頷いた。
敷根部隊はよくやった。
釣り野伏りの準備を整えてくれた。
後は討伐軍が出て来るのを持つのみ。
討伐軍の出撃を見て、敷根部隊が算を乱して敗走。
それに義久の本軍も巻き込まれる。
嵩にかかって攻めて来る討伐軍。
それらを後方の狩場へ誘い込む。
絵図を描いたのは義久。
手足として動いたのは敷根忠元。
ところが様相が違った。
敵右翼は元より、左翼も本陣も動く気配を見せない。
反撃はしても、陣からは出て来ないのだ。
重臣の市来正富が溜息混じりで言う。
「九州の大名衆は当家の釣り野伏りに散々やられましたからな。
こちらの手の内を知っているので大いに警戒しているのでしょう」
義久は敵陣を見据えた。
「大名衆が不在でも、野良犬の五、六匹はいるもの。
ところが一匹も喰い付いて来ぬ。
お行儀が好過ぎではないか」
元主人から「奉公構え」を言い渡された強者は一定数存在した。
反発した彼等は、「陣借り」して元主人に意趣返しをした。
市来正富がそれに同意した。
「飼い慣らされたのでしょうな」
義久は寒気を感じた。
これは久々の感覚。
太閤殿下の討伐軍以来のこと。
何か見落としがあるのか。
ここまでの流れを反芻した。
不意に市来正富が大きな声を出した。
「我等を誘引して、釣り野伏りを仕掛けるつもりですかな」
確かに。
討伐軍大将の立花宗茂は島津も顔負けの釣り野伏りの名人。
義久は頷いた。
「無いとは言えんな」
かつての立花宗茂は無勢にも関わらず、
多勢の島津家の北伐を阻止した。
釣り野伏りで翻弄し、九州統一は断念させた。
ところがその立花は今は大軍を率いる身。
軍略も変化したはず。
とすれば。
義久は近習衆を集めて命じた。
「我が軍の後方を密かに調べろ。
討伐軍が入り込んでいるかも知れん。
いたら見逃して様子を探れ。
罠に嵌める」
義久は市来正富にも命じた。
「敵の背後に、密かに物見を放て。
釣り野伏りの兵を置いているかいないかを探れ。
これまた罠に嵌める」
義久は再び討伐軍に視線を転じた。
軍容から何か読み取れないか、目を凝らした。
討伐軍は一言で表せば、寄せ集め。
討伐軍の大将や大名衆はお馬揃えの為、
本陣を留守にしていたが、やけに軍律が行き届いていた。
一向に末端に乱れが見られない。
地元の小西家が留守を預かっているとはいえ、おかしなこと。
留守している立花宗茂の威令か、それとも・・・。
まさか、上様・・・。
討伐軍と間近に相対して三日目。
敵に動く気配なし。
放った近習が復命に戻って来た。
「我が軍の後方に敵は見当たりません」
その夕には物見も復命に戻って来た。
「敵に釣り野伏りの用意はありません」
前にも後ろにも敵影はなかった。
喜ばしい事だが、義久は腑に落ちない。
市来正富が気難しい顔で言う。
「立花殿は何を画策しているのでしょうかな」
四日目、弟の来訪が告げられた。
義弘は一万五千余を率いていた。
兵力を聞いて市来正富が表情を変えた。
「思ったよりも少ないですな」
「そう言うてやるな。
忠恒との兼ね合いもある」
言外に、当主の島津忠恒にも兵力を分けた、そう臭わした。
その義弘が近習を従え、騎乗にて姿を現した。
ところが、それを追い越して使番が騎乗にて駆け込んで来た。
尋常ではない行為。
陣幕の手前で馬から飛び降りた。
砂塵と汗に塗れた顔で告げた。
「内城の忠恒様よりの書状です」
素早く下馬して、膝を着いた。
面を上げて、懐から細長い状箱を取り出した。
後から来た義弘がその使番から状箱を受け取り、義久に手渡した。
義久も常ならぬ事は理解した。
状箱から書状を取り出し、手早く広げた。
読むに従い表情が険しくなって行く。
二度読み。
憮然とした面持ちで義弘に書状を手渡した。
「湾に討伐軍の水軍が現われた。
大村、松浦だけでなく、九鬼や長宗我部、それに南蛮船。
船数は分からぬ、・・・とにかく湾を埋め尽くしたそうだ」
「対して当方の水軍衆は」
「初戦で南蛮船の砲撃で蹴散らされた」
「すると」
「討伐軍が内城周辺に上陸した」




