(島津家討伐)3
島津義久は尋ねた。
「博打を打つしかないか」
義弘が大きく頷いた。
「交渉に持ち込むには島津の底力を示すしか有りません」
「その理屈は分かった。
しかし、立花は船便で急ぎ来る。
その前にこちらの兵力を集められるか」
「やるしか道はありません。
兄上、早急に」
「分かった、島津の真骨頂をみせてやるか。
万が一、儂が倒れてもお前は歩みを止めてはならぬ。
島津を残す為に粉骨砕身、大いに励め」
「承知しました」
義久は島津忠恒を振り向いた。
「忠恒、お前はここにて全体を把握し、穴を塞げ。
残す兵は小数になるが、臨機応変にな。
分かっているだろうが、決して前へ出るな。
前は、よかにせ衆に任せろ
お前の死は島津の死だ」
「・・・承知」
義久は視線を、悔しそうに唇を噛む忠恒から外し、
新旧の側仕え衆が揃う席に向けた。
「兼盛、儂の代わりに忠恒を頼み入る」
加世田兼盛は目を怒らせた。
兼盛は若年の頃より義久の側仕えで、気心が知れている一人。
否と言いたいのだろう。
間を空けて黙って頭を下げた。
「お任せ下さい」
義弘は急ぎ動いた。
通常の賦役の数だけでは足りぬので村々に通達した。
「何時もの倍を出せ」
今期の農作物の出来高より、数は力の論理を優先した。
ここで負ければ島津家が終わる、との危機感からであった。
各地の国人衆にそれらを率いて西へ向かわせた。
義久は真っ先に肥後口が見通せる所に陣を敷いた。
兵数は三千余。
全軍が揃わないが、全く気にしない。
翌日には大物見で肥後口に踏み込む余裕をみせた。
相手を罵倒して挑発した。
鉄砲も撃ち込んだ。
しかし、宿営地の討伐軍は微動だにしない。
堅守に専念し、一兵として出てこない。
それを見兼ねて重臣の敷根忠元が義久に言う。
「この地を治める小西家が差配しているようですな」
宿営地を走り回る使番の旗指物を指し示した。
大将が留守の間は、采配を小西家に委ねているようだ。
「小西家の家老か、用心深いな。
よし、明日は火をかけるか。
焼き討ちの準備をさせておけ」
翌朝、焼き討ちの準備万端、進発すると、
先発させた物見が急ぎ戻って来た。
「討伐軍が後退しております」
思わぬ知らせ。
義久は問い質した。
「後退とは如何なる事じゃ」
「平地を半分ほど空けて、我等を招き寄せる形です」
物見が地面に討伐軍の布陣を描いた。
平地の奥に、討伐軍が鶴翼の陣を敷いていた。
正にこちらを誘う形。
討伐軍大将の到着はまだなのに、これは。
義久の重臣の市来正富が物見に尋ねた。
「本陣の旗は」
鶴が翼を広げた形が鶴翼の陣で、両翼が攻撃、
本陣は奥にある頭の位置に置かれた。
大軍が好む陣形であった。
「小西家の旗です」
市来正富は義久を振り返った。
「おそらく弟の小西行景でしょう」
義久は首を傾げた。
小西家とは隣接していたが、小西弟についてはよく知らなかった。
市来正富が言う。
「彼の者の側には南条元清と内藤如安という者がおるはず。
少々厄介ですな」
義久は表情を緩めた。
「おお、南条元清と内藤如安か、聞いた事がある。
戦上手だそうだな」
「お喜びのところ申し訳ないですが敵ですぞ」
「そうは言うが、おんしも喜んでおるではないか」
「・・・まあ、そうですな」
「我等の後方に、兵は如何ほど集まった」
「二万は超えました」
「相分かった。
その二万を呼び寄せよ」
「誘いに乗るおつもりで」
「当たり前であろう。
遅れて来る残りは義弘に任せる。
それで良かろう」
「目の前の討伐軍は少なく見積もっても八万余。
大名衆はおらずとも、戦慣れした家老衆が率いておる筈です。
それでも誘いに乗りますか」
「初戦で勝てばよい。
さすれば大村や有馬は直ぐにこちらに靡く」
翌日、義久は二万五千余を率いて誘いの地に赴いた。
討伐軍の鶴翼の陣に対して魚鱗の陣を敷いた。
無勢が好む敵陣中央突破の陣形。
義久は前線に立って敵勢を見回した。
当初の予想通り、九州西側の大名衆の旗が翻っていた。
左翼には鍋島、大村、小早川等、右翼には松浦、有馬、毛利等。
そして本陣には立花と小西、龍造寺の旗。
討伐軍は九州の大名衆で編成されている、と聞いた。
しかし、山陰山陽衆や四国衆の旗も散見された。
毛利本体はないが、少なくとも吉川や長宗我部は脅威だ。
手柄欲しさに大将の立花に泣き付いて加わったのであろう。
鶴翼の陣相手に魚鱗の陣で飛び込むのは阿呆のやること。
ああ、そう言えば・・・。
多勢の魚鱗の陣を相手に、無勢で鶴翼の陣を敷いた御仁がいた。
戦場は三方ヶ原であった。
破れた鶴翼の御仁は今もって健在。
対して勝った魚鱗の御仁が先に亡くなった。
そのお家も滅びた。
摩訶不思議な事もあるものだ。
義久は目の前の鶴翼の陣を見遣った。
我等を誘い込んだと思ったが、不自然なまでに動きがない。
こちらの攻めを待っているのか。
それともお馬揃えに出た大名衆が来るのを待っているのか。
たぶん、後者だな。
義久は敷根忠元を呼び寄せた。
「一当てして来い。
阿保がおらば、誘引せよ」




