(島津家討伐)1
島津義久は城の大広間にて報告を受けていた。
報告するのは、北の伊集院家と対峙している軍よりの使番。
「伊集院家の軍勢が領境に陣を敷きました」
攻め込むつもりが逆になった。
領境にて押し込まれ、遂には有利な場所を取られる始末。
言葉では領境と言うが、実際は領境を越えられていた。
義久は皆を見回した。
何れもが険しい表情を浮かべていた。
当初は誰もが、討伐した伊集院家の領地をどう分割するか、
そう考えていたはず。
諸々の噂が流れた。
それが夢想だにせぬ結果となった。
早い話、捕らぬ狸の皮算用であった。
形では隠居した義久であったが、
主権を完全に譲り渡した訳ではない。
新たな当主となって間もない島津忠恒に、上座より尋ねた。
「その方の考えは」
「伊集院には押さえの軍で宜しいと思います。
喫緊の問題は西と東です。
そちらの備えを厚くすべきです」
西の肥後口、東の日向口。
双方に島津家討伐軍が集結する予定になっていた。
前回の太閤殿下の島津家討伐をなぞらえたもので、
当地の大名により準備万端整っていた。
足りないのは兵数のみ。
義久は弟の義弘にも尋ねた。
「義弘、お主は」
「ここは伊集院を捨て置き、討伐軍に備えるのが最善手、かと。
余裕があるのでしたら先に伊集院を誘い込み、殲滅する手も」
伊集院家を誘い込み、殲滅する。
そうなれば、討伐軍の出鼻を挫くことになる。
ところが、これがなかなか難しい。
伊集院家は島津家の戦略戦術を熟知していた。
為に、領境を越えられた。
これでは、一筋縄では行かぬだろう。
義久は重臣の敷根忠元に目をくれた。
「加藤家や黒田家は如何しておる」
家康の御掟破りに加担した加藤家と黒田家。
主犯の家康への仕置きが実行に移せない状態なので、
従犯の家々には何のお沙汰も下されていない。
それでも、従犯の家々は公儀を憚り自主的に謹慎していた。
そこで義久は彼等に密かに誼を通じ、
豊臣家や公儀の情報共有に力を入れた。
「加藤様、黒田様親子、共に大坂屋敷にて謹慎されたままです。
お三方とは最前までは文の遣り取りが出来ました。
ところが、現在はお断りされております」
「討伐が決されてからか」
「はい、以降は梨の礫です」
両家には、同じ九州である事から利用価値を見出した。
ところが、この有り様。
頼りなし。
「腰抜けか」
となれば関東、東北。
そちら方面が思わしくなければ、停戦交渉も出来るというもの。
義久は義弘に尋ねた。
「家康殿の動きは」
「一揆鎮圧軍の関東通過を認められました」
「やけに早い決断ではないか」
「通過を認める代わりに、お江の方様と辰千代様が上洛されます」
「はて、お江の方様と辰千代様とな」
「秀忠様のご正室様と家康様のご六男様です」
「人質か」
「人質の形に見えますが、実は懐柔策ではないかと思います。
お江の方様はお淀の方様の妹ですので、そこから、
何らかの裏働きを為されるのでは、と推測しております」
ほほう、流石は海道一の腹黒いお狸様。
その相手は鬼才か鬼子かは知らぬが、六才児。
六才児に容赦なく叔母様を宛がった。
とてもではないが、血の濃さに抗えるとは思えない。
が、期待はしない。
公儀の大人衆からの横槍が入る恐れもあった。
義弘は生き生きとして家康の心理を説いてくれた。
彼はかつては太閤殿下攻略に熱を入れていた。
その過程で家康殿をも知ったそうだ。
耳を傾けていた義久は、なるほど、なるほど、と頷くのみ。
とにかく面白い。
この地の政と、あちらの政は一味も二味も違った。
こちらの「武の義」が通じぬのも道理、と理解した。
大盤振る舞いしたい心持ちになった。
その気持ちを置いて、ついでに東北の状況についても尋ねた。
すると義弘、一瞥もない。
「一揆鎮圧軍の関東通過が決した時点で終わっております」
「それは一揆の事か、それとも伊達家の事か」
「両方です。
遠方の為に詳しくは存じませぬが、聞いた限りでは、
一揆勢の当初は伊達家が仕掛けたものと断定できます。
ところが今の動きは、甚だ怪しきもの。
おそらくは豊臣家か上杉家に乗っ取られております」
思わぬ指摘であった。
「そうなのか」
「そうです。
その伊達家ですが、もはや孤立無援。
何処からの支援も見込めません。
北から押し下げて来る南部家、南から押し上げて来る佐竹家。
そして、ジッと睨みを利かせている上杉家。
敢えて支援しても勝ち筋はありません」
そこへ近習が足音を押さえつつ、入室して来た。
義久の側へ進み、小声で報じた。
「上方よりの使番が到着いたしました」
畿内にある島津家名義の屋敷等は全て公儀に接収された。
しかしそこは島津家。
しっかりと別名義の拠点を所持していた。
堺を中心に商家名義の屋敷を幾つか。
所謂、盗人宿であった。
そこを拠点に情報収集と工作に余念がなかった。
「通せ」
「面を上げよ」
大広間に通されたのは見知りであった。
殊に女に抜け目のない元近習であった。
女癖はともかく、仕事には卒がなかった。
「ははあ」
「久しいな。
上方でも癖は治らぬか」
「いささか・・・」
顔色が悪い。
何やら気に病んでいる様子。
それを早く口から吐き出したいのだろう。
義久は微笑んだ。
「申せ」




