(新たな歩み)7
居合わせた者達は戸惑っていた。
それは石田三成も同じだった。
「バテレン追放令の経緯については承知しております。
南蛮の海軍についても多少は存じております。
ですが、上様の海軍とは如何なる形のものなのでしょうか」
「バテレンの総本山に抗議の使者を送らざるを得ぬ時、
海軍という力が必要なのだ。
攻める訳ではない。
力を示すのが役割だ。
それが一つ。
南蛮の中から、日ノ本を我が物にせんとする奴が来るやも知れぬ、
それを想定しての海軍、それが二つ目。
どうかな三成殿、引き受けてくれぬか」
「お話は分かり申した。
しかし、当家の水軍はお遊びのようなもの。
どうせなら水軍のお家にお任せになっては如何ですか」
水軍のお家は九鬼家を始めとして幾つもあった。
瀬戸内なら毛利水軍、房総に里見水軍、能代や熊野、丹後等々。
彼等は海賊衆とも呼ばれた。
与太郎は三成の言葉を吟味した。
辞退のように聞こえるが、決してそうではない。
普段の彼なら素っ気なく拒否するだろう。
だが今の彼の表情には興味の色があった。
もう一押し、二押し・・・。
そうだ、自分は子供だと主張するか。
「豊臣家海軍は新しい形のものにしたい。
それが如何なる形になるかは私には分からない。
私は子供で、知識や経験が乏しいからな。
水軍のお家ではなく、三成殿にしたのは私と同じだからだ。
知識や経験に乏しい、それで結構、それは逆に武器になる。
一から公然と学べるからな。
期限は決めぬ。
大いに学んで、ある程度の形にして欲しい。
白紙の形で委任する事なるが、挑んでくれぬか」
ここで前田利家が口を挟んだ。
「三成殿、南蛮に詳しい者を当家から推挙しよう」
となると、大物が一人。
元はキリシタン大名であった高山右近。
彼の才能に秀パパも目を掛けていた。
ところが彼は、幾度も改宗する機会が与えられたにも関わらず、
頑固なまでに信仰を放棄しなかった。
為に追放された。
しかし、秀パパはそれでも彼の才能を惜しんだ。
小西家や前田家が彼を庇護し、厚遇しても、目を瞑った。
三成は利家の言葉の意味を理解したのか、目を見開いた。
利家を振り向いた。
「宜しいので」
「上様のおん為だ」
三成は表向きはともかく、キリシタン擁護派であった。
与太郎は、両者に交流があっただろうと推測した。
その三成が改めて与太郎に視線を向けた。
「上様はそれで宜しいのですか」
「宜しいも何も、黒い猫でも白い猫でも一向に構わない。
役に立ってくれるのなら、大いに感謝しよう。
褒賞も用意しよう」
与太郎は大きく頷いた。
三成は改めて姿勢を正し、低頭した。
「お引き受けいたします前に、一つ二つ確認させて頂きます」
「おお、良いぞ」
「私一人では手に余ります。
水軍のお家から人手を募っても宜しいですか」
「それは構わない、引き抜きではなく与力同心の形とせよ。
その一切を任せる」
「費えは」
「当家から出す」
「南蛮の者を雇っても宜しいですか」
そこで与太郎は閃いた。
フランキ砲。
「南蛮の船を雇うか。
・・・。
三成殿、立花宗茂殿との話し合い次第だが、
南蛮の船を島津家討伐軍に加えてはどうかな」
流石は三成、理解が早い。
「島津家の城や港を砲撃させるのですな。
うむ、南蛮の海軍の形が見れますな。
そのついでに目付として乗船させて貰い、
南蛮船の力を間近で確かめるのも宜しいかと」
居合わせた者達から声が上がった。
「「「ほほー」」」
「「「何やら悪巧みのようですな」」」
長岡藤孝が挙手をした。
「上様、少しお尋ねしたい事柄がございます」
与太郎は藤孝に視線を転じた。
隠居の身でありながら、好奇心丸出し。
「なんぞあったか」
「ありましたとも、それも大いに。
豊臣大学校だけでなく、豊臣海軍もとは。
驚きを通り越しております。
のう、利家殿。織部殿」
前田利家と古田織部が即座に頷いた。
与太郎は、やり過ぎたとも思ったが、撤回する気は微塵もない。
「先の長い話だ。
紆余曲折もあるだろう。
しかし、日ノ本の先々を考えると、今着手せぬと拙い。
南蛮が押し寄せて来てからでは手遅れだ。
だから長岡家三代と三成殿に頼むのだ。
大学校での人作り、南蛮に対抗できる海軍作り」
藤孝が居住まいを正した。
「それでは改めてお伺いします。
当分は内々に進めます、が、何時かは人の口に登ります。
その時は如何いたします」
「確かにそれはあるか。
・・・。
大学校も海軍も秘密にするつもりはない。
ある程度の形になったら、大名衆に説明しても良いと思っている。
当家だけで日ノ本を守るには無理があるからな。
しかし、まだ形にならぬ段階で質問攻めに遭うのは嫌だな」
そこで、またもや閃いた。
必殺、丸投げ。
両者の居る方に正対した。
「利家殿、織部殿、御伽衆で引き受けてくれないか」
両者は共に苦笑い。
揃って言う。
「「御伽衆を便利使いですか」」
「頼む」
与太郎は二人に頭を下げた。
両者は渋々頷いてくれた。
与太郎は三成に視線を戻した。
答えをまだ聞いていなかった。
すると三成、深く頭を下げた。
「某、喜んでお受けいたします」




