(新たな歩み)5
武蔵に続いて奥女中衆が膳を運んで来た。
同じスープが運ばれて来て、長テーブルの面々の前に置かれた。
武蔵が与太郎に小声で言う。
「肉の事は皆様には内緒でお願いします」
だろうな。
気にする者達が多いと思う、ので仕方ない。
武蔵がスープの飲み方を小声で教えた。
おおっ、テーブルマナーか。
んんっ、野蛮な南蛮にマナーが存在したのか。
やつら、海賊みたいなものではないのか。
手掴み手掴み。
しかし、素直に頷いておいた。
与太郎は木のスプーンでスープを口にした。
「美味い、美味いぞ武蔵」
与太郎に続いて大人達が木のスプーンを手にした。
「「「慣れませんな」」」
「「「同じく」」」
それでもスープを口にした。
「「「おおおー」」」
「「「美味いですな」」」
女子会の面々も顔を綻ばせていた。
「これは京極の屋敷でも作らせたいわね」叔母様。
「ええ、西の丸でもですわ」乳母様。
「奥も、ねえ淀殿」北政所様。
「与太郎に話しておきます」淀ママ。
他の陣幕からも絶賛する声が聞こえた。
武蔵が次の料理を運んで来た。
これは・・・魚。
切り分けられて小さくなっていた。
たぶん、三枚におろした胴の片身。
「発音が難しいのですが、バカダラです」
塩漬けした鱈であるそうだ。
その鱈を干して、素揚げし、刻まれた玉葱をたっぷり振り掛け、
バターと香辛料で炒めた、とは武蔵。
箸をつけた。
「これも美味い」
与太郎は箸を置いて武蔵に尋ねた。
「お前も作れるのか」
「いいえ、某はまだ駆け出しで、今は下拵え身分です」
厨方は年数で評価される職場。
武蔵では先は長くて遠い。
いやいや、本業は厨方ではなく剣術家だろう。
それでも敢えて聞いた。
「味は覚えたか」
「鍋で覚えました」
ふむふむ。
なめなめか、うい奴め。
「新免道場には竈はあるのだろう」
同じ養子達に手料理を作っていると聞いた。
「あります」
「そこで試してみろ。
必要な物はここの厨から持ち出して良い。
大角にはそう話しておく」
次に出されたのは意外にも、パエリア。
大きな具は、海老とブツ切りした蛸、玉葱と茄子。
これを塩とサフランで味付けした炊き込みご飯
小さな鉄鍋で出て来た。
漂う香りが鼻をくすぐった。
思い出した。
パエリアはスペイン料理。
だとすると、だな。
この時代のポルトガルはスペイン国王の統治下にある訳だ。
かつてのポルトガルはスペインと世界を二つに分け合った強国。
海軍強国としてポルトガルは地球を西回り進み、
スペインは東回りに進んだ。
そして新たな見つけた地を植民地として得た。
だが、それも昔の話。
当のスペインも。
世界に誇った無敵艦隊が、
イギリスの艦隊に破れたのもこの頃であったはず。
それはそれとして、このパエリアが美味しい。
絶品だ。
大人衆も女子会も大絶賛。
口々に褒めそやす。
貶す者は一人としていない。
それとは無関係にデザートが来た。
与太郎にはお砂糖が一杯入った珈琲と、すあま。
与太郎にとっては初めての珈琲。
砂糖が入っていても苦さは隠し切れない。
すあまで口を濁した。
大人達や女子会を見ると、ワインとチーズの盛り合わせ。
ああ、ここで年齢差が出てしまった。
それはそれとして、上様としての仕事は忘れていない。
厨方頭の大角与左衛門と、金髪頭のアベル・カルロス・フェラーリ、
通訳の洋三を呼び出した。
大袈裟なまでに褒め称えた。
それに恐縮する三人。
だが、これは上様としての仕事なのだ。
理解して欲しい。
その上で尋ねた。
「アベル、どれも美味しかったぞ。
私も皆も非常に満足した。
その方の望みを聞きたい、遠慮なく申せ」
アベルが通訳を介して言う。
「日ノ本に住みたいです。
市民として認めて欲しいのです」
「ポルトガルに戻らなくて良いのか」
「もう航海は懲り懲りです」
「どうしてなのだ」
「長い船生活には耐えられません。
嵐、病気、海賊、それらが絶え間なく襲ってくるのです」
「宣教師達は平気みたいだが」
「あれらには神が付いておりますから。
しがない私共には何も付いておりません。
付くとしたら、精々が死神です」
与太郎はアベルの意を汲んだ。
豊臣家の家臣として召し抱える事にした。
厨方兼御伽衆とした。
ついでに通訳の洋三も召し抱え、アベルの与力とした。
厨方頭の大角には、褒美として褒賞金を与えた。
三人が下がると与太郎は腕組みをした。
アベルのお陰で前世の記憶を朧気ながら、思い出した。
今は大航海時代の真っ只中。
スペインやポルトガルに代わってイギリスやフランスが出て来た。
そう、ある意味、後世の共通言語が確立する時代なのだ。
スペイン語、ポルトガル語、英語、仏語等欧州語諸々。
もしかすると、日本語が割って入れるチャンスかも知れない。
競合している欧州に比べると我が国は有利なのではないだろうか。
周辺に強国が存在しないので海軍力さえ揃えれば、だが。




