(新たな歩み)4
馬場までの道のりは厳重に警戒されていた。
近習だけでなく、馬廻りも動員されていた。
前回の襲撃の反省なのだろう。
死角が消されていた。
行き交う者達が上様の登場に道を譲った。
脇へ下がって両膝を着く者、片膝を着く者、身分によって違った。
途中から陣幕が張り巡らされていた。
入り口で片桐且元以下が出迎えた。
甲斐姫や大谷吉継は当然として、大人衆や女子会まで。
且元が目礼して言う。
「上様、用意が整いました」
良い香りが漂って来た。
南蛮料理。
期待ができそうだ。
に、しても、人が多過ぎないか。
与太郎は尋ねた。
「いささか人が多いように見受けられるが」
「皆様、どこかで耳にされたようで、このような有様です」
淀ママが言う。
「さあ上様、参りますよ」
付いて来るのは当然とばかりに背中を向けた。
仕様がない。
与太郎は淀ママに従った。
案内された先の奥まった陣幕に驚かされた。
紋様に金箔が用いられていた。
それも派手目に。
久方振りに見た。
秀パパの陣幕だ。
驚く与太郎に且元が説明した。
「上様に相応しい陣幕と考え、これを出しました。
逆に考えますと、敵に上様の居場所を特定されますが」
「一長一短か」
今の与太郎には防御能力がない。
口にせず、深く頷く且元。
与太郎は渡辺糺に明るく尋ねた。
「糺殿、身を委ねて良いか」
「当然です」
渡辺糺以下も頷いた。
与太郎は且元に指示した。
「千成瓢箪とは言わぬが、六瓢箪を高く掲げてくれ。
出来ればそれも金箔でな」
甲斐姫が言う。
「上様の居場所が分かれば、お味方も守り易くなります」
その陣幕の中に三名の者が控えていた。
一人は厨方頭の大角与左衛門。
金髪頭はアベル・カルロス・フェラーリ。
本人の名前・父の姓・母の姓、と三人目の通訳が教えてくれ。
その三人目は堺の商家の手代、洋三。
与太郎は洋三に指示した。
「皆に面を上げるように指示してくれ」
応じて三名が面を上げた。
大角からは親し気な色。
洋三からは遠慮気味な色。
アベルは違った。
遠慮せずに与太郎を繁々と見回した。
六才児の天下様に興味津々なのだろう。
与太郎は洋三を介してアベルに尋ねた。
「そんなに私を見るのは、私を料理する為か。
生まれたてなら美味しかったかも知れんが、今はこんなだ。
すまんが、そんなに美味くないぞ」
与太郎の取り巻きから失笑が漏れた。
洋三は困ったような顔でアベルに通訳した。
聞いて困惑するアベル。
慣れていた大角与左衛門が苦笑い。
「このアベル、なかなかの者です。
本日のお品書き、全てこの者の指導によるものです」
大角は時として空気を読み違えた。
それは今回もだ。
否、意識してか。
まあ、それは今は良い。
与太郎はアベルに言う。
「アベル、料理を楽しみにしているぞ」
三名が料理に取り掛かる為に退出すると、淀ママが言う。
「上様、おふざけも程々になさいませ。
皆困っておりますよ」
与太郎は残りの女子会を見回した。
北政所様、叔母様、乳母様。
その三人は穏やかな表情をしていた。
この手の冗談を理解している、たぶん。
他の取り巻きの面々は、と目を向ければ・・・。
それぞれで、割と武骨者もいて・・・。
まあ、良いか。
場を和ます話術の必要性も、咎めるつもりも毛頭ない。
頭に毛がないのは困るが。
金箔の陣幕内に腰を据えたのは女子会と供回りの頭達。
それに片桐且元や渡辺糺道場の一党。
堺の商家より手に入れた長テーブルが三卓。
同じく椅子が余りをいれて、およそ三十脚。
馬場が均されていたので支障はない。
ポルトガル料理と呼んでいいのか、アベル料理とするべきなのか、
それはしらないが、最初の一品が運ばれて来た。
運んで来たのは新免無二斎の養子、武蔵。
このところ姿を見かけないと思っていた。
それが今、目の前に。
与太郎の視線の色に気付いた甲斐姫が説明した。
「大角殿によると、武蔵の包丁の腕は大したものだそうです」
剣術と厨の二刀流に開眼したのか。
無二斎が言い訳。
「某の留守を預かり、子等の食事を作っていたせいで、
賄いが上手くなりました」
佐々木小次郎が追加した。
「うちの子等の食事も面倒見てくれています。
某も頂きましたが、味付けはなかなかのものです」
上番の忍びの頭が与太郎の耳元に口を寄せた。
「武蔵に厨方の様子を探らせています」
忍び仕事を加えると三刀流なんだが。
その武蔵が与太郎の前に膳を置いた。
小声で、与太郎にだけ聞こえるように言う。
「毒見は必要ありません」
聞こえたのか、忍びの頭が頷いた。
武蔵だけでなく、厨方に忍びを幾人か入れているのだろう。
膳には白磁の皿、透明のスープ。
武蔵が言う。
「なかなかのものです。
肉と野菜を贅沢に煮込み、香辛料で味を整えました。
その上澄みがこれです」
つまり煮崩れた肉野菜香辛料は最後に捨てたのだろう。




