(新たな歩み)3
与太郎は伊達家の様子を尋ねた。
これには甲斐姫が応じた。
「島津と似たようなものです。
上様宛に書状やお手紙を幾つも寄せております。
その駄文ぶりに取次役方が頭を抱えております。
赤筆を入れて送り返せば良いものを、お優しい方々ばかりですね。
勿論、幾人もの使者が城下に宿をとっております。
本家だけでなく、分家のそのまた分家までがです。
伊達もんは宿代の無駄と知らぬのでしょうかね。
今更ですが、上様を侮り過ぎです。
誇りは血が古いだけですのに、何て愚かしい。
ああそうそう、誇りではなく、これから舞い散る埃ですね。
未来永劫にお家が続くとは決まっておらぬのに、何て愚かしい」
伊達嫌いを隠さぬ甲斐姫。
居合わせた者達は口を噤んで、肩を震わせていた。
おい、お前ら、きちんと笑ってやれよ。
そう思うものの、与太郎自身も肩を震わせていた。
ここでも懸念は一つだけ。
与太郎は尋ねた。
「伊達家が降伏する事は」
「本旨は東北の一揆鎮圧です。
なのに伊達が降伏するのは筋違いです。
大名衆だけでなく、津々浦々の者達からも馬鹿にされます。
考える頭があるのなら、まずやらぬでしょう」
確かに本旨は一揆鎮圧。
伊達家とは一言も触れていない。
与太郎は念を押した。
「鎮圧軍が発されると聞いて、一揆勢が日和見することは」
「それは大丈夫です。
伊達が潰れるまで彼の者達は踏ん張るそうです」
当初、一揆は伊達政宗による仕掛けであった。
伊達政宗が忍び、黒脛巾組の一つに命じたもの。
手厚く支援した。
装備一つにしてもそう。
そこへ甲斐姫が、一族の成田氏郎党や豊臣忍軍を送り込んだ。
資金もふんだんに注ぎ込んだ。
豊臣家の銭金で殴りつけた。
傍目にはただの一揆だが、大きく膨れ上がった今は実態が違う。
甲斐姫が、伊達の影響力を削ぎ落して掌握していた。
勿論、端々の一揆勢はその限りではなかった。
不自然にならぬよう、囮として好きに泳がせていた。
小姓の一人が与太郎のお茶を淹れ替える際、
小さく折り畳んだ文を差し出した。
「厨方頭より預かっております」
確かに大角与左衛門の手跡であった。
一も二もない。
さっそく目を通した。
南蛮料理を学びたいという大角与左衛門に頼まれて、
堺の代官に南蛮料理人を手配させた。
ふむふむ、ふむふむ。
今、厨方に南蛮料理人を雇い入れ、学んでいると。
ふむふむ、ふむふむ。
厨方のお品書きに幾品か加えた、と。
これは面白い。
「甲斐姫、これを読んでくれ」
読み進めた甲斐姫が顔を上げた。
伊達家への執念を忘れたような表情をしていた。
与太郎は提案した。
「味見を頼めるか」
「南蛮料理ですか」
偏見はなさそうだ。
「私が向かえば厨方が大騒ぎになる。
そこで代理を頼みたい。
私に代わって味見をして、それが気に入ったなら、
厨方に馬場で野外料理をさせて欲しい」
「なるほど、あの馬場は私の管轄でしたわね」
「そなた一人ではないが、まあ、似たようなものか。
そこでお茶席のようなものを開きたい」
側で聞いていた吉継の白頭巾が不自然な動き。
思わず尋ねた。
「吉継、南蛮料理に興味があるのか」
「はい、大いに」
吉継の病は伝染病ではない。
ちょっと根深い業病なのだ。
与太郎が暇に飽かせて【生活魔法(治癒)】を掛けているので、
このところ前田利家同様に改善して来た。
ところが、一部ではあるが、伝染病と勘違いしている者達がいた。
秀パパのみでなく家康や利家が可愛がっていても、
理解しない者達が一定数存在した。
その者達を思うと、厨方への立ち入りは勧められない。
その者達の為ではなく、吉継の為にだ。
吉継を悪意に晒したくない。
「それではその方を一番に招待しよう。
甲斐姫、そのように頼めるか」
甲斐姫がクスリと笑った。
「野外料理の席に上様が困らせた方々を招くのですね」
甲斐姫は厨方に突撃したのだが、続報がない。
与太郎に報告しないで、何やら画策していた。
与太郎の小姓や近習を走らせていた。
その小姓や近習にも不満はないようで、喜んで走り回る気配。
吉継も穏やかな眼差しであった。
だから与太郎は何も聞けない。
四日後、執務室に甲斐姫だけでなく、吉継も来ない。
「何か聞いていないか」
上番の小姓や近習、右筆、忍びが目を逸らした。
まるで示し合わせたかのよう。
そこへ渡辺糺が来た。
伊東一刀斎、新免無二斎、佐々木小次郎を引き連れていた。
「さあ上様、参りましょうか」
「どこへ、何も聞かされてないんだが」
「馬場です」
ピカ~ン。
符号した。
馬場での野外料理だ。
それでも駄々を捏ねた。
「私は何も聞かされてないぞ」
「さあさあ、子供でもあるまいし、参りましょう」
まだ六才なんだけど。
渡辺糺に促された無二斎と小次郎が与太郎の両脇に手を入れ、
荷物でもあるかのように担ぎ上げた。
これに対し、上番の者達は何も言わない。
どちらかと言えば、嬉々としていた。
与太郎は負けを認めた。
「分かった、歩くから降ろしてくれ」
解放された。
なんか、上様の扱いが酷くない。
上様だよ。
そんな与太郎を見て一刀斎が顔を綻ばせていた。




