(新たな歩み)2
与太郎が大広間で一芝居を打ってから三日が経った。
あれは、思えば小芝居だった。
事前に大人衆に下話は通していたが、
そこまでの流れから大きな思いに駆られただけのこと。
突き動かされるままに、口にした。
即興で平伏もした。
それが大勢に火を点け、大きなウネリとなった。
城内は今もその影響下にあった。
文武官が忙しそうに走り回っていた。
御馬揃えの準備に、公儀の、錦の御旗制作が重なった。
初めての事なので、試作試作の繰り返し。
加えて、公儀としての旗指物や馬印も制作する事になっていた。
反発もあった。
内裏とその周辺からだ。
公家公卿からの働き掛けなのだろう。
寺社筋や町年寄り名義の、伏してお願いなる書状が、
京都所司代へ続々と届けられた。
与太郎は、それ有ると予測し、所司代々官の前田玄以には、
湯治へ向かうようにと指示して置いた。
「年寄りなのだから、御馬揃えに間に合えば良い。
それまでゆっくり湯治してくれ。
飲み食いも含めて費用は全て当家持ちだ」
長期の湯治を許した。
その間の所司代には代理も置かなかった。
所司代の格を一段も二段も落とした。
所司代が機能してないと気付いたのか、
大坂城へ書状が届けられるようになった。
こちらは取次役方が受け取った。
しかし、それっきり。
開封しないで奥の棚に積み置き。
本気で向き合う気はない、大人衆がそう断じてのこと。
こちらの対応に焦れたのか、現役の高官が出向いて来た。
蔵人、頭中将。
前触れの者が、錦の御旗の話をぶり返した。
下賜に前向きな言葉。
本来であれば上様が対応するのが筋かも知れない。
ところが大人衆が反対した。
「餌に釣られてはなりません。
ここは我等にお任せくだされ」
大人衆が、錦の御旗は餌、と断じた。
冷静に考えれば相手は口説を得意とする輩。
ただの手管と推測したのだろう。
与太郎は出座しない事にした。
執務室へ戻った。
戻った与太郎に、白頭巾の大谷吉継が言う。
「上様暗殺を企んだ椎名将成の一件、片を付けました」
居合わせた者達が全員、身動きを止めた。
全ての視線が吉継に向けられた。
与太郎が馬場で襲撃された一件だ。
与太郎は冷静に尋ねた。
「きちんと調べたのか」
「はい、某一人でなく、忍び衆の力も借りました。
裏どりは、これまた別の忍び衆です」
豊臣忍軍は大雑把に伊賀党、甲賀党、根来党、雑賀党、
風魔党を抱えていた。
丸抱えではない。
それらの家門や、系譜に連なる者達だ。
召し抱える数は大名では随一だろう。
「で、件の裏にいたのは」
「公家でした。
椎名家とはここ最近ではなく、昔の誼であったようです」
「昔の誼で椎名は家を潰したのか」
「そのようです」
与太郎は吉継をジッと見た。
「公家の名は」
「それは聞かないお約束です」
「しかし・・・」
「お命を狙われたのは上様です。
ですが、そんな輩に囚われないで下さい。
上様には常に前を向いて欲しいのです。
これは我等一同の願いです。
下衆は我等にお任せを」
吉継が深く頭を下げた。
居合わせた皆もそれに倣った。
下げられた頭、頭、頭。
それを見て与太郎は溜息。
「分かった、そうしよう」
忠義者には適わない。
控えていた甲斐姫が話題を変えた。
「そうそう、島津や伊達から使者や訴えが来ているそうですね」
島津には、島津家討伐は青天の霹靂だったらしい。
当初、伝え聞いた者達は耳を疑い、鼻で笑ったそうだ。
「「「何を抜かすか、この愚かもんが」」」
「「「寝ぼけちょるんか」」」
ところが、畿内から追放された者達が戻って、それを告げるや、
事態は一変した。
「「「なんだと、どうしてそうなっちょる」」」
「「「義久様からのご指示は何と」」」
「「「義弘様や忠恒様はどこに居なさる」」」
桜島の大々噴火を思わせるほどの大揺れ。
身分に関係なく、上も下も大騒ぎ。
人が集まるや腰を据えて、置かれた状況を論じた。
伊集院家討伐どころではなくなった。
「「「佐土原島津の豊久様はお戻りにならぬのか」」」
「「「伊集院の相手をしてる場合じゃなかろうて」」」
もっとも伊集院家は素知らぬ顔で戦を続けていた。
与太郎は誰にともなく尋ねた。
「私の手元には何も届いていないが」
島津伊達からは一通の文すら届けられていない。
甲斐姫が与太郎に告げた。
「上様宛の書状や手紙、文、使者は取次役方の手を経るのです。
通して良いのかどうか、あの者達が判断致します。
信じてお任せ下さい。
あの者達を、上様の盾だとお思い下さい」
与太郎は頷いた後、一つの懸念を伝えた。
「討伐軍が向かう前に降伏することは」
それには吉継が答えた。
「それは有り得ません。
島津家は武張ったお家柄。
一戦もなく降伏すれば、それまでの武名を一挙に失います」
「死んだも同然か」
「ええ、そうです。
島津家はそういうお家柄です。
少なくとも一戦はするでしょう」
太閤殿下の時のように交渉で失地回復を図るのか。
東北の一揆鎮圧が捗々しくなければ、有効な手かも知れない。
捗々しくなければ、だが。




