(新たな歩み)1
前田玄以の、横槍との発言に、与太郎が、東と返した。
それに皆がざわめいた。
心当たりがあるのだろう。
誰かが、徳川家と呟いた。
それに大勢が頷いた。
決まりだろう。
与太郎は玄以を見た。
「徳川殿の横槍も有るだろうが、
島津伊達の両家は内裏とは古くからの付き合いだ。
公家公卿からの反発もあるのだろう」
島津と伊達はお家柄が古いだけに、公家公卿とも近しい。
詳しくは知らないが、婚姻を重ねたお家も有ると推測できた。
その上で敢えて玄以に尋ねた。
「見通しはどうだ」
玄以は間を置いて答えた。
「もう少し、時間さえ頂ければ」
「それでは御馬揃えに間に合わない。
我等武家方は、公家公卿方とは違い、とても忙しいのだ。
田植えもあれば、稲刈りもある。
偶には首狩りもな。
悠長に女の尻を追っている方々とは違うのだ」
誰かが噴いた。
それを切っ掛けに大広間は爆笑の渦に包まれた。
身を捩って笑う者、隣の肩を叩いて笑う者、大口を開けて笑う者。
与太郎の左右に控えている者達も例外ではなかった。
生真面目に筆を進めるのが役目の右筆達もだ。
北政所様や淀ママ達は流石だった。
口元を両手で隠し、お上品に・・・笑っていた。
暫くすると前田利家が床を優しく、トントンと叩いた。
「方々、話を進めましょう」
その利家も口元を手拭で拭っていた。
どんだけ笑ったんだ、利家。
大勢が姿勢を正す衣擦れの音が広がった。
落ち着いた頃を見計らかい、与太郎は即座に謝った。
「口が過ぎたか。
すまぬな、太閤殿下の血が騒いでしまった」
これにも小さな失笑が続出した。
与太郎は構わずに玄以を見遣った。
「玄以殿、其方を責めるつもりはない。
悪いのは全て内裏。
自分達の都合ばかりで、けっして民心を省みようとしない。
甚だ残念な方々ばかりだ。
済まぬな玄以殿、お主に押し付けてばかりで」
与太郎は深く頭を下げた玄以から視線をずらし、
四大老を見遣った。
「尋ねる。
錦の御旗は間に合わないようだ。
そこで公儀で、武家方の錦の御旗を作ってはどうか、と思う。
この考え、皆はどう思う」
四大老には事前に、片桐且元を通して下話をしておいた。
その時点で否はなかった。
逆に喜んでいた。
この場でも揃って同意した。
「「「喜んで賛同いたします」」」
四大老が異論一つなく賛同したのは大きかった。
三中老が即答。
「「「異存御座いません」」」
前田玄以を含む五奉行衆も。
「「「承知いたしました」」」
寄らば大樹の陰。
長いものには巻かれろ。
大名衆が遅れじと追随した。
次々に賛同し、深く頭を下げた。
異論は一つも出なかった。
与太郎は前田利家を手招いた。
「利家殿」
彼にも事前に下話を通していた。
膝スリスリ、少し進み出て正対し、軽く頭を下げた。
「はい、某に」
「御伽衆の知恵を絞って、公儀の錦の御旗を作って欲しい。
それも大至急、速やかにだ」
「承りました。
それで特にご注文は」
「派手に頼む」
与太郎は一同を見回した。
不遜の色は感じ取れない。
かるく頷いて、またまた玄以に視線を戻した。
「ときに玄以殿、内裏へ融通する銭金を減らしてくれ。
仕事しないのなら、それほど必要ではないからな。
今までの半分でいい。
その代わり、一揆も野分も全て我等武家方で対処する。
削減した銭金を必要とする被災地への救援金とする。
せっかくだから、今回の討伐鎮圧にも巧く配分してくれ。
五奉行で相諮って巧くな、頼むぞ」
これは下話をしてない。
この場で思い付いたこと。
口を閉じて、大広間を見回した。
何れも驚ている顔ばかり。
代表するかのように長岡藤孝が挙手をした。
「上様、宜しいですか」
「藤孝殿か、良き知恵でもあるか」
「良き知恵は御座いません。
その前にお伺いしたき議が御座います。
上様のお言葉ですと、武家方が全て差配するように聞こえます」
「そうだ、そのように申した。
これまでは内裏や公家公卿に届けていたが、それを省く。
あのような者達を相手にしていては迂遠になるばかり。
時間の無駄だ。
それに元々、一揆も野分もその土地の武家方が手当てしていた。
しかし、それでは足りないだろう。
銭金とか、人手とか。
そこで公儀として、大きな形で挑むことにした」
藤孝が黙った。
考えを巡らす色。
与太郎は最後の一言を告げる為、大広間を見回した。
「武家方で天下に安寧を齎す。
五穀豊穣、商売繁盛、家内安全。
そんな世を武家方で造り上げたい。
方々、済まぬがもう少し血を流してくれぬか。
お頼み申す、この通り」
与太郎は素早く、その場で大仰に平伏した。
身分からしたら有り得ないこと。
藤孝の反応は早かった。
与太郎に倣って大仰に平伏した。
「上様、この老いた血で宜しければ幾らでも」
利家も負けじと言葉を重ねた。
「この利家、如何様にもお使いくだされ」
二人が呼び水になった。




