(交差する疑惑)7
真田昌幸がしれっとした顔で言う。
「今井宗薫の名を出しておきました」
堺の豪商兼茶人。
秀パパの御伽衆兼茶頭であったのだが、秀パパが亡くなるや、
家康の御掟破りに加担した。
現在彼は、他の連中を見習って謹慎していた。
毛利輝元が尋ねた。
「宗薫に何をさせるつもりだ」
「当然、辰千代殿の世話です。
徳川家と親しい者にその役目を譲るのが親切ではないか、
そう考えた次第です」
輝元はそれだけでは納得しない。
「何を企んでおる、詳しく申せ」
「徳川家や今井宗薫には詳しく話してませんが、
今回の件が、大坂の町割りの一助になるかと思いまして」
町割り。
大雑把に言えば、大坂の町の区画整理であった。
真田家にその町割りの役目は振っていない、筈だが。
何を企んでの事だか。
輝元は軽く頷いた。
「ほうほう、耳聡いな。
たぶん、あの湿地帯のことであろう」
「ええ、町を広げる妨げになっていると聞きました。
それで辰千代殿を受け入れる屋敷をあの辺りに作らせ。
ついでに湿地帯を埋め立てて貰おうかな、と。
如何か、余計なお節介でしたか」
「いやいや、結構結構。
辰千代殿に藪蚊は申し訳ない」
上杉景勝が誰に聞かせるともなく言う。
「今井宗薫ほどの分限であれば、人も財も豊かでしょう。
安心して任せられます」
おお怖っ。
悪辣だな、うちの大人達。
御掟破りに加担した罪とは言わないが、
今井家の蔵を空にするつもりなのだろう。
与太郎は昌幸に微笑んだ。
「昌幸殿、徳川家との交渉を無事に終えたら、
新たな仕事をしてもらう。
大坂の町の町割り衆に組み込む、良いか」
昌幸が全身で喜びを現した。
「喜んで承ります」
「ついてはその湿地帯を終えたらだが、町の掘割も頼みたい。
堀の総ざらえついでに広げる余地があれば、広げてくれ。
・・・。
そうだ。
宗薫殿を巧く言いくるめて、総堀とし、町だけでなく城の堀も頼む。
外堀も内堀もだ」
昌幸の表情が固まった。
「それですと、今井宗薫が破産するおそれが」
与太郎はわざとらしく、手を左右に振った。
「嫌だな、私はそこまで悪辣じゃない。
この機会に徳川家と親しい商家も巻き込んではどうかな。
さすれば今井宗薫家は破産せぬだろう」
完成すれば、大坂の町の堀は、宗薫堀、だな。
大詰めが近付いて来たのか、このところ与太郎は忙しい。
本日は三中老との打ち合わせだ。
議題は当然、御馬揃え。
日時と参加する大名の名前が緩く挙がった。
そして、二つに分けると手間暇がかかるので、一つに纏めると。
島津家討伐、東北一揆の鎮圧、その御馬揃えを同日挙行となると、
随分と大掛かりなものに。
幸い、大坂の町造りは未だに途上なので、広い遊休地もあった。
無理すれば熟せるだろう。
大人の衆が、たぶん。
与太郎は中老の一人、中村一氏を見遣った。
「一氏殿、領地は駿河であったな」
「はい、駿河で御座います」
「東北の一揆鎮圧勢と共に下ってくれるか」
「すると、お江の方様の受け入れですな」
「そうだ。
真田昌幸殿が徳川家と打ち合わせをしている。
その答え次第だが、昌幸殿と相諮り、宜しく頼む」
駿河まで一揆鎮圧勢を見送った後、
お江の方様御一行を受け入れる。
下話で了解は得ていた。
しかし、このように多勢の耳に入れる事が大切なのだ。
情報の共有と拡散。
ここには三中老のみならず、彼等の随行の者達も控えていた。
そして与太郎側の供回りと右筆達の耳目もあった。
口外するな、とは申してないので直ぐに広がるだろう。
当然、これが為政者としての振舞い。
上洛していた大名衆等を大広間に集めた。
御馬揃えもあり、大勢が顔を出した。
原因は前田玄以の報告にあった。
それを皆と共有する為に緊急招集した。
ここでも情報の共有と拡散。
与太郎は改めて前田玄以を前に召し出した。
「如何なる話かな」
玄以は二度目の報告なので落ち着いていた。
「錦の御旗の下賜が芳しく御座いません」
内裏に、島津討伐と東北の一揆鎮圧の二つを願っていた。
「島津か、東北か」
「双方共にです」
途端に大広間でざわめきが起きた。
「「「馬鹿な」」」
「「「我等を蔑ろにするか」」」
片桐且元が床を叩いた。
「お静かに」
与太郎は一同を見回してから玄以に目を戻した。
「して、その訳は」
玄以が頭を下げた。
「確とした理由は聞かされておりません。
ただ、時期が悪いとのみ」
与太郎は身を乗り出した。
「時期が悪い、とな」
「はい、そうとしか」
与太郎は姿勢を正した。
「一見さんお断りでもなかろう。
色々とこちらは世話をしている、違うか」
「はい、過分なお世話をしております」
特に銭金には。
まともな仕事をせぬ連中にばら撒いていた。
不足はないはず。
「う~ん、その方の考えは」
「おそらくですが、どちら様からの横槍が入ったのでは、と」
「どちら様からの横槍か。
なるほど、東か」




