(交差する疑惑)6
与太郎は、名案名案と自賛自称。
これに冷水が浴びせられた。
郡宗保だった。
「上様、それはなりません。
糸姫様はお可哀想ですが、大坂城で引き取ると、
御掟破りを容認したと受け取る向きも出てきます」
あっ、そうか。
迂闊だった。
お可哀想は良いとしても、これは政なのだ。
与太郎の言葉一つで状況が一変する。
当人の思惑とは別の解釈も成り立つ。
あるいは、無理にでも、成り立たせる。
実に面倒臭い。
大人達が勝手に意見を交わし合う。
実に姦しい。
お茶席の女子密度からすると、それも当然か。
対して男は古田織部と郡宗保の二人。
与太郎は男と言うより、児童枠。
それらを横目に与太郎は腕を組んだ。
誰もいなければ加藤福島黒田蜂須賀の四家を褒めてやりたい。
流石は秀ハパの子飼い、と。
秀パパは、織田家から権力を簒奪し、
遂には天下様に成り上がった。
それを間近にて学んだのが彼等。
そんな彼等が今回の御掟破りに加担したのは、
次の天下様は徳川家康に違いなし、そう予期しての先物買い。
普通であれば彼等の思惑通りに運んだはず。
運が悪かったのは与太郎の存在のみ。
六才児の口先一つで躓くとは、なっ。
チ~ン、ご愁傷様。
しかし解せないのは黒田如水だ。
あの智謀の人が、キリシタン大名が、糸姫との離婚を承知とは。
傍目には、家康の歓心を買おうとした下心が丸見え。
が、果たしてそれだけだろうか。
世間を油断させて、心底に別の思惑・・・。
ウ~ム、読めない。
しかし、家康方の思惑は理解できる。
秀パパの子飼いを誘引するにしても、
一致団結させたままでは安心できない。
風に流され易い愚衆心理。
諸刃の剣のような危うさを見抜いたのだろう。
そこで婚姻に託けて楔を打った。
智謀の黒田家と、股肱の臣の蜂須賀家との間に亀裂を生じさせた。
北政所様の声がした。
「上様、残念ながらこちらは表に出ない方が宜しいでしょう。
代わりに、気安くしている商家を動かします」
最もな提案だ。
北政所様の人脈は広く深い。
大名衆から寺社衆はもとより各地の商家にも及んでいた。
ここは頼りにしよう。
与太郎は軽く頭を下げた。
「宜しくお願いします」
数日する真田昌幸から朗報が届いた。
徳川家との交渉が纏まった、後は正式に文書を交わすのみ、と。
何はともあれ、大老衆同席で話を聞くことにした。
前回同席した長岡藤孝と、元気になった前田利家も招いた。
この二人が側にいると心強いのは、気のせいだろうか。
昌幸が面を上げた。
「手古摺らされましたが、ほぼこちら側の言い分が認められました」
一揆討伐軍の関東通過が認められた。
その際の本多忠勝の道案内はなし。
代わりに、途次に領地を持つ豊臣家公儀方の大名、
徳川方の大名が道案内する。
与太郎がその点を褒めると、昌幸の顔が大きく崩れた。
「いいえいいえ、それもこれも上様のご威光で御座います」
いつもは無表情なのだが、今回は嬉しさに満ちていた。
与太郎は小さな毒を投げた。
「伝え聞くところによれば、お主、悪辣だったそうだな。
家康殿は大丈夫か、それとも正信殿か」
「まさか、こんなに小心者が」
「自分で小心者と言うか・・・。
それで、お江の方様や辰千代殿の護衛は」
「五十騎を率いて酒井家次殿が来られます」
亡き酒井忠次は徳川家家臣団筆頭。
その嫡男だそうだ。
率いるのは五十騎以外に、徒士や足軽小者を含め二百余。
お江の方様の女衆も含めると三百近い。
これでも絞ったそうだ。
ただし、駿河口までの徳川方の護衛は万を超える。
そして、駿河口で迎え入れる公儀方は、これまた万を超える。
となると、甲冑や鉄砲等の装備で意地の張り合い・・・か。
矢弾の代わりに銭金が飛ぶ。
何を思ったか、利家が与太郎を見た。
「某が上様に代わり、駿河にて出迎えましょう」
意外な言葉を聞いた。
その為に呼んだ訳ではない。
与太郎は慌てた。
「まてまて」
そこへ藤孝の声が重なった。
「お待ちを、利家殿」
利家が心外そうな表情で与太郎と藤孝を交互に見遣った。
与太郎は藤孝に譲った。
心得た、と頷く藤孝。
「利家殿、某も利家どのも隠居した身。
この手の役は若者に譲りましょう。
我等は酒を飲みながら舞台を見るのが役目、そう思われませんか」
利家も合点がいったように表情を崩した。
与太郎は昌幸に肝心のもう一つを尋ねた。
「辰千代殿の処遇は」
「徳川家としては大坂城を望みました」
「ほう、やはり、で」
「某は断りました。
その点、妥協はありません」
毅然とした昌幸。
「で、家康殿はなんと」
「次に伏見城を望まれました」
城代は家康の庶兄扱いの結城秀康。
弟の世話させて、それを機に、情で徳川方に取り込むつもりか。
見え見え過ぎて、胸糞が悪い。
「断ったのだな」
昌幸が悪い顔で頷いた。
「当然です。
この昌幸、上様の忠実な下僕で御座いますから」
この昌幸、下僕かどうかは知らないが、妙に口が巧い。
にっ、憎めない。
「それでどうした」




