(交差する疑惑)5
女子会で唯一、提案しないのは淀ママ。
誰かに肩入れする事もなく、お茶席を楽しんでいる様子。
抹茶を味わい、きんつばを摘まんでいた。
このまま黙っているのは淀ママらしくない。
しかし、今日はこのままでいて欲しい。
与太郎は淀ママから視線を外し、思案を続けた。
そして、今は決めない事にした。
「今、真田昌幸殿が徳川家と交渉中です。
取り敢えずその交渉が纏まるを待ちましょう。
汗をかいてる昌幸殿を無碍にするのも、心苦しいですからね」
それで女子会は渋々引き下がった。
与太郎は紅茶をお替りした。
するとお茶請けも代わった。
兎の形の、ねりきり。
凝った造形の兎を眺めながらお茶を口にした。
「ところで上様、御掟破りに加担した福島加藤等を潰すのですか」
飲んだところにこの問い掛け。
思わず与太郎は咽てしまった。
「うっ、げっ、げほげほっ」
すかさず甲斐姫が与太郎の背中に回った。
「大丈夫ですか」
懸命に背中を摩りながら、手拭を差し出した。
与太郎はその手拭で口周りを拭いた。
その問い掛けの主は誰あろう、淀ママだ。
与太郎が視線を向けると、悪戯を見つけられた少女のような笑み。
「ごめんなさいね」
確信犯だ。
通常は「秀頼」「秀頼殿」と呼ぶが、今回は「上様」。
その時々の感情を表しているのかも知れない。
与太郎は迷った。
口の固い者達ばかりやけど、心情を吐露すのは早いんちゃうか。
聞かされるんはめっちゃ迷惑やろなあ。
北政所様が口になされた。
「上様、上様はご存知ないでしょうが、蜂須賀家は亡き小六殿から、
太閤殿下をずっと、ずっと支えて来たお家です。
それも、あの墨俣城以前から長く支えてこられたお家です。
そして黒田家、このお家もそうです。
太閤殿下が西へ向かわれた頃から、ずっと膝下にあって、
支えてこられたお家です。
シメオン如水殿、川並の小六殿、お二人は陰になり日向になり、
この豊臣家を支えてくれました。
その功績、仇や疎かにしてはいけませんよ」
その蜂須賀家黒田家、共に御掟破りに加担したお家。
だが、与太郎は口にしない。
黙って頷き、続きを促した。
北政所様は理解されたようだ。
微笑まれた。
「奥にて色んな子供達を世話しておりました。
例えば浅井家の三姉妹とか」
これに淀ママや叔母様が頷かれた。
乳母様も同意された。
「そうでしたね、うちのお豪もおりました。
そうそう、八郎殿もおりましたね」
北政所様は、戦地を駆け回る太閤殿下の留守を預かっていた。
内政だけでなく、養子猶子人質の世話をしつつ、
傍らでは血縁地縁の子等を学び遊ばせていた。
そのお陰か、年下の人脈は驚くほど広い。
八郎は今の宇喜多秀家。
お豪はその正室。
結城秀康、徳川秀忠。
秀吉子飼いの大名や武将の面々。
北政所様は虎之助市松と二つの名前を挙げられた。
加藤清正と福島正則のことだ。
二人の子供時代を語られたのだが、与太郎には響かない。
腕白だったとかは、大人になった今は関係ない。
与太郎の心底が分かったのだろう。
北政所様が言葉を途中で止められた。
悲しそうに見詰められた。
「上様、そうなのですか」
そんな表情をさせるつもりではなかった。
だからといって頷く訳には行かない。
考えも無しに口にした。
「糸姫が可哀想ですね」
糸姫、その一言で場が凍った。
亡き蜂須賀正勝の次女だ。
今の当主、蜂須賀家政にとっては実妹。
秀パパが股肱の臣である蜂須賀正勝の次女を養女とし、
黒田家へ縁付けた。
糸姫を黒田如水の嫡男、長政に嫁がせた。
秀パパの、豊臣家を盤石とする布石であった。
それを蜂須賀家も黒田家も理解していた。
当時は、だ。
ところがなのだ。
両者が家康の御掟破りに加担した。
殊に黒田家、正室である糸姫を離縁し、
新たな正室を徳川家から迎え入れる事に舵を切った。
これを裏切りと言わずして・・・。
誰もが口を閉ざしたので、与太郎は敢えて北政所様に尋ねた。
「糸姫の処遇は決まりましたか」
加藤家と福島家には既に家康の養女が嫁していた。
ところが蜂須賀家と黒田家は来年の予定。
おかしいのは、予定はしていてもその日時が確定していないこと。
おそらく、この糸姫問題が影を落としているのだろう。
北政所様の口は重い。
「黒田家としては蜂須賀家に引き取ってもらいたい意向だとか」
はいそうですか、とは言えない蜂須賀家。
強引に送り帰せない黒田家。
みんな押し黙った。
噂好きの女子会は誰も口が重いようだ。
仕える者に似た局達もそうらしい
与太郎は一石を投じる事にした。
「北政所様、糸姫殿は父の養女ですよね」
「ええ、それが」
「こちらで引き取りませんか」
「えっ、・・・引き取る」
「養女でしょう。
引き取るのに問題はない筈です」
「それだと黒田家と蜂須賀家が」
「婚儀が進められる、と。
それも面白いと思いませんか」
北政所様は戸惑いのまま、女子会の面々を見回された。
淀ママの声が響いた。
「加藤福島だけでなく、黒田蜂須賀も徳川に付けるつもりなの」
家康も徳川一家だけでは豊臣に抗しきれない、と見ているはず。
そこへ加藤福島蜂須賀黒田を追いやれば・・・。




