(交差する疑惑)4
与太郎は真田昌幸に言い渡した。
「昌幸殿、徳川家との交渉は引き続きお主に頼む。
皆の意見も踏まえて、な」
昌幸が大きく頷き、問い掛けた。
「某にはどこまでお任せ頂けるのでしょうか」
「お主の塩梅に任せる。
味付けと同じだ。
あちらにもこちらにも美味しく、な」
周りの者達が噴き出した。
昌幸は困り顔。
「具体的には」
「昌幸殿、私は子供だ、その子供に尋ねるのか。
この際だ、表裏比興の者の交渉、しっかり学ばせて貰う」
「はあ、・・・承知。
某の手料理を振舞いましょう」
承知する昌幸を見返す与太郎の背中を、
冷や汗が滝のように流れた。
与太郎はこの時、お江の方様と辰千代の来訪の裏に潜む、
あるものに気付いた。
徳川秀忠の正室と家康の六男となれば、
内々だけでなく対外的にも、それ相応の警護が付けられる筈だ。
家康はそれを隠し、訪問のみを事も無げに昌幸に告げた。
おそらく、昌幸との交渉がきっかけとなり、
ある意味、悪戯心が湧いたのだろう。
今頃は書状を持った使番が江戸へ向かっている頃合い。
それを読んだ秀忠は困惑するだろう。
なんて気の毒な。
与太郎は秀忠への同情心をグッと飲み込み、
片桐且元を見返した。
「お江の方様の警護を関東のみに任せるのは業腹だ。
駿河は中村一氏であったな」
言葉に皆が居住まいを正した。
理解が及んだらしい。
片桐且元も顔を強張らせ、与太郎に低頭した。
「はっ、はい、いかにも三中老の中村です」
「中村と相諮りこちらから警護の兵を出せ。
そして関東の兵が入るのを許すな。
直ちに関係する者共へ、その旨を伝える使番を走らせろ」
昌幸も顔を強張らせていた。
お江の方様はお味方も同然の名前。
加えて、いたいけな六男。
家康は本交渉で昌幸を相手に、大いに手古摺らせ、
引き摺りまわし、その過程で決定事項として訪問を伝えたのだろう。
それも、公儀は奥の意見を無視できないと計算してのこと。
詐術で付け込んだ、のであろう。
与太郎はその昌幸に優しい言葉をかけた。
「家康殿が元気で何よりだ。
そうではないか、昌幸殿」
怒りは収まらないらしい。
「某、疑ってかかるべきでした。
あの糞狸、鍋で煮てやります」
「怒るな、怒るな。
怒れば目が曇り、頭も曇る」
翌々日、急遽、女子会よりお茶席に招かれた。
上様なのに断る選択肢はない。
与太郎は甲斐姫と七手組筆頭の郡宗保、
二人を伴ってお茶席に出向いた。
すでに女子会は顔を揃えていた。
北政所様、淀ママ、叔母様、乳母様。
和やかな話に花を咲かせていた。
亭主役はいつものように豊臣家の茶頭、古田織部。
介添え役は女子会の局達。
織部は相も変わらずゆったりとお茶を淹れ、
介添え役の局達に配るよう指示をした。
与太郎にはいつもの砂糖入りの紅茶。
そこからが違った。
北政所様には紅茶ミルクティー。
お母様には抹茶。
叔母様には水出しのお茶。
乳母様には抹茶。
女子会は揃って、「たまには違ったものも良いでしょう」と笑い、
お茶請けの「きんつば」を頬張り始めた。
織部が、厨方頭の大角与左衛門に無理を言って作らせたのだろう。
甲斐姫は抹茶。
「苦いのも好きなのよね」
織部が応じた。
「おやおや、きんつばが一番ではなかったのですか」
「きんつばは口直しよ、口直し」
郡宗保がきんつばに手を伸ばした。
「厨方頭のきんつばは絶品ですな。
町の職人のとは一味違います。
当家の女子共にも土産にできたらと思います」
やおら、北政所様の目配せでお母様が口を開いた。
与太郎に尋ねた。
「江戸からお江が来るそうですね」
やはり徳川からの文が密かに届けられたらしい。
その伝手が判明していないので、困ったものだ。
「はい、そう聞いています。
で、逗留先はどうなりますか」
「お江はここで良いわよね。
元々ここに住んでいたのだし、ねえ」
はい、決定ですね。
「辰千代殿は」
「それが問題なのよ。
ここでは拙いわよね」
拙いです、大いに拙いです。
この上様も襲撃されたんです、内緒ですけど。
だから、安全とはとても断言できません。
与太郎はこれもあろうかと、七手組筆頭の郡宗保を同道していた。
「郡殿、なにか良い案はないか」
「島津と伊達の大坂屋敷が空いています。
そこへ辰千代殿を入れられては如何ですか」
島津家と伊達家が畿内に持つ屋敷や領地を公儀で接収した。
叔母様がきんつば片手に言う。
「うちでは駄目なの」
京極家の大坂屋敷。
広さは問題ないが、交際範囲も広いので人の出入りが多い。
そこが欠点だ。
代わって北政所様が言う。
「徳川の屋敷は」
辰千代の供回りは制限するつもりだが、
大坂屋敷の兵が増えるのは感心しない。
しかし、考慮の余地はあった。
乳母様までが言う。
「そうそう、西の丸は」
大坂城の西の丸は前田利家の隠居所化していた。
当然、その正室である乳母様もご一緒だ。
人の出入りは前田家側の番人が目を光らせていた。
西の丸に籠ってもらうのも一つの手ではあった。




