(交差する疑惑)3
与太郎が頭を抱えていても真田昌幸は遠慮はしない。
「お江の方様が辰千代殿を連れて参られます」
えっ、辰千代・・・、誰だ。
困惑する与太郎に片桐且元が教えてくれた。
「辰千代殿は家康殿の六男になります」
家康の六男。
すっかり失念していた。
御掟破りの、表向きの主役の一人だ。
この辰千代は与太郎の一つか二つ年上。
お相手の伊達家の五郎八姫は一つか二つ年下。
共に幼いので、適齢を待って婚儀する予定であった。
果たしてその通りに運ぶのかどうかは神のみぞ知る。
それはそれとして問題は、秀パパ子飼いの四家。
加藤家、福島家、黒田家、蜂須賀家。
肝心なのはこの四家なのだ。
加藤清正と福島正之の二人はすでに娶っていて、
引き返せない立場に置かれた。
黒田長政と蜂須賀至鎮の二人は翌年に予定していたので、
傍目には引き返せるのだが、それは難しいだろう。
武士の面子があった。
上様の介入があれば違うだろうが、肝心の上様、その気がない。
与太郎は皆の視線を痛いように感じた。
いやいやいや、こちらも辰千代や五郎八姫のように幼いのだが。
見兼ねたのか、控えていた長岡藤孝がお茶を差し出した。
「上様、これを」
抹茶ミルクティー。
ああ、これで一息。
ついでに藤孝に促した。
「気になる事があれば私に代わり何なりと尋ねてくれ」
藤孝、待ってましたとばかり真田昌幸に尋ねた。
「同席していた陪臣は」
「家康殿との交渉の席ですな」
「そうだ」
「重臣は本多忠勝と本多正信。
他は側仕えの者達ばかり」
「となると家康殿と本多正信の謀になる訳か。
真田殿、お江の方様の事はどう考える」
昌幸は慎重な物言い。
「おそらくは奥の方々を懐柔する為に来られるのではないか、と」
「そうなると悪戯に搔き回されますな。
困りましたな、どうしたものか。
真田殿、こちらに来るのを止める手立ては」
「ございません。
すでに奥へ文が届けられているものと承知しております」
困り顔の藤孝。
「ああ、それは・・・」
本多正信がお江の方様の大坂来訪を、
文に認めて浅井姉妹二人に届けたはず。
それを読んだ二人は狂喜乱舞だろう。
そうなると止め立てするのは難しい。
与太郎は止め男に手を挙げる気にはならない。
それは他の者達も同じ。
誰も彼もが尻込みするだろう。
与太郎は理解が追い付いた。
昌幸に尋ねた。
「辰千代殿だが、何をしに来るのだ」
「人質ではないでしょうか」
「人質は無用なのだが」
「人質のていで、実は徳川の血を残す為かと思われます」
「血・・・か」
だとすると家康は滅びる前提で動いている訳か。
お江の方様も辰千代にもその説明はないだろう。
知っているのは両本多を含めた僅かな重臣のみ、ということか。
「辰千代殿はどこに泊まるのだ。
徳川家大坂屋敷ではないだろう」
「おそらくは京極家の大坂屋敷ではないでしょうか」
浅井姉妹の次女、お初叔母様が嫁いだのが京極家。
お初叔母様はこの大坂城に長逗留していたが、
流石に辰千代を共に入れる事は躊躇われるだろう。
京極家大坂屋敷預かりが最適解かも知れない。
あっ、お江叔母様も大坂城に長逗留か。
与太郎は私的に喧しくなる未来を想像し、今から頭が痛くなった。
言葉に詰まった与太郎に輝元が質問した。
「上様、如何いたしましょう」
彼は妥協が必要だと思っているのだろう。
これは彼一人の認識ではないはず。
現に、面前に大人達が雁首をずらりと揃え、
与太郎の言葉を待っていた。
与太郎としては一人として無視するつもりはない。
「大人衆の考えを聞かせてくれ」
まず景勝が口を開いた。
「本多殿の道案内は不要です。
道に詳しい関東東北の大名衆には事欠きません。
迷うことなんぞ有り得ません。
通行の許可だけで結構です」
次に前田利長。
「某も同じです。
本多殿の助力は無用です。
徳川家に頭を下げる必要はありません。
所詮は関東に追いやられた一大名。
なんなら通告して、力で押し通っても宜しいかと存じます」
義弟の宇喜多秀家も似たようなもの。
利長に似たような意見を述べ、
「この機に徳川を攻め滅ぼしませんか」とまで言う。
与太郎は輝元に向き直った。
「筆頭の考えは如何に」
輝元は幼時から大人に揉まれて育っていた。
そう、今の与太郎の先輩格でもあった。
「上様は家康殿を赦免するつもりはございませんか」
「それはない。
あれを放置すると公儀が危うい」
「某もそう思います。
しかし、時は今ではございません。
当方は南に島津、北に一揆と伊達を抱えております。
また家康殿もそれは同じ。
公儀に相対するにも兵力不足かと思われます」
言ってから輝元が景勝を見返した。
景勝が仕方ないなとばかりに与太郎を見た。
「上様、初陣は家康殿、そのお考えは今でも」
「そうだよ。
出来れば家康殿が馬で駆けられるうちに討ち取りたい」
「ですと、ここ五年ほどですな。
その先は分かりません、死んだのか、臥せているのか」
確かにそうなのだ。
例え軍神といえど、老いるのは避けられない。
だから、その前に雌雄を決したい。




