(交差する疑惑)2
甲斐姫が割り込んだ。
「もしかすると椎名家の一家心中は、覚悟の上ではないでしょうか。
上様暗殺が成功しようが失敗しようが、
どの道、激しく追求されて逃れようがない。
そこで指図した者を守る為に心中を選んだ。
そう愚考いたしましたが、違いますか」
愚考とは言うが、推測としては成り立つ。
その証拠に誰も否定しない。
大谷吉継が言う。
「一理ある」
来栖田吾作も続いた。
「自害を選んだ二名もいる。
それも雇い主への忠義なのだろう。
・・・。
あの貧乏公家はそこまでの人物ではない。
だとすると、もう少し掘り下げてみるか」
忍びの頭の一人がその言葉に深く頷いた。
彼の組下が貧乏公家を受け持っているのだろう。
与太郎は一つの問題に掛かりっきりは立場上許されない。
例えそれが己の身に降り掛かった事だとしてもだ。
道場での密議から二日後のこと、新たな問題が舞い込んだ。
執務室での座学中に先触れが来た。
片桐且元からだった。
大老衆が上様の意見を求めている、とのこと。
与太郎は講師役の長岡藤孝に頼んだ。
「一緒に聞いてくれるか」
「某は構いませぬが、宜しいので」
藤孝は与太郎に聞き返すと共に、
警護の者達にも視線を走らせた。
上番中の小姓組は警護役ではあるが、
与太郎と共に座学を受けるようにも命ぜられていた。
警護に徹していたのは近習組と忍び組。
その誰からも異を唱える声は上がらなかった。
片桐且元が大老四人を案内して来た。
毛利輝元、上杉景勝、前田利長、宇喜多秀家。
四人だけではなかった。
加えてもう一人、真田昌幸。
どうやら彼が難題を持ち帰ったらしい。
おそらく徳川家の事だろう。
東北の一揆を討伐する官軍の関東通過。
それ以外は考えられない。
与太郎の執務室は広目に作られていたが、
大人がこう増えると狭く感じた。
それを気遣ったのか、警護の役目の者達が廊下へ下がった。
与太郎は情報共有の必要性は理解していたので、
側に残った小姓組頭と近習組頭、忍び組頭に、
周りの板戸を外すように指示した。
気持ちのいい風が入って来た。
この辺りに来る者は限られていた。
耳目を気にする必要はない。
与太郎は風を浴びながら且元に尋ねた。
「して、用件は」
「それは毛利殿に」
だよな。
何事も面子が全ての武家社会。
もっとも、非常の際はその限りではないが。
与太郎は輝元に視線を向けた。
「では輝元殿、説明してくれるか」
「はい、真田殿が徳川の大坂屋敷を訪れまして、
官軍の関東通過についての許可を求めましたところ、
一つの条件を突き付けられました。
それを飲んで頂ければ関東通過を許可するとのよし」
ほほう。
たったの一つ。
幾つかの難題を突き付けると思っていた。
何しろ東北の一揆討伐は伊達家討伐の前哨戦。
与太郎が朱印状を発した訳ではないのだが、
一揆討伐に従事する大名衆はそれを織り込んでいるはず。
何しろ伊達家は公儀の枠外。
攻め滅ぼすのを咎める権限はない。
輝元が真田昌幸を振り返った。
「上様に詳しくご説明してくれるか」
昌幸が膝スリスリ、与太郎に正対した。
「上様、宜しいですか」
人懐こい顔を向けられた。
思わず与太郎は表情を崩した。
秀パパは、人誑し、そう呼ばれていた。
今、面前にいる昌幸もそんな雰囲気を醸し出していた。
「昌幸殿、是非とも聞かせて貰いたい」
「公儀の軍に本多忠勝殿を道案内として是非とも加えて欲しい、
との事です」
はあ、だ。
家康ほどの者なら公儀の軍の行動は予見できるはず。
家康の六男に嫁したのは伊達家の長女。
その伊達家が最終的には攻め滅ぼされる。
与太郎は昌幸をマジマジと見返した。
「本多忠勝殿はお馬揃えから加わり、関東東北の道案内をして、
最終的には大坂まで公儀の軍に帯同するそうです」
真田昌幸はまるで他人事のように言う。
実際他人なんだが、内心はどう思っているのだろう。
その面の皮を引っ剥がしてみたい。
与太郎は姿勢を正して大人達を見回した。
「理解できない。
何がどうなってるんだ」
景勝が口を開いた。
「この機会に徳川軍の精強さを見せ付けたい、
そういう腹積もりではないかと存じます」
伊達家相手でも容赦しないと。
いいのか。
息子の嫁の実家。
輝元が言う。
「家康殿らしいですな」
景勝が与太郎を見た。
「彼の御仁はお家を守る為に、
ご正室様並びにご嫡男様に死を賜りました。
此度もその一環でしょうな」
与太郎はハッとした。
「当家に従うということか」
「さてそれは」
言葉を濁された。
輝元が昌幸に勧めた。
「もう一つ、大事な話があるだろう」
家康からの条件は一つだった筈だが。
昌幸は言い難そうに口を開いた。
「江戸よりお江の方様が来られるそうです」
お江の方様。
徳川秀忠殿に嫁した浅井江。
浅井三姉妹の末の妹。
これこそ、ハーだ。
来る意味が分からない。
それに昌幸の言い方だと、来るのは決定だ。




