(交差する疑惑)1
与太郎は座学を終えたので息抜きを理由に道場へ向かった。
渡辺糺の道場だ。
渡辺糺と伊東一刀斎、佐々木小次郎が出迎えた。
ところが新免無二斎の姿がない。
与太郎は尋ねた。
「無二斎殿は今日は町の道場か」
新免だけでなく、伊東も佐々木も城下町に道場を構えていた。
伊東は高齢を理由に道場は師範代任せ。
比べて新免や佐々木の二人は、二日おきだが、
町道場での指導を欠かさない。
それでも二人には己の修業を優先しているきらいがあった。
二日おきの筈が、たまに三日や四日になる事があった。
その度に師範代に迷惑をかけていた。
伊東一刀斎がにこやかに答えた。
「蜘蛛の巣を払いに町へ下りたようですな。
代わりに息子が来ておりますよ。
今、掃除をさせています」
新免は実子を授からなかった代わりに養子が三人いた。
その長子役が武蔵であった。
新免武蔵、十五才。
これは新免だけではなかった。
佐々木も同じであった。
彼には二人の養子がいた。
与太郎は一刀斎に尋ねた。
「皆がそろうまで見取り稽古がしたいのだが」
「構いませんとも、で、何をご希望ですか」
「小太刀をみたい」
一刀斎が顔を綻ばせた。
笑顔なのだろうが、老顔なのでそれが分かり難い。
「承知しました。
某が受けを、仕手は小次郎で」
聞いた小次郎は直ぐに動いた。
短めの木刀を二振り持って来た。
一方を一刀斎に渡して自分は道場中央へ向かった。
やる気満々の小次郎。
片手で木刀を振り回して、具合をみた。
対して一刀斎は余裕の足取り。
老人特有のゆったりした動きで道場中央に進み出た。
小次郎は当初、体格に起因する剛剣のきらいがあったが、
このところそれが見られない。
渡辺道場での申し合いの結果だろう。
一刀斎の合図で、自然体でするすると前に出た。
片手で木刀を持ち、上段からの振り下ろし。
身体に力が入っていない分、速さがあった。
並みの者では受け止められないだろう。
相対するのは一刀斎。
並みではない。
老練な受け流し。
そして流れるような刀捌きで胴への反撃。
当然、寸止め。
二人は何の申し合わせもしないで、
息の合った小太刀の型を六つ披露してくれた。
一つとして齟齬がないから大したものだ。
与太郎としては眼福眼福。
そんな与太郎に声がかけられた。
「上様、皆様がおいでになりました」
近習の一人が来た。
与太郎は一刀斎と小次郎に礼を述べて、奥座敷へ向かった。
今日の本来の用事は奥座敷にあった。
奥座敷には関係者が顔を揃えていた。
甲斐姫に大谷吉継、渡辺糺、松浦久義、来栖治久。
来栖田吾作と忍びの頭達。
与太郎は、馬場で襲撃された一件は公にしたくないので、
豊臣忍軍に秘密裏に調べさせていた。
その経過報告を受ける為、場所をここにした。
他の耳目を避けるには最適だと思った。
実際、ここらには人が寄り付かない。
寄り付くのは武芸修業を好む者のみ。
それは限られていた。
来栖田吾作に促されて忍びの頭の一人が説明した。
「全員、酒毒に犯されました」
自分達がやった事なのに他人事。
甲斐姫が尋ねた。
「怪我した者達もなのかしら」
「はい、揃って酒好きばかりのようで、治療は二の次です。
全くおかしな連中です」
事情を知っている甲斐姫はそこは突かない。
「それで何か喋った」
「全員が都人でした」
「一人を除いてなのね」
囮の襲撃者は五名だった。
自害した二名を除けば、軽傷は二名、重傷が一名。
その三名が酒毒で口が軽くなったのだろう。
囮が人目を引いてる隙に実行する手筈だった椎名将成は、
弓組頭の一人、椎名宗直の嫡男なので大坂住まい。
小姓組筆頭の来栖治久が急いたように尋ねた。
「指図した者は分かったのか」
別の忍びの頭が応じた。
「そこまではまだです。
肝心の事になると口が固くなります。
よほど指図した者を恐れているのか、
それとも忠義を貫いているのか。
ただ、それも時間の問題です。
酒毒が進めば、何れ忠義を忘れます」
「椎名将成から何か聞き出せたか」
「こちらは酒毒が酷く、ろれつが回りません。
暫くは酒を少なくして様子見です」
近習組筆頭の松浦久義が問う。
「椎名将成の実家の調べは」
すでに実家は全員が死亡。
当主が使用人までも道連れにした形で発見された。
来栖田吾作が苦々しい顔で応じた。
「破棄忘れの文を手掛かりに調べたところ、
椎名家は元は青侍だった」
公卿公家に仕える武士を青侍と言った。
聞いていた皆の顔色に陰り。
それでも松浦が身を乗り出して尋ねた。
「椎名家の仕えていた家は分かっているのか」
そこへ大谷吉継が口を挟んだ。
「まてまて、仕えていた家の名を上様の耳に入れるな。
この先、上様は内裏との付き合いも増える。
その時に顔に出されては拙い」
田吾作は頷いた。
「承知した。
その家は貧乏公家。
とても今回の資金を出せるとは思えない。
しかし、万が一がある。
忍びを張り付けた」




