(襲撃)7
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とても感謝しております。
与太郎は渡辺糺と大谷吉継を振り返った。
「このような書状は私宛にも届いているのか」
糺が頷き、吉継が説明した。
「上様宛は家老衆の手元に届けられます」
家老の筆頭は片桐且元で、他に六名の家老がいた。
うちの三名は子飼い大名家の家老との兼任であった。
「それで」
「悪しきものと判断した書状、文の類一切は送り返しております」
「御掟破りの者達は」
「はい、悪しきものと判じております」
与太郎は北政所様に視線を戻した。
「徳川家康殿の仕置きがまだ終わっておりませんので、
関与した方々はその後になります。
もっとも、仕置きとなるかどうかは公儀が決めます。
公儀の大人衆の合議で、ですね。
そう福島家へ伝えてくれますか」
実際、公儀の大人衆には合議の場が設けられていた。
秀パパが、腹蔵ない発言を大事にしたからだ。
もっとも、秀パパがそれを受け入れたかどうかは、はなはだ疑問。
それは別にして、様々な角度から問題の本質に迫って貰う。
しかる後、幾つかの案を上様へ差し上げる。
しかし、例外もあった。
今回がそう、御掟破り。
与太郎はとことん追い込むつもりでいた。
でも、それは口にはしない。
飲み込んだ。
そうと理解したのか、しないのか、
北政所様は曖昧な表情で頷かれた。
「分かりました、市松にはそう伝えましょう」
彼等はかつては秀パパの子飼い大名であったかも知れない。
その代名詞は、御掟破りで雲散霧消したも同然。
彼等はそれに気付かないのだろうか。
叔母様が疑問を口にされた。
「上様、貴方様は子飼いの大名達をどうするつもりなの。
教えて下さらないかしら」
与太郎は首を傾げた。
難しい問題だ。
秀パパの子飼い大名衆という言葉はもう過去の遺物。
だからといってそれを馬鹿正直に口にするつもりはない。
口にして良い事と、悪い事の区別はつく。。
困っていると、乳母様も身を乗り出された。
「そうね、私も知りたいですわね。
是非とも上様の心中をお教えくださいな」
面白がって淀ママも乗って来た。
「そうね、私も知りたいわ。
上様、是非ともご教授くださいな」
与太郎はゆっくり皆を見回した。
女子会だけではない。
局達や男三名もだ。
皆は期待する色に染まっていた。
だからといって本音は口に出来ない。
与太郎は脱力感に苛まれた。
長い溜息を付き、もう一度、皆を見回した。
皆の視線が痛い。
でも方針は変わらない。
曖昧に濁そう、そう決めた。
渋々感を露わにし、口を開いた。
「子飼いの大名にも二種類おります。
うちの一つ、武功派が問題なのです。
不平不満はどこのお家でもあること。
目を瞑っても刺し障りないでしょう。
ところが徳川家と縁戚となったお家がある。
・・・。
超えてはならぬ一線を踏み越えてしまった。
そうは思われませんか。
・・・。
何事もケジメが必要です。
始めは、家康殿の仕置きが済んだら、取り掛かるつもりでいました。
当然、福島家、加藤家、黒田家、蜂須賀家の四家です。
養女を差し出したお家は別です。
四家には、徳川家への仕置きの結果を参考にするつもりでした。
ところが、島津家や伊達家が怪しい動きを見せました。
その後は皆様がご存知の通りです。
それで手順が狂いました。
家康殿、島津家、東北の一揆、公儀の埒外となった伊達家。
これらを終わらせなければ、次へ進めません」
無表情の北政所様に尋ねられた。
「つまり、仕置きは当分ない、そうですね」
「はい」
北政所様が上を仰がれた。
何やら思案の様子。
皆の視線が与太郎から北政所様に移った。
乳母様が北政所様に言葉をかけられた。
「如何為されます」
北政所様は乳母様に頷き、再び与太郎に視線。
「四家への仕置きは白紙であると理解しても宜しいのですね」
言い逃れは許さぬと言いたげな視線。
与太郎ははっきり言った。
「全て終わってからです」
肝心の言葉は飲み込んだまま。
☆
徳川大坂屋敷。
家康はこのところ表に出るようになった。
外ではない。
屋敷の表と奥、その表だ。
家康が、奥に籠る日々が続き、表の家臣団に緩みが生じた。
それを聞いて、家康は表に積極的に顔を出し、声掛けを心掛けた。
効果は覿面だった。
家臣団が引き締まり、屋敷全体が落ち着きを取り戻した。
家康は表の執務室で書状を書いていた。
国元の主立った家臣達にだ。
彼等にも緩みがあつては困るので、念を入れた。
家臣団全てを把握している訳ではない。
関東へ移転したのを機に新規雇用した者共も大勢いた。
それらまでは手が回らない。
秀忠に委ねるとしよう。
筆を置いて一休み。
それと見て、側仕えがお茶を差し出した。
お茶で一息を入れたところに、廊下から声がした。
上番の近習だ。
「本多様がおいでになりました」
先触れもなく訪れる本多は二人。
忠勝か、正信。
同じ本多でも水と油の二人。
「どちらの本多だ」
「正信殿です」
「分かった、通せ」




