表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/77

(襲撃)6

 お茶席は午後に組まれていた。

上番組が与太郎警護の任に就いた。

先の襲撃の反省から、より厳重なものになった。

表は通常通り小姓組と近習組。

裏を豊臣忍軍が務めることになった。

与太郎を安心させる為に、見知りの忍びで組まれた。

 与太郎の今日の付き添いは渡辺糺と大谷吉継。

二人を伴ってお茶席に出向いた。

すでに女子会は顔を揃えていた。

亭主役は豊臣家の茶頭、古田織部。

介添え役は女子会の局達。


 織部がゆったりとした所作で、お茶を立てた。

それを感心していると北政所様に尋ねられた。

「上様、小姓組の椎名に何かあったようですね」

 耳聡いこと。

それは顔には出さない。

近習組頭筆頭、松浦久義が椎名家を訪れたのは、

襲撃のあった日の夕刻。

事情を聞く為の訪いに返答がないので押し入った。

そこで、驚かされる事態に遭遇した。

家人だけでなく、使用人までが死亡していた。

現場の状況から、当主が家人を刺殺して切腹したものと思われた。

使用人達は毒を飲んでいた。


 近習組はこれを単純な一家心中だとは思わなかった。

上様襲撃のその当日だ。

あまりに都合が好過ぎた。

心中が偽装だとすると、一体誰が、如何なる理由から行ったのか。

偽装でないとすると、どうして嫡男を残して一家心中、という疑問も。

近習組は真相を解明する方向で動いた。


 与太郎は表向きの説明をした。

「小姓組の椎名が俄かな腹痛で倒れたので、

それを実家へ知らせに走らせたところ、家族も倒れていたとのこと。

そこで上番の医師が調べました。

流行病では困りますからね。

幸いと言うべきか、医師が見つけたのは厨に残っていた河豚です。

医師は、おそらくその毒ではないか、そう言っています」


 与太郎の説明に北政所様は首を捻った。

何やら納得していない様子。

そこへ織部の声。

「上様、咽喉がお乾きでしょう」

 おおー、織部、助かったよ。

織部が介添え役の局達にお茶を配るよう指示した。

与太郎には砂糖入りの紅茶。

北政所様にも紅茶。

お母様にも紅茶。

叔母様には抹茶ミルクティー。

乳母様には紅茶ミルクティー。


 織部もすっかり紅茶やミルクに馴染んだ様子。

こちらの飲む様子を見て微笑んでいた。

与太郎は思わず尋ねた。

「織部殿、こちらの都合に合わせて貰って悪いな」

 織部は孫を見るような顔で与太郎に微笑んだ。

「上様、ご遠慮は御無用です。

某は某で楽しんでおりますから」

「ほう、楽しんでると」

「ええ、日ノ本一の名花が四輪」

 途端、女子会の面々がお茶を噴き出して咽た。

織部は素知らぬ顔して続けた。

「皆に大いに羨ましがられております。

これは役得というもの、違いますかな」

 与太郎は空気を読んだ。

「名花が四輪ですか、否定は出来ませんね」


 局達が濡れた畳を拭き終えると、織部はその局達に合図した。

白磁の、蓋付きのお菓子入れが配られた。

開けると、それは紙に包まれていた。

与太郎は尋ねた。

「これは」

「『すあま』でございます。

ここ最近、こちらへ都より京菓子の老舗の移転が増えております。

これはその一つの老舗からの献上品でございます。

某が吟味いたしたところ、新しい工夫が見られました。

中々の物でございますぞ、上様」

 与太郎は紙を解いて、それを手に取った。

手触りは餅菓子、紅白で、『すあま』そのもの。

一口。

すこし甘くて口触りがいい。

すこしあまい、が語源か。

残りもペロリ。


 京都の老舗が移転して来たのは、

おそらく、与太郎のお茶席が原因であろう。

このところ回数は減ったが、それでも五日に一度、

大名小名を問わずにお茶席に招いた。

これに女子会や大人衆も倣った。

城の内外でお茶席を楽しんだ。

これらのお茶席が原因でお茶請けの需要が増えたのであろう。


 お母様が北政所様を促した。

「そろそろ」

「そうね」

 北政所様が与太郎を見た。

「上様、福島家より願いの書状が届いております」

 襲撃の前夜、忍びよりその報告を受けた。

福島正則が北政所様に、願いの筋の書状を届けたと。

文面までは把握してないが、ある程度の推測は出来た。

御掟破りの一件であろう。

豊臣公儀と福島家の間にはそれ以外に問題はない。

もっとも、それが一番の問題なんだが。

与太郎は素知らぬ顔で尋ねた。

「はて、福島家とは」

「福島正則ですよ、上様」


 北政所様の指示で局の一人が漆器のお盆を持って来た。

そのお盆には開封済みの書状が載せられていた。

北政所様が言う。

「私宛でしたので目を通しました。

されど、私の分を超えています。

それで上様に届けました」

 早い話、丸投げではないか。

与太郎は言葉を飲み込み、書状を手にした。

皆の視線から、圧がヒシヒシと伝わって来た。

彼等彼女等の心情は痛いほど理解していた。

与太郎は長い溜息を漏らしながら、それを読んだ。

流暢に、御掟を破らざるを得なかった事情が書かれ、

公務への復帰を切に願っていた。

 

 与太郎は北政所様に尋ねた。

「綺麗な文字ですね。

本人ですか、それとも福島家の右筆ですか」

 北政所様は与太郎の質問に首を傾げながら応じた。

「それは右筆ですね」

「後段の署名と花押が自筆ですか」

 北政所様の表情が強張った。

ここでも与太郎は素知らぬ顔。

にしても、署名と花押だけが自筆とは。

秀パパの子飼いの大名小名達は、駆け出しの頃は、

北政所様に我が子同然に可愛がられたと聞いた。

なのに、偉くなると右筆任せ。

年月とともに両者の距離が広がったらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「すあま」は京というか西日本にはないような? 現代でも関東の人しか知らない謎の菓子扱いされてますんで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ