(襲撃)6
お茶席は午後に組まれていた。
上番組が与太郎警護の任に就いた。
先の襲撃の反省から、より厳重なものになった。
表は通常通り小姓組と近習組。
裏を豊臣忍軍が務めることになった。
与太郎を安心させる為に、見知りの忍びで組まれた。
与太郎の今日の付き添いは渡辺糺と大谷吉継。
二人を伴ってお茶席に出向いた。
すでに女子会は顔を揃えていた。
亭主役は豊臣家の茶頭、古田織部。
介添え役は女子会の局達。
織部がゆったりとした所作で、お茶を立てた。
それを感心していると北政所様に尋ねられた。
「上様、小姓組の椎名に何かあったようですね」
耳聡いこと。
それは顔には出さない。
近習組頭筆頭、松浦久義が椎名家を訪れたのは、
襲撃のあった日の夕刻。
事情を聞く為の訪いに返答がないので押し入った。
そこで、驚かされる事態に遭遇した。
家人だけでなく、使用人までが死亡していた。
現場の状況から、当主が家人を刺殺して切腹したものと思われた。
使用人達は毒を飲んでいた。
近習組はこれを単純な一家心中だとは思わなかった。
上様襲撃のその当日だ。
あまりに都合が好過ぎた。
心中が偽装だとすると、一体誰が、如何なる理由から行ったのか。
偽装でないとすると、どうして嫡男を残して一家心中、という疑問も。
近習組は真相を解明する方向で動いた。
与太郎は表向きの説明をした。
「小姓組の椎名が俄かな腹痛で倒れたので、
それを実家へ知らせに走らせたところ、家族も倒れていたとのこと。
そこで上番の医師が調べました。
流行病では困りますからね。
幸いと言うべきか、医師が見つけたのは厨に残っていた河豚です。
医師は、おそらくその毒ではないか、そう言っています」
与太郎の説明に北政所様は首を捻った。
何やら納得していない様子。
そこへ織部の声。
「上様、咽喉がお乾きでしょう」
おおー、織部、助かったよ。
織部が介添え役の局達にお茶を配るよう指示した。
与太郎には砂糖入りの紅茶。
北政所様にも紅茶。
お母様にも紅茶。
叔母様には抹茶ミルクティー。
乳母様には紅茶ミルクティー。
織部もすっかり紅茶やミルクに馴染んだ様子。
こちらの飲む様子を見て微笑んでいた。
与太郎は思わず尋ねた。
「織部殿、こちらの都合に合わせて貰って悪いな」
織部は孫を見るような顔で与太郎に微笑んだ。
「上様、ご遠慮は御無用です。
某は某で楽しんでおりますから」
「ほう、楽しんでると」
「ええ、日ノ本一の名花が四輪」
途端、女子会の面々がお茶を噴き出して咽た。
織部は素知らぬ顔して続けた。
「皆に大いに羨ましがられております。
これは役得というもの、違いますかな」
与太郎は空気を読んだ。
「名花が四輪ですか、否定は出来ませんね」
局達が濡れた畳を拭き終えると、織部はその局達に合図した。
白磁の、蓋付きのお菓子入れが配られた。
開けると、それは紙に包まれていた。
与太郎は尋ねた。
「これは」
「『すあま』でございます。
ここ最近、こちらへ都より京菓子の老舗の移転が増えております。
これはその一つの老舗からの献上品でございます。
某が吟味いたしたところ、新しい工夫が見られました。
中々の物でございますぞ、上様」
与太郎は紙を解いて、それを手に取った。
手触りは餅菓子、紅白で、『すあま』そのもの。
一口。
すこし甘くて口触りがいい。
すこしあまい、が語源か。
残りもペロリ。
京都の老舗が移転して来たのは、
おそらく、与太郎のお茶席が原因であろう。
このところ回数は減ったが、それでも五日に一度、
大名小名を問わずにお茶席に招いた。
これに女子会や大人衆も倣った。
城の内外でお茶席を楽しんだ。
これらのお茶席が原因でお茶請けの需要が増えたのであろう。
お母様が北政所様を促した。
「そろそろ」
「そうね」
北政所様が与太郎を見た。
「上様、福島家より願いの書状が届いております」
襲撃の前夜、忍びよりその報告を受けた。
福島正則が北政所様に、願いの筋の書状を届けたと。
文面までは把握してないが、ある程度の推測は出来た。
御掟破りの一件であろう。
豊臣公儀と福島家の間にはそれ以外に問題はない。
もっとも、それが一番の問題なんだが。
与太郎は素知らぬ顔で尋ねた。
「はて、福島家とは」
「福島正則ですよ、上様」
北政所様の指示で局の一人が漆器のお盆を持って来た。
そのお盆には開封済みの書状が載せられていた。
北政所様が言う。
「私宛でしたので目を通しました。
されど、私の分を超えています。
それで上様に届けました」
早い話、丸投げではないか。
与太郎は言葉を飲み込み、書状を手にした。
皆の視線から、圧がヒシヒシと伝わって来た。
彼等彼女等の心情は痛いほど理解していた。
与太郎は長い溜息を漏らしながら、それを読んだ。
流暢に、御掟を破らざるを得なかった事情が書かれ、
公務への復帰を切に願っていた。
与太郎は北政所様に尋ねた。
「綺麗な文字ですね。
本人ですか、それとも福島家の右筆ですか」
北政所様は与太郎の質問に首を傾げながら応じた。
「それは右筆ですね」
「後段の署名と花押が自筆ですか」
北政所様の表情が強張った。
ここでも与太郎は素知らぬ顔。
にしても、署名と花押だけが自筆とは。
秀パパの子飼いの大名小名達は、駆け出しの頃は、
北政所様に我が子同然に可愛がられたと聞いた。
なのに、偉くなると右筆任せ。
年月とともに両者の距離が広がったらしい。




