(襲撃)5
甲斐姫の問いに一同、顔を見合わせた。
何れもが首を左右にするのみで、確と答える者はいない。
それはそうだ。
不敬、その一言。
この場で唯一声を上げられるのは与太郎ひとり。
そう理解した与太郎は、皆を見回して口を開いた。
「太閤殿下の血を引くのは一人のみ。
それが亡くなれば大和大納言様のお血筋になるが、
すでにあちらは絶えて久しい。
その上で、濃い血筋の男子はいないかと辺りを見回すが、
これがいない。
となると、どうなる。
誰か意見を聞かせてくれないか」
甲斐姫は言葉にはしないが、口をもごもご。
なにやら言葉を選んでいる模様。
大谷吉継が慎重に口を開いた。
「昔、似たようなことが御座いました。
鎌倉幕府です。
そこの征夷大将軍、源頼朝様のお家が三代で絶えました」
鎌倉幕府の、源氏の征夷大将軍は源頼朝、嫡男の頼家、
その弟の実朝、三代で終焉を迎えた。
それは与太郎でも知っていた。
でも、知っていたのは大雑把な事柄だけ。
甲斐姫が目を輝かせた。
「そうそう、それよ。
北条家が簒奪したと言うけど、それは今はどうでも構わないの。
ここで肝心なのは征夷大将軍位を誰が継いだのか、よ」
来栖田吾作が言う。
「北条家が征夷大将軍の役職を京の者共に譲り渡し、
その代わりに鎌倉幕府の実権を引き継いだ、某はそう思う」
甲斐姫が言葉を重ねた。
「それはあながち間違いではないでしょうね」
渡辺糺が続いた。
「源氏三代の死については、今でも真相は闇だな」
与太郎はその辺りについては詳しく知らない。
黙って聞き役に徹した。
源頼朝家が断絶すると征夷大将軍位は、摂家から二名が継ぎ、
続けて皇子四名が継いだそうだ。
当然、北条家の傀儡であった。
与太郎はその北条の手腕に舌を巻いた。
潜在的な敵である内裏に征夷大将軍位を譲り渡し、実利を取った。
内裏の権威を背景にして鎌倉幕府を乗っ取ったとも言えよう。
あっぱれ、と言うしかない。
しかしや、冷静に考えたら、どえらい拙いやないか。
豊臣家を潰し、公儀を乗っ取る先例やないか。
関ケ原なんて、いらんやないか。
与太郎は渡辺糺を振り向いた。
「渡辺殿、椎名将成の剣の腕はどの程度なのだ」
一斉に皆が口を閉じ、興味津々で渡辺を見た。
「小姓組では一、二を競っておりました」
「であるか。
あの時、椎名は躊躇していた。
その躊躇がなければ、今頃は公儀は乗っ取られていたのか」
渡辺が身を乗り出した。
「それほどに」
「間一髪であった」
椎名は与太郎と視線が合うまでは刀を抜いていなかった。
今から考えれば、迷いがあったのは確かだ。
しかし、与太郎の視線に気付いたことにより覚悟を決めた。
どないな事情があったんや。
えらい気になるわ。
甲斐姫が与太郎に尋ねた。
「椎名は、千載一遇の機会を逃した、そう仰りたいのですか」
「うん、皆の目が囮に向けられた瞬間が、その時であったと思う」
甲斐姫は腕を組んで、上を向いた。
「そう申されると、・・・確かにそうですね。
我等に抜かりがありました、誠に申し訳ありません」
「終わった話だ、この件は秘匿する。
よって誰の責も問わない。
腹を切るのだけは止めてくれ。
大切なのは、次にどう活かすかだ」
「「「承りました」」」
皆が一斉に頷いた。
来栖田吾作が与太郎に確かめた。
「上様の申される通りですと、椎名は納得しての弑逆ではなく、
仕方なく加担したとことになりますが」
「あの時の目の色から、そうだと思っている」
「でありますか、それではそれを考慮の上、慎重に調べてみます」
場が緩んだ。
誰が北条家の役割か、と。
そこから弑逆の真相に近づくのが手っ取り早いと考えたのだろう。
そうなると疑わしいのは立場的に毛利家か、上杉家。
しかし、帯に短し、襷に長し。
決め手がない。
誰かが言った。
「それなら五奉行のうちの一人を抱き込めば」
場が盛り上がった。
大老と奉行の組み合わせ。
ああでもない、こうでもないと。
ここまで口数の少なかった吉継が言う。
「まるで疑心暗鬼を生ず、ですな」
田吾作も頷いた。
「確かに、確かに。
某もまだまだですな。
ここまでとしよう。
外へ漏らさぬように箝口令ですな」
糺も同意した。
「弑逆に失敗しても、豊臣家や公儀内部に疑心暗鬼を生めば、
半分成功したようなものですからな」
遅れて来た片桐且元への説明は吉継が引き受けた。
予断のない理路整然とした語り口。
与太郎は思わず、語り部か、と感心してしまった。
そんな与太郎に且元が言う。
「上様、後はお任せを」
そう言われるこの場を離れるしかない。
上番の小姓組と近習組もそのつもりのようで、
素早く警護体制を整えた。
幸い一件が漏れることはなかった。
が、二日後、当日に予定のないお茶席が組み込まれた。
女子会からの要請であった。
普通なら却下なのだが、相手は女子会、断れない。
その刻限をキムが知らせてくれた。
「お時間です」
相変わらずキムは溌剌としていた。
それを見て与太郎は、子供はいいな、そう思った。




