(襲撃)1
与太郎は、織田秀信が藤堂高虎の申し出を受け入れるのを見て、
即座に立ち上がった。
「秀信殿、高虎はなかなかの出来物と聞く。
二人して宜しく頼む」
その言葉に二人が平伏した。
「「ははー」」
与太郎は近習の一人に目配せし、片桐且元に後を任せた。
スルスルと御簾が下げられた。
退出するにも順番があった。
上番の近習組が先に出て、廊下の警戒に当たった。
その中を上番の小姓組に守られて与太郎が出た。
間近い部屋からキムが出て来て与太郎に並んだ。
木村重成。
同年齢の彼は与太郎と同じ装いであった。
つまり、影武者。
ちょっと背丈は違うが、二人並んで廊下を進んだ。
日頃から与太郎に接していれば見分けがつく。
もしいるとすればだが、初見の刺客には判断がつかぬ筈だ。
いつもは遅れて女子会が局達を従えて続くのだが、
今日は違った。
早足に与太郎を抜きながら、言葉を掛けて行く。
「上様、お尻はあれでしたが、良かったですよ」北政所様。
「秀頼、貴方、曾呂利新左エ門に似て来たんじゃないの。
程々にしないさいね」淀ママ。
心外な。
曾呂利新左エ門はお伽衆随一のお惚け者ではないか。
言い返そうとする与太郎の背中を叔母様に叩かれた。
「よかったですよ」笑って去って行く。
「長椅子とは考えましね」乳母様。
甲斐姫が左に並んだ。
与太郎は彼女に小声で言った。
「討伐にはならなかった、あいすまん」
甲斐姫は伊達政宗の討伐を望んでいた。
ところが甲斐姫、屈託のない表情で答えた。
「追放は仕方ないことです。
それはそれで面白くなります」
別の手を打つようだ。
聞きたいが、聞かない。
甲斐姫が話題を変えてくれた。
「本日はこれからどうします」
「予定通り、馬場で良い。
身体を解したい、バキバキだ」
自室に戻り、仕度した。
騎乗ではないが、それらしい装束が仕上げられていた。
与太郎とキム、二人分。
どこからどう見ても、上様と分かるもの。
熟練の縫い手によるものだろう。
立派過ぎへんか。
馬に積み上げられるだけやがなあ、
それは言わんお約束やから言わんけど。
キムは与太郎のボヤキを聞き流し、さっさと着替えていた。
小姓達も手慣れたもの。
与太郎を着せ替え人形とでも思っているのか、とっとと脱がせ、
きゅっきゅと着せて行く。
着替えて馬場へ向かった。
この辺りはもともと人通りは少ない。
それが今はない。
上番の近習組が規制したのだろう。
馬場にはすでに「野百合組」が勢揃いしていた。
女子会が命名した組名だ。
率いる甲斐姫を含めて騎乗五名、従者十名。
彼女達の装束も新しくなっていた。
女子の着替えは手間が掛かると思っていたが。
やけに手早い着替えだな、と思っていたら、見つけた。
あれか。
馬場の一角に小さく陣幕が張られていた。
あそこで着替えたのだろう。
甲斐姫を含めた五名が騎乗した。
騎乗の手伝いを終えた従者十名がこちに来た。
問答無用で与太郎とキムを捕獲する為だ。
勿論、小姓組は阻止しない。
邪魔にならぬように下がった。
与太郎とキムは俵扱いで、担がれるように馬に積まれた。
甲斐姫が与太郎を受け取り、抱き抱えるように前に乗せた。
「上様、そろそろお慣れではないですか」
耳元に囁かれた。
後頭部には柔らかい二つの峰。
「もそっとゆっくり走ってくれると助かる」
「そうですか、それでは速さにもお慣れいただきましょう」
おお、鬼百合様。
速いんは止めて。
ほんまにお尻が割れっから。
ずっと甲斐姫に身を委ねたいが、騎乗訓練はそれを許さない。
途中、馬足を落としながら、別の馬に受け渡された。
本当に俵のように扱われた。
手荒だが、文句は言わない。
いつ必要になるかも知れないからだ。
悲鳴が聞こえた。
キムだ。
今にも落っこちそう。
受け渡しの失敗か。
と、従者数名が駆け寄り、受け渡しの補助をした。
何度かの受け渡し後、ようやく地上に戻された。
股も足もクタクタの与太郎に床几が用意されていた。
老人のように、ゆっくり腰を下ろした。
隣の床几にはキム。
彼も疲労困憊のようだが、弱音は吐かない。
ただ、与太郎を見遣って、曖昧な表情ののち苦笑い。
そこへ大角与左衛門が姿を現した。
厨方頭である彼は忙しいと思うのだが、そんな様子は欠片もない。
「上様、お疲れのようですね。
お茶を用意しました」
彼の指示で小姓二名が与太郎とキムのお茶を運んで来た。
触ると熱くない。
冷ましたわけではなさそう。
「水出しのお茶か」
「ええ、汗をかいた後に丁度よいかと思います」
とっ、怒号が聞こえた。
「止まれ、止まらんか」
風除けの木々の向こうからだ。
木々を迂回して、直臣と見間違えそうな装いの者達が現われた。
二人が槍を、三名が刀を手に、こちらを目指して駆けて来た。
見た瞬間に分かった。
謀反、もしくは暗殺。
上番の近習組頭が直ぐに指示した。
「ここでは拙い、前進して迎え撃つ」
制止も誰何もなく、迎え撃つ為に全員が刀をスラリと抜いた。




