(島津家と伊達家を仕置き)9
与太郎は宇喜多秀家で終わりだと思った。
最後の言葉を述べる為に大広間を見回した。
とっ、何かおかしい。
皆が皆、期待を込めた目で与太郎を見ていた。
えっ・・・、何が・・・。
あっ、東海関東を残していた。
関東へは甲斐口と駿河口があり、
手前の尾張には御掟破りの福島家を抱えていた。
徳川家を外したので当家が引き受けざるを得なかった両地域だ。
本来であれば家老、片桐且元が担うのだが、彼は多忙。
そこで且元の薦めもあり、美濃国岐阜城主、織田秀信に委ねた。
幼名は三法師、大伯父織田信長の孫。
さてどうする。
今は時期が悪い。
無駄に徳川家を刺激したくない。
甲斐口、駿河口は禁句だろう。
街道整備、港拡張とかも禁句だろう。
・・・。
なにか・・・。
そうだ、煙に巻こう、煙に。
織田秀信も己が大トリだと理解しているのだろう。
期待を込めた目で与太郎を見ていた。
それに応えた。
「織田秀信殿」
「これに」
膝スリスリ前に進み出て来た。
「秀信殿、評判は聞いている。
上も下も、その仕事振りを褒めているそうだ」
「お褒めの言葉、某には勿体ないことです」
「いやいや謙遜なされるな。
予定よりも早く進んでいると聞いている。
お手前もだが、与力や同心、家臣の者達も優れているのだろう」
「皆にもそう伝えます。
聞けば大喜びでしょう」
与太郎はそれからジッと秀信を見た。
おもむろに言う。
「そういう秀信だから相談したい」
「何事でしょう」
さあ、煙に巻くぞ。
「さっきも玄以殿とも話したが、大伯父様の天下布武から始まり、
亡き太閤殿下の惣無事令を経て、もう三十五年ほどだと聞いた。
長き戦いの末、ここに来てようやく天下泰平が見えて来たのだ。
それも手の届くところに。
その天下泰平に備えて、そこまでの戦で亡くなった者達の魂、
この場合は英霊かな、それを祀る場所が欲しいと思うのだ。
まだ戦乱は終わっていないが、我等で絶対に終わらせる。
だから秀信殿、その英霊の社を創建する草案を頼みたい。
出来れば出発点である岐阜か、この大坂に構えない。
頼まれてくれるか、秀信殿」
秀信の目が点になった。
大広間からあらゆる音が消えた。
完全なる沈黙。
この話は誰ともしたことはない。
連想させる語彙を発したこともなかったはず。
秀信ではなく、全く別の者が声を上げた。
「宜しいでしょうか」
藤堂高虎。
淀ママの実家である旧浅井家の遺臣の一人。
文武を兼ね備えた者と評判だ。
「許す」
高虎が膝スリスリ前に出た。
「英霊の社とは如何なるもので御座いましょうか」
英霊の社に喰い付いて来た。
高虎、でかした。
しめしめ。
「これまでに無いものにしたいと思う。
参考にするのは神社仏閣ではなく、バテレンの教会だ。
神社仏閣のように板の間に腰を下ろすのではなく、
長椅子に腰を下ろすと聞いた。
板の間だと痛みと痺れで尻が二つに割れるが、
長椅子だとそれはなかろう」
最後に笑いをぶっこんだ。
お笑いに飢えているのか、あちこちから失笑が漏れた。
与太郎の背中に女子会からの声が突き刺さった。
「「「上様っ」」」
でも、一人がコロコロ小さく笑っていた。
おそらく甲斐姫だろう。
理解者がいるなら嬉しい。
秀信を見遣ると、表情が何やら暗い。
自分に割り振られる仕事を高虎に奪われる、
そう思ったのかもしれない。
与太郎の視線に気付いて、ハッとし、気を取り直した様子。
軽く頷いて尋ねてきた。
「その教会の宗旨もバテレンのものでしょうか」
おお、秀信、いいぞ。
「バテレンの真似は建物だけだ。
異教徒を殺すとか、攫って奴隷にするとか、そんなのは好かん。
人から奪わぬ、人を欺かぬ、人を殺めない、人を差別しない、
思い付く宗旨はそんなところかな」
宗旨ではなくて道徳教育じゃないのか。
でも考えたら負け。
深く考えてないから許してくれ。
秀信、丸投げ、よろしく。
「良きお考えかと存じます」
高虎が突っ込んで来た。
「いざという時、その教会は詰城になるのですな」
意外な質問をされた。
ああそうか、高虎は築城家でもあったか。
この乱世、神社仏閣の軍事転用は当たり前のこと。
城下町作りはそれを見越して為された。
「そのつもりは毛頭ない。
僧兵を置くつもりもない。
泥棒除けは必要だとは思うが、な」
「承りました」
「とにかく、人が集うのに適した地にしたい。
街道だけでなく海運水運が交わる広く開けた地。
そんな地が相応しいと思う」
「ほほう、それは探すが難しいでしょうな」
「だから秀信殿に相談したのだ。
ところで高虎殿、その秀信殿の与力をせぬか」
「某で」
「この手のことが好きなのだろう」
喜びを隠せぬ高虎。
「適いませぬな」
高虎は秀信に正対した。
「織田様、某を与力の一角に加えて下され」
秀信が虚を突かれた顔をした。
そこまで見抜けなかったのだろう。
脂が乗った四十代の高虎と二十手前の秀信では勝負にならない。




