(島津家と伊達家を仕置き)8
与太郎は直臣席を見た。
いたいた、都合の良い奴等が。
その者達は、結城秀康の臨時与力として伏見城へ同行させたが、
状況が落ち着いたと聞いて大坂城へ帰任させた。
その七手組筆頭、郡宗保が与太郎の視線に応じた。
呼んでもいないのに膝スリスリ進み出た。
「御用ですか、何なりとお申し付けください」
否とは言えない。
「そうだ、七手組全組にな」
七手組の組頭全員が身を乗り出した。
彼等の顔には、荒っぽい仕事大歓迎と書かれていた。
困った奴等だ。
嫌いではない。
郡宗保を筆頭とした面々。
野々村雅春、堀田盛重、中嶋氏種、真野助宗、青木一重、
伊東長実。
身を乗り出すな、暑苦しいわっ。
与太郎はじっくり面々を見回した。
「畿内に島津家伊達家の屋敷並びに飛び地がある。
今回の仕置きの逆恨みから、火を放たれては堪らぬ。
よって、悉くを差し押さえよ。
ただし、素直に明け渡すのであれば、
国元へ無事に戻れるように助力せよ。
委細はその方達で詰め、大老衆に上申して裁可を得よ」
必殺丸投げ、否、違うか。
最上位の者として方針を示し、委細を任せるたのだから、
もしかして、これが賢い人使い、楽する人使い。
まあ、ええわ。
当人達が喜んでいるんやから。
そう、七手組頭全員が嬉々として平伏した。
「「「ははあ、承ました」」」
これで用件は済んだ、そう思ったら疲れを感じた。
ここでそれを露わにしてはならない。
気を引き締めて毛利輝元を見た。
「輝元殿、大老衆は公儀の要石、そう思っている。
領国で兵を蓄え、育て、不穏な輩に睨みを利かせて欲しい。
輝元殿には西を任せる」
輝元がニヤリと笑った。
西にて最も警戒すべきは御掟破りの黒田家と加藤家、
そう理解しているのだろう。
「承知いたしました。
全ては某にお任せあれ」
次に上杉景勝を見た。
「景勝殿、其方には北を任せる」
景勝は相変わらずの無表情。
視線を絡ませると、喜んでいる色に見えた。
伊達家の縁戚大名を警戒するだけでなく、
関東の徳川家も考慮の内、そう理解しているのだろう。
「喜んで承ります。
北を某にお任せあれ」
前田利長が好奇心丸出しの顔で与太郎を見ていた、
大老としては新任なのだが、宇喜多秀家の義兄ということもあり、
先にする事にした。
「利長殿、北陸道と信濃口を任せているが、進捗は如何かな」
嬉しそうな利長。
「予定よりも早まっています。
真田殿の働きが大きいですな」
兵站路の整備は与力の真田家が中心になっていた。
その真田家を大勢の前で褒めるとは、利長、器がでかいな。
よし、仕事を増やしてやろう。
「余裕があるなら、前田家の港の整備をしたらどうかな。
前田家は、北への航路と西への航路の中間辺りにある。
補給や修理に立ち寄るには便利だと思う。
利長殿、どうかな」
利長が目をキラキラさせた。
「確かに、早急に手を打ちます」
宇喜多秀家も負けじと、目をキラキラさせていた。
利長とは仲が良いとは聞いていた。
それはそれとして、良い意味での対抗心が見て取れた。
「秀家殿、四国と瀬戸内はどうかな」
「上様のご威光で凪いでおります。
野分が起こる事はないと存じます」
四国の蜂須賀家を指しての言葉だろう。
自信たっぷりな様子。
それを否定する気はない。
うちの忍びからも、そう聞いていた。
しかし秀家殿、最も問題なのは己の足下ではないのか。
家中が二つに割れそう、そう聞いた。
与太郎は内心で溜息をついた。
大勢の前での指摘はしないが、さて、どうしたものか。
あっ、そうか、閃いた。
「秀家殿、頼みがある」
「なんなりと」
「皆々も承知の通り、当家は昔から東奔西走していた。
それが、これからはもっと忙しくなりそうなのだ。
うちの者達がそうこぼしていた。
そういう訳で、宇喜多家へ出している宇喜多詮家を戻そうと思う。
秀家殿、承知して欲しいのだが」
宇喜多秀家と宇喜多詮家は従兄弟同士。
秀家の父、宇喜多直家は戦国三大梟将の一人とも、
三大謀将の一人とも言われた人物。
詮家の父、宇喜多忠家はその直家の異母弟。
直家をよく補佐し、直家が亡くなると秀家の陣代を努めた。
その忠家が豊臣家に臣従すると、気脈が通じるのか、
秀パパのお気に入りの一人となった。
直臣に取り立てられたのが何よりの証拠。
忠家に家督を譲られた宇喜多詮家も直臣の席についた。
ところが秀パパの意向で、宇喜多秀家の家老を努める事に。
不承不承ではあるが、これまでよく努めていた。
秀家は与太郎の言葉に驚いたのだろう。
一瞬、表情を歪ませた。
与太郎の意図が察せられぬ色。
この正直者、そう与太郎は思った。
でも口にはせず、秀家の出方を待った。
心を落ち着けたのか、秀家が口を開いた。
「承りました。
手放したくはありませんが、宇喜多詮家殿を戻しましょう」
本心は宇喜多詮家が煙たいのだろう。
忍びの報告通りだ。
「次いでと言っては何だが、詮家殿の家来が少ない。
手の合う者を幾人か詮家殿に譲ってはくれないか」
早い話、秀家と合わぬ者達を放出してはどうか、と提案した。
ここで秀家はようやく与太郎の意図に気付いた様子。
表情を和らげた。
「上様には適いませんな。
幾人か付けましょう」




